最近、手術不能な肺ガンの患者さんや、そのご家族からの相談をたくさん受けています。
当ブログおよび拙著「間違いだらけの抗ガン剤治療」で、
実際のエビデンスについて、「切除不能肺ガンのエビデンス」という
実例を挙げて記載したこともその一因であるかと思います。
確かに、
無治療で6ヶ月。
抗癌剤治療で8〜10ヶ月。
という事実を知れば、
「そんな治療は受けたくない、受けさせたくない。他の治療はないものか。」
と考えるのは当然だと思います。
しかし、ここで疑問は感じないでしょうか。
何故、無治療で6ヶ月というデータが、エビデンスとして出ているのでしょうか。
ちょうど半分の患者さんが生きていることができる期間、生存期間中央値が
6ヶ月。8〜10ヶ月。
という数字は、無治療と抗癌剤治療との厳密な比較臨床試験でのデータです。
臨床試験とは、多数の患者さんを無作為に幾つかのグループに分けて、
それぞれのグループで、違う方法で治療を行い、
それぞれのグループから得られた結果の差を比べるものです。
例えば、この6ヶ月と8ヶ月の場合は、
無治療で経過を診た患者グループと
抗癌剤治療を行なった患者グループでの
生存期間中央値の比較を行なった場合のエビデンスです。
このようなエビデンスがどのように出されてくるのかについては、
3月9日の「アメリカ追従」で書いたとおりです。
多くの場合、自分の望む治療を受けることができないアメリカの無保険者を対象に、
臨床試験が行なわれ、その厳密な試験の結果がエビデンスとして登場してきます。
数百人単位の患者さんたちを、二つのグループ、すなわち、
(1) 無治療で経過を観るグループ。
(2) 抗癌剤治療を行なうグループ。
に、無作為に分け、
両グループともに厳密にそれぞれの方法だけを行い経過を見て行きます。
その結果「(2)の方が、(1)より生存期間中央値において、2ヶ月優れていた。」
ということが判りました。
この肺ガンに対する(1)無治療という方法と、(2)抗癌剤治療という方法において、
その両者の間に、大きな差が予想されていたのであれば、
すなわち(2)の方が、(1)より大きな治療効果が期待できる、と予想されたのであれば、
無作為とはいえ、(1)の無治療の方に、患者さんを誘導することは
人道的に許されることではありません。
その臨床試験計画そのものが人道的見地から成り立ちません。まして、人権問題にうるさいアメリカでは不可能です。
それに、臨床試験の対象患者さんの多くは無保険者ですから、
貧困階級の人ということになります。
貧困階級の多くは「白くない」人たちです。
そうなると、「黒いガン患者さん」を、大きな差が出ることが予想されるような、
二つのグループに分けての治験など行なおうものなら、
「人種差別」と大騒ぎされます。
すなわち、臨床試験・治験から得られるデータ・エビデンスは、あらかじめ、
大筋のところでは、基礎的なデータから考え予測されている数字なのです。
まったく結果が想像できない治療を唐突に行なったらそれは人体実験です。
エビデンスの出ている標準的抗癌剤治療とは、無治療と比較しても
人道的に許される程度の差しか存在しない
ことが、はじめから判っている治療なのです。
万一
(1) の無治療で生存期間中央値が6ヶ月で、
(2) の抗癌剤治療で50ヶ月などというデータが出たら
それは大きな人権問題に発展してしまいます。
無治療に振り分けられた患者さんの遺族から訴えられるでしょう。
抗癌剤治療による延命効果の大きいガン、
例えば現在の乳ガンに対する抗癌剤治療では、
無治療患者グループとの比較データはありません。(昔のデータはあります)
無治療の患者グループを作ることが、人道的に許されないからです。
勿論、まったく予測外の治療効果が発生し、途中経過で大きな差が生じた場合は、
途中で無治療グループに対しても、抗癌剤治療を行なうように配慮はされています。
しかし、ほとんどの場合それは無用の配慮に終わります。
2月21日の「エビデンスが無いときは?」(2)で書いたとおり、EP療法とIP療法の比較試験を行なった時に、
予測以上の差が付き臨床試験を途中で止めています。
このようなケースもありますが、極めて稀であり、
まして無治療との比較試験では、ほとんどありません。
だから、無治療グループのデータが出てくるのです。
このように、抗癌剤治療とは、
はじめから無治療とは大差のない治療ということが判っている治療であり、
それを、わざわざ臨床試験を行い、
両グループ間の数字に統計学的な有意な差を確認し、
エビデンスとしているだけのものです。
すなわち、無治療および抗癌剤治療は、どちらを選択しようが、
はじめから、それから受ける恩恵は、
人道的な観点から見て、ほとんど変わらないことがハッキリと判っている治療です。
それなのに、昨日(3月18日)の「医者不足」でお示ししたメールのように、
日本の腫瘍内科医の先生方は、
患者さんには、闇雲に標準的抗癌剤治療を勧めます。
彼らの、ガンに対する武器がそれしかないから、
それを使わなければ彼らの存在価値がなくなってしまうと
考えるからなのかどうか判りませんが、
もう少し患者さんの立場に立って治療を考えるべきではないでしょうか。
無治療と、大きな副作用という苦痛を伴う標準的抗癌剤治療との価値が、
人道的に同等であれば、その中間という考え方だってできるはずです。
患者さん、ご家族の気持ちとして、ガンが存在しているのに、
無治療というのは忍びないのではないでしょうか。
しかし、無治療と同等の価値しか見出せず、大きな副作用の伴う
標準的抗癌剤治療もとても受ける気にならない。
というのが、多くの患者さん、ご家族の本音ではないでしょうか。
そうであれば、副作用は無視し、目一杯抗癌剤を使う標準的抗癌剤治療ではなく、
副作用の出ない範囲で抗癌剤を使っていく治療だって十分に考える価値はあるはずです。
すなわち、無治療と標準的抗癌剤治療の中間です。
私が行なっている「中間治療」では、
ガンは多くの場合、縮小しませんが、
患者さんは副作用に苦しむことなく、標準的抗癌剤治療よりは長生きできます。
(エビデンスはありませんが・・・)
しかし、腫瘍内科のセンセイ方は、
「そんな治療は効かない」で一蹴してしまいます。
しかし、行なったことのない治療ですから、データなどなく、
「効くか、効かないか」はまったく判らないはずです。
お得意のエビデンスはまったく存在せず、
効かないというエビデンスもないのですから、
「効かない」とは言えないはずなのですが、
エビデンス大好きの腫瘍内科のセンセイ方は、
「標準的抗癌剤治療以外の治療は効かない」
と言う時だけは、エビデンスは要らないようです。
本日はご質問の多い肺ガンを一例として、
裏側から見た標準的抗癌剤治療のエビデンスについて書きました。
抗癌剤治療を行なったグループと、無治療で観た患者グループの間で、
生存期間中央値のデータが現在も出されているガンはたくさんあります。
それが何を意味するものであるかを十分にお考えの上、
ご自身、ご家族の治療を慎重に決定して下さい。
以上 文責 梅澤 充
当ブログおよび拙著「間違いだらけの抗ガン剤治療」で、
実際のエビデンスについて、「切除不能肺ガンのエビデンス」という
実例を挙げて記載したこともその一因であるかと思います。
確かに、
無治療で6ヶ月。
抗癌剤治療で8〜10ヶ月。
という事実を知れば、
「そんな治療は受けたくない、受けさせたくない。他の治療はないものか。」
と考えるのは当然だと思います。
しかし、ここで疑問は感じないでしょうか。
何故、無治療で6ヶ月というデータが、エビデンスとして出ているのでしょうか。
ちょうど半分の患者さんが生きていることができる期間、生存期間中央値が
6ヶ月。8〜10ヶ月。
という数字は、無治療と抗癌剤治療との厳密な比較臨床試験でのデータです。
臨床試験とは、多数の患者さんを無作為に幾つかのグループに分けて、
それぞれのグループで、違う方法で治療を行い、
それぞれのグループから得られた結果の差を比べるものです。
例えば、この6ヶ月と8ヶ月の場合は、
無治療で経過を診た患者グループと
抗癌剤治療を行なった患者グループでの
生存期間中央値の比較を行なった場合のエビデンスです。
このようなエビデンスがどのように出されてくるのかについては、
3月9日の「アメリカ追従」で書いたとおりです。
多くの場合、自分の望む治療を受けることができないアメリカの無保険者を対象に、
臨床試験が行なわれ、その厳密な試験の結果がエビデンスとして登場してきます。
数百人単位の患者さんたちを、二つのグループ、すなわち、
(1) 無治療で経過を観るグループ。
(2) 抗癌剤治療を行なうグループ。
に、無作為に分け、
両グループともに厳密にそれぞれの方法だけを行い経過を見て行きます。
その結果「(2)の方が、(1)より生存期間中央値において、2ヶ月優れていた。」
ということが判りました。
この肺ガンに対する(1)無治療という方法と、(2)抗癌剤治療という方法において、
その両者の間に、大きな差が予想されていたのであれば、
すなわち(2)の方が、(1)より大きな治療効果が期待できる、と予想されたのであれば、
無作為とはいえ、(1)の無治療の方に、患者さんを誘導することは
人道的に許されることではありません。
その臨床試験計画そのものが人道的見地から成り立ちません。まして、人権問題にうるさいアメリカでは不可能です。
それに、臨床試験の対象患者さんの多くは無保険者ですから、
貧困階級の人ということになります。
貧困階級の多くは「白くない」人たちです。
そうなると、「黒いガン患者さん」を、大きな差が出ることが予想されるような、
二つのグループに分けての治験など行なおうものなら、
「人種差別」と大騒ぎされます。
すなわち、臨床試験・治験から得られるデータ・エビデンスは、あらかじめ、
大筋のところでは、基礎的なデータから考え予測されている数字なのです。
まったく結果が想像できない治療を唐突に行なったらそれは人体実験です。
エビデンスの出ている標準的抗癌剤治療とは、無治療と比較しても
人道的に許される程度の差しか存在しない
ことが、はじめから判っている治療なのです。
万一
(1) の無治療で生存期間中央値が6ヶ月で、
(2) の抗癌剤治療で50ヶ月などというデータが出たら
それは大きな人権問題に発展してしまいます。
無治療に振り分けられた患者さんの遺族から訴えられるでしょう。
抗癌剤治療による延命効果の大きいガン、
例えば現在の乳ガンに対する抗癌剤治療では、
無治療患者グループとの比較データはありません。(昔のデータはあります)
無治療の患者グループを作ることが、人道的に許されないからです。
勿論、まったく予測外の治療効果が発生し、途中経過で大きな差が生じた場合は、
途中で無治療グループに対しても、抗癌剤治療を行なうように配慮はされています。
しかし、ほとんどの場合それは無用の配慮に終わります。
2月21日の「エビデンスが無いときは?」(2)で書いたとおり、EP療法とIP療法の比較試験を行なった時に、
予測以上の差が付き臨床試験を途中で止めています。
このようなケースもありますが、極めて稀であり、
まして無治療との比較試験では、ほとんどありません。
だから、無治療グループのデータが出てくるのです。
このように、抗癌剤治療とは、
はじめから無治療とは大差のない治療ということが判っている治療であり、
それを、わざわざ臨床試験を行い、
両グループ間の数字に統計学的な有意な差を確認し、
エビデンスとしているだけのものです。
すなわち、無治療および抗癌剤治療は、どちらを選択しようが、
はじめから、それから受ける恩恵は、
人道的な観点から見て、ほとんど変わらないことがハッキリと判っている治療です。
それなのに、昨日(3月18日)の「医者不足」でお示ししたメールのように、
日本の腫瘍内科医の先生方は、
患者さんには、闇雲に標準的抗癌剤治療を勧めます。
彼らの、ガンに対する武器がそれしかないから、
それを使わなければ彼らの存在価値がなくなってしまうと
考えるからなのかどうか判りませんが、
もう少し患者さんの立場に立って治療を考えるべきではないでしょうか。
無治療と、大きな副作用という苦痛を伴う標準的抗癌剤治療との価値が、
人道的に同等であれば、その中間という考え方だってできるはずです。
患者さん、ご家族の気持ちとして、ガンが存在しているのに、
無治療というのは忍びないのではないでしょうか。
しかし、無治療と同等の価値しか見出せず、大きな副作用の伴う
標準的抗癌剤治療もとても受ける気にならない。
というのが、多くの患者さん、ご家族の本音ではないでしょうか。
そうであれば、副作用は無視し、目一杯抗癌剤を使う標準的抗癌剤治療ではなく、
副作用の出ない範囲で抗癌剤を使っていく治療だって十分に考える価値はあるはずです。
すなわち、無治療と標準的抗癌剤治療の中間です。
私が行なっている「中間治療」では、
ガンは多くの場合、縮小しませんが、
患者さんは副作用に苦しむことなく、標準的抗癌剤治療よりは長生きできます。
(エビデンスはありませんが・・・)
しかし、腫瘍内科のセンセイ方は、
「そんな治療は効かない」で一蹴してしまいます。
しかし、行なったことのない治療ですから、データなどなく、
「効くか、効かないか」はまったく判らないはずです。
お得意のエビデンスはまったく存在せず、
効かないというエビデンスもないのですから、
「効かない」とは言えないはずなのですが、
エビデンス大好きの腫瘍内科のセンセイ方は、
「標準的抗癌剤治療以外の治療は効かない」
と言う時だけは、エビデンスは要らないようです。
本日はご質問の多い肺ガンを一例として、
裏側から見た標準的抗癌剤治療のエビデンスについて書きました。
抗癌剤治療を行なったグループと、無治療で観た患者グループの間で、
生存期間中央値のデータが現在も出されているガンはたくさんあります。
それが何を意味するものであるかを十分にお考えの上、
ご自身、ご家族の治療を慎重に決定して下さい。
以上 文責 梅澤 充
- 追記
当ブログの表紙に「間違いだらけの抗ガン剤治療」の宣伝を載せました。
当初、宣伝するべきか否か、非常に迷いました。
しかし、発売から一月になりますが、読まれた患者さんから、想像以上の反響を頂いており、それは、私の考えを否定するものではなく、応援してくださるものばかりです。(反論がないのでチョッと拍子抜けです。)
そして、患者さんの道標として予想以上にお役に立っていることが判明しましたので、さらに多くの患者さんの考え方の参考にして頂きたく考え、宣伝を載せました。
ブログの内容とは違いますので、当ブログをお読みの方々には是非ご一読お願いしたいと思います。
また、ブログをご存知でない患者さんにもお勧め頂ければ幸いです。




