アメリカのシカゴで、
ASCO(American Society of Clinical Onlogy)アメリカ臨床腫瘍学会が始まりました。
私は2年間以上も滞在して、帰国後1回行ったきりで、
十数年ご無沙汰している懐かしいシカゴですので、
是非行きたかったのですが、
当然ながら無理です。
今年も、新しい報告がたくさん出されることと思います。
どんなデータが発表されるのか楽しみです。
新しいデータ、エビデンスができてくると、今迄のエビデンスが嘘であったことが判明することもしばしばあります。今回報告されるはずになっている、
私が注目している報告の一つは、
卵巣ガンに対する、
術後再発予防の抗癌剤治療の結果です。
日本も参加しての治験です。
今まではタキソールとカルボプラチンをコンビネーションで、
2剤同時に3週間に一回の投与を6回繰り返すという治療が、
その後の生存期間、
無再発生存期間ともに
最善とされてきました。それに対して、
カルボプラチンは同量で3週間に1回投与ですが、
タキソールは分割の毎週投与という方法との
比較検討がなされました。
集計データはすでに出ているはずですが、
その公表はまったくおこなわれていません。
私の感触では、
タキソールは一括投与よりも、
少量分割投与のほうが遥かに有効であるように感じます。勿論、今回の治験でおこなわれたような、
分割といっても可能な限りの大量投与とは
比較にならない少量での感触ですが、
タキソールのごく少量頻回投与にはシッカリとした手応えを感じます。私の予想では、
タキソール一括投与よりも、
分割投与の方が、
遥かに良い成績が出てきそうな気がします。もし私の予想通りの結果であった場合、
今迄の患者さんはほとんどすべて、
「これが最善の治療です。
他にはありません。」といわれ、そのワンパターンの治療を押し付けられてきたのですが、
「その治療は最善ではない」という証拠が出てきてしまうことになります。たった一つの方法だけを最善の治療だと言い切って
その抗癌剤治療をおこなってきた医者はどのような顔をして、
その結果を受け止めるのでしょうか。
その治療をすでに受けた患者さんには、
最善ではなかった旨説明して、
謝罪するのでしょうか。
以前にも書いたことがありますが、
エビデンスの変更などいくらでもあります。今日の最善は、
明日は最悪かも知れません。患者さんの身体には極めて優しい抗癌剤治療ですが、
エビデンスが無いというただそれだけの理由で、
「最低の抗癌剤治療」
「国辱」とまでいわれた日本が誇る経口抗癌剤UFTでの治療が、
従来の点滴での抗癌剤治療と比較して、
まったく遜色無い治療効果があるとのエビデンスが出ると、
驚くほど単純に、
掌を返して、「素晴らしい抗癌剤治療」と賞賛してくれます。
エビデンスがあるというだけで、その治療が「最善の治療」と決め付けるのは、あまりにも愚かです。
今現在、エビデンスが無いというだけで、
他にも、いくらでも最善の治療があるはずです。少なくとも、
患者さんの数だけ最善の治療方法は存在するはずです。エビデンスがすべてであり、
ご自身の信念を持たないというか、
節操が無いというか、
その類の抗癌剤治療専門の先生方は、
大挙してASCOに行っていますので、
今年もたくさんの掌返しが見られることと思います。
腱鞘炎になるくらいに掌返しをしていただき、
最善の治療はいくらでもあることに
早く気付いていただきたいと思います。以上 文責 梅澤 充
愉快ではないコメントをいただいた後、
まさに私が考えているとおりの
とても素敵なコメントをいただきました。
再掲します
わたしがリーダー
はじめまして。34歳、乳がんです。
手術を終えて一ヶ月経ちました。放射線治療中です。
がんって、自分自身が作り出したものですよね。
これはラッキーなことだと思っています。
自分が作ったんだから、自分がちゃんと責任を持ってがんに対応したら、
ちゃんと治ってくれるはず。この身体のリーダーは私なのですよ。
がん細胞じゃないのですよって、身体に言い聞かせてます。
勝手なことはさせません(笑)このがんをそして治療を主治医や
誰かの責任におしつけたら、文句ばかりでてきちゃうのではないのかなと思います。
そう思えるのは私の主治医が良い方だからかもしれませんね。
まだ34歳の若さで、
本当に素晴らしい考え方ですね。
ガンという病気を見つめていると、
本当に
「患者さんの身体自身がガンをコントロールしている」と感じることがしばしばあります。
特に、乳ガンや卵巣ガン、前立腺ガンなど、
穏やかなガンでは、頻繁にそのように感じます。
ガンをコントロールしている主体は、
恐らくは免疫力ということになると思いますが、その免疫力とは、
極めて複雑なメカニズムで動いているように感じます。その一つは、
精神的な動きです。これは、免疫力を大きく動かしている感じがします。
子供の離婚を契機に安定していた病状が一気に悪化する。
孫が病気になれば、
おばあちゃんのガンも同時に悪化する。
そのように、ご本人の身体とは直接関係の無いことでの、
病状の変化は珍しくありません。
健気な免疫力が、
少量の抗癌剤と協調して、
一所懸命にガンと戦ってくれている証のように思います。それが、精神的な動揺により、
一気に崩れるというメカニズムではないかと想像されます。憎きガン細胞と戦うということは、
精神的に免疫力を奮い立たせることも必要であるような気がします。
それが、ご自身の身近なご家族の心配事により、
その精神力を維持することができなくなる。
免疫力が低下する。
すると病状の悪化を見る。
という構図のように思えます。
勿論、エビデンスも何にも無い、
私の妄想かも知れませんが、
毎日一人一人の患者さんを診ていると、
確実に感じられる事実です。
「孫の顔がクスリになる」といわれる患者さんもいますが、
そのとおりだと思います。
下手な抗癌剤治療より、余程よく効くように感じます。以前にも書いたことがありますが、
人間の身体が耐え得る最大耐用量の抗癌剤を使っての
標準治療では、その激しい副作用が故、
ガンと戦うという意識まで吹き飛ばしてしまっているように感じます。極めて過酷な副作用のために、
患者さんは、はじめから戦意喪失の状態になってしまうのではないでしょうか。あるいは、あまりの副作用に耐えかねて、
生きていたいという気力を、失ってしまうのかも知れません。もっとも、標準的に大量の抗癌剤を投入する治療では、
こころだけではなく、
肉体的な全身状態もボロボロになりますから、
免疫云々はまったく関係無い次元の話です。そのような治療が最善の治療だとは到底思えません。
何回もしつこく書いているとおりです。
勿論、その治療のエビデンスとなっている数字も、
それに満足する患者さんはいないと思います。
そのような貧弱な数字しか出てこない原因の一つは、
激しい副作用が故の、
生きていたいという意識の低下にあるのかも知れません。
あれほど過酷な副作用に悩まされながら、
人生を楽しもうと考えられる患者さんは多くは無いと思います。勿論、副作用を感じなかったという患者さんでは、
長生きできるのではないでしょうか。病気をコントロールする患者さん自身の身体に相談しながら、
リーダーに、逐一お伺いを立てながら治療をしていくほうが
遥かに長生きできるはずです。
勿論、ガンと戦うときに抗癌剤という武器は絶対に必要です。
しかし、その諸刃の剣である抗癌剤という武器の刃で
患者さんの身体を傷つけない程度に使わなければなりません。
すべての人間にまったく同じクスリを同じ量投入し、
患者さんの身体も死なない程度にまで傷つけるという、
十把一絡げの標準的抗癌剤治療ではなく、
個々の患者さんのリーダーに相談しながら、
抗癌剤治療の種類・量を決めながら治療をおこなうべきです。コメントのとおり、
ガン治療で最も重要な働き手は、
患者さんの身体自身であり、
リーダーは患者さんのこころです。
偶然、まぐれ当たりかも知れませんが、
最近、抗癌剤治療に行き詰まり、
あるサプリメントをはじめた途端に、
病状の著明な改善を見た患者さんが数名続きましたので、
やはり、責めの道具である抗癌剤一辺倒ではダメだ、と考えていたところのコメントでしたので、
とても嬉しく拝見しました。
ありがとうございました。
以上 文責 梅澤 充
深く反省させられるコメントをいただきました。
ブログを読む限り、梅澤先生には何でも聞けそうな気がしてしまうのですが、
実際、先生にお会いすると「疎ましい」「イラついている」といったご様子で、
気軽に質問できる雰囲気でもないと感じます。
>患者さんの医者への遠慮からのコミュニケーション不足
>こと命のかかった治療ですから、
>もう少し遠慮抜きに、
>その命を握っている医者と向かい合ったほうが良いと思います。
といった主張には共感するのですが、
ブログ上の先生と、実際の先生との間にギャップを感じるのはウチだけでしょうか?
嘲笑的に聞こえてしまう「はぁ?」という返事、
嫌なら他へ行けと言わんばかりに「胃腸病院やめますか!!」
っと語気を強められれば、患者も家族も萎縮せざるを得ません。
確かにこちらの質問の仕方や、医師にすれば見当違いの発言が
不興をかうのだとは思います。
やはり医師と患者とはいえ、人と人との付き合いですから、
その辺は徐々に相互理解が進むのを期待する他ないのでしょうね。
というか、そうなることを願います。
黒い猫でも白い猫でも、ネズミを獲ってくれれば良いわけですから。
時と共に病状の好転と、先生との意思疎通も円滑に進みたいものです。
いただいた他のコメントにもありましたが、
私は聖人君子ではありません。
ただの平凡な、しかし人のこころを持った人間です。
現在診ている患者さんの中に、
ハッキリ言えば、
診たくないかたも、ごくごく僅かですがおられます。その患者さんに時間を使うなら、
他の患者さんにもっと時間を使ってあげたい。
と思っているかたもいます。ご家族のお気持ちを考えれば、
少しでも長生きして欲しい、
と思われるのは当然ですが、
“天寿ガン”の患者さんもいます。
平均寿命を超えて、切除不能のガンを抱えて、
あっちが痛い、こっちが痒い、
と、様々な不定愁訴を訴え、
「ナンとかならないのか!?」と攻め寄られてくる患者さんもいます。
このような意識は持ってはいけないのかもしれませんが、
ご高齢の患者さんのハッキリしない訴えと、
40歳の患者さんのそれでは、
その対処、考え方、それに対しての時間のかけ方は、
違っていても当然だと考えています。
85歳90歳の患者さんは、
ガンが存在しなくても、
それほど長い時間生きていることはできません。
これは自然の摂理であり、
誰も、抗うことはできません。私はそれほどラクな生活をしているとは思っていません。
自由になる時間などほとんどありません。
その限られた時間は、
長く生きていることができる可能性が高い患者さんを
優先して、無駄無く使っていきたいと考えています。
勿論、ご高齢の患者さんでも、
ナンとかもっと長生きさせてあげたい、
と思わせる患者さんも何人もおられます。ほとんどのご高齢の患者さんは、私にそう思わせてくれます。また、“診たくない患者さん”で、
嘲笑的に聞こえてしまう「はぁ?」という返事、
嫌なら他へ行けと言わんばかりに「胃腸病院やめますか!!」
っと語気を強められれば、患者も家族も萎縮せざるを得ません。
このように解釈されてしまう患者さん、ご家族では、
すでに何回も点滴を受けていて、
「今日もタキソールの点滴をしましょうね、量は前回と同じです」と、私が言ったあと、
「それは飲み薬ですか?」と・・・私には
「はぁ?」という言葉以外に、
考える余裕はありません。
その後、口には出しませんが、
「もう勘弁してくれよ!」
「他の患者さんの時間を取るなよ!」
「近くの病院に行ってよ!」とこころの中で思っています。
その私のこころの中をシッカリ悟ってくださってのコメントだと思います。
「勉強しろ、知識をつけろ」と何回も言っていますが、
患者さん、ご家族は、
医学知識に対してまったくの素人であることは
十分に理解はしているつもりです。
しかし、
何回も点滴しているタキソールを「飲み薬ですか?」のように、余りにもトンチンカンなことを聞かれてくる
患者さん、ご家族に対しては、
「この人はご自分の病気に対して
あまり、真剣には考えていないな」すなわち
「本気で長生きしたいとは考えていない」と解釈してしまいます。
私に対して、
萎縮してしまい、
あまり、聞くことができないでいると思われている患者さんは、
上記のいずれかに該当されるかただと思います。
遠慮しつつ私のところへ来られる必要は無いと思います。
きっと、凡人の私には、相性も悪いのでしょう。
いただいたコメントにもあったように、
どうか、最善の治療の場をお探しください。
遠慮しつつの治療では、
来院のたびに免疫も下げてしまいます。また、もし、私に遠慮して、
イロイロなことを聞けないでいる患者さんがいたならば、
私は、先程のような余程トンチンカンな質問でなければ、
可能な限りお答えします。
また、午前中は混みますから、
ゆっくり時間をかけてイロイロ聞きたいかたは、
午後の時間帯に予約を入れてください。コメントを投稿されたかたが、
どなたかは知りませんが、
黒い猫でも白い猫でも、ネズミを獲ってくれれば良いわけですから。
時と共に病状の好転と、先生との意思疎通も円滑に進みたいものです。
私は、ネズミを獲るネコではありません。患者さんを診る医者で、一人の人間だと思っています。
一人の人間を捕まえて、
また、気に喰わないまでもそちらが希望して主治医にしている人間を、
ネコに喩える程度の意識の持ち主であれば、
意思の疎通はありえないと思います。疎通など図りたくありません。
投稿いただいた患者さん(ご家族)は、
今後、二度と来られることはないと思いますが、
私は、ネズミを捕る意思はありません。以上 文責 梅澤 充
昨日の「患者自身の力」に対して、
いくつかのコメントをいただきました。
当然、ガバイ患者さんなんて、
ほとんどいません。
そして、努力(?)したとしても、
それになれる患者さんも、
ごく僅かだろうと思います。
しかし、ガンを宿して、卑屈になる必要も、
病人になりきる必要もまったくありませんが、
病気を宿していることは事実ですから、
お年寄りが周囲の人間から労わられるように、
ガン患者さんも、「病人特権」というか、
病人であるからこそ受けられる恩恵を少しはもらっても
バチは当たらないように思います。
そのためにズズシクなりましょう。
そのほうが、人生トクである気がします。
それが言いたかったことの一つです。
私も昨日、歯医者に行って、
「本日で治療は終わりです」と言われて、
「そうですか、ありがとうございました。」と言ったものの、
欠けた歯に何か詰め物をした以外のここ数回の治療について、
ナニをしているのか、まったく理解していませんでした。
「次は、何時来てください」と言われたら、
とても素直に
「分かりました」と、何も分からずに言ってしまったと思います。
素人とプロとの関係はその程度のものだと感じます。
診る側と診てもらう側との間の溝は、
存在していて当たり前だと思います。しかし、セカンドオピニオンに来られる患者さんなどを見ていると、
エビデンス一辺倒で、
エビデンスどおりの予後しか期待していない主治医と、ガンを、治したい、少なくとも長生きしたいと願っている患者さんとで、滑稽なまでの同床異夢の現実を見せつけられます。その原因の一つは、
何回も書いているとおりの患者さんの知識不足ですが、
患者さんの医者への遠慮からのコミュニケーション不足も、
大きな原因の一つだと感じます。その同床異夢の状態から脱却するためには、
ある程度、ガバクならなければならないと思います。こと命のかかった治療ですから、
もう少し遠慮抜きに、
その命を握っている医者と向かい合ったほうが良いと思います。勿論、コメントであったように、
「無神経なのは厄介です」現在、私の診ている患者さんにはいませんが、
人間と人間との付き合いですから、
無神経な人間に嫌気がさすこともありました。
ご家族の場合が多かったように思います。
しかし、「無神経」とご自身の当然の要求を通すのとは、
まったく違います。コメントにあったとおり、
「疑問に思うことは、たとえ疎ましがられても絶対に看過しないことが重要」だと思います。
おとなしい患者さんでは、
「疎ましがられる」ことをご自身が嫌がっているようにも感じます。素敵な「ガバサ」は、
自分がそう思われることを気にしないことだと思います。
それは、無神経とは違います。多少のズズシさは、
強く生き抜くためには、
絶対に必要だと思います。勿論、ズズシさが「無神経」にならないことは、
人間社会に生きる以上絶対に必要なことは言うまでもありません。
セカンドオピニオン関するコメントもありましたが、
標準的抗癌剤治療だけしかおこなっていない、
がんセンターや大学病院では、
そこで得られる情報は、
だた一つ、エビデンスに根ざした標準治療だけです。
そして、その意義、
価値をシッカリと教えられると思います。
私のエビデンスに対する考えは、
何回も書いているとおり、
エビデンスは、
個性に溢れた個々の患者さん、ガンに対しては、
一つの参考意見に過ぎない。
最善の治療は、
患者さんの身体とガンが教えてくれる。
それだけです。セカンドオピニオンは、
考え方の違う病院・医者をイロイロと廻ってください。以上 文責 梅澤 充
楽しいコメントをいただきました。
私の母は36才の時に私を産んで間もなく食道癌になり、食道と胃を全摘しました。
入院中に放射線治療をやったそうですが、退院してから二度と大学病院なんて
いくものかと25年間ほど病院に行きませんでした。
なにが母によかったのかと今思えば、私がまだ小さかったことと
超ウルトラ級ワガママでヒステリーでした。
我が道を行く母はお酒とタバコとラーメンが大好きで父と私はかなり
振り回されていました。
結局お酒で肝硬変になり64才で亡くなりましたが、
好きなように生きたんじゃないかなと思っています。
36歳の女性で食道ガンといのは、
とても珍しいですが、
その後の生き方が本当に素晴らしいですね。
「酒とタバコとラーメンが大好きで」とは、
私自身のことを言われているような気がします。
(私の場合、更に身体に悪い、
タップリと刺しが入った肉が大好きです・・・)
そして、最期は大好きな酒での肝硬変。
まったく羨ましい限りの生き方です。
肝硬変で最期を迎えるというのも、
心筋梗塞や脳溢血でのポックリではなく、
人生を見つめなおす時間を与えてくれますから、
私の価値観からすると、
とても理想的な最期だと思います。
ところで、
胃全摘・その後の放射線治療までしなければならない食道ガンが、
再発しなかったのは、
「超ウルトラ級ワガママ」が幸いしたのではないでしょうか。(何故、そのようなかたに、ガンが生えてきたかは疑問ですが・・・)今年の2月12日の「ガバイ患者」でも書きましたが、
控えめなおとなしい患者さんよりも、ガバガバ遠慮無く
イロイロな無理難題を吹っかけてくる患者さんのほうが、
予後は遥かに良いような感じを常々受けています。遠慮していたら長生きできません。第一、 他人の顔色を伺いながら、
遠慮しいしい生活していたらつまらないと思います。
医者にも遠慮せずに、
聞きたいことはドシドシ質問して、ご自身の納得いく治療を受けてください。しかし、現実問題として、
私も本日この原稿を書いた後、
歯医者に行く予約が入っていますが、
忙しく働いている医者を見ると、
なかなか思っていることを言える雰囲気ではないことは理解しています。
前回の治療の時には、
「今日は、右の奥歯を治療します」と言うので、
「チョット待ってください。
先週左を治療して、まだ痛みがあって右だけで噛んでいる状態ですから、
ここで右が使えなくなったら、食べられなくなってしまいますので、
今日はそこは止めてください。」とだけお願いして、
左側の更なるお掃除だけで終わりました。
歯の治療くらいですから、
多少遠慮しても仕方がないとも思いますが、
ガン治療はご自身の命に直結する治療です。
気が小さい善良な患者さんでは、
少々気が引けるかも知れませんが、
そこは勇気を持って、
ご自身のためにすべて聞き出してください。
「勇気は使えば使うほど増える」といいます。
持てる勇気を振り絞ってください。
しかし勇気を出さないと言えない性格と、
ナンの遠慮も無く、
当たり前のように、
何でもズケズケと聞けるガバイ患者さんはでは
精神的なストレスが大きく違います。
ガバイ患者さんは本当にトクです。
持って生まれた性格ですから、
簡単には変えられませんが、
ご自身の寿命に影響することですから、
是非とも、ズズシくガバイ人間に変身してください。以上 文責 梅澤 充
本日は珍しく抗癌剤治療の患者さん少なく、
比較的ラクな一日でした。
むしろ、昨日の日曜日の方が忙しかったくらいです。
昨日は、数名の患者さん、ご家族がセカンドオピニオンに来られました。
イロイロな状態、相談がありますが、
やはり、深刻なのは、
「抗癌剤治療を受けるたびに元気がなくなる」という患者さん、ご家族です。
何度も書いていますが、
ガンを背負っていても、
自覚症状はまったく無い患者さんも少なくありません。
そのおとなしいガンに対して治療をおこなうのに、
何故、元気だった患者さんが病人にならなければならないのでしょうか。その抗癌剤治療により、
ガンが治る、完治するのであれば、
半年や1年、地獄の苦しみを味わうことも仕方がないように思います。
根治とは、その後の治療は一切不要ということですから。
しかし、抗癌剤治療が必要な、
多くの再発ガンや手術不能のガンは治ることは余り期待できません。
否、強大な苦痛を伴う標準的抗癌剤治療では、
根治することなど想定外で組まれたスケジュールです。
それがエビデンスです。
「無治療よりは若干長生きできますよ。」というだけの治療です。
無治療でも、明日亡くなる患者さんはいません。
また、無治療であれば副作用は絶対にありません。ガンを背負っていたって元気に普通の生活を送ることができている。という事実をシッカリ見つめなおして、
ご自身の治療を再考してください。
勿論、標準的抗癌剤治療で副作用をまったく感じることなく、
骨髄抑制も起こさないという、
強靭な肉体をお持ちの奇特な患者さんは、
その治療を継続することはけっして悪くは無いと思います。
しかし、昨日のセカンドオピニオンに来れれた患者さんもそうでしたが、
治療効果の判定をしないで、
エビデンスで決められた回数だけ、
突っ走ってしまう、
無謀な標準的抗癌剤治療が横行していることも事実です。
1回、2回で効果が出なければ、
はじめに4回あるいは6回と決められていても、
それ以上同じ治療を続けても効果はありません。
一方、その時に注入された抗癌剤は、
確実に患者さんの身体を蝕みます。患者さんご自身がガンと戦う力を確実に削いでしまいます。
すなわち、間違いなく寿命を縮めます。
無治療にしたほうが長生きできます。辛い思いをして、
大きな治療費用をかけて、
短命に終わるのでは、
まったく割りに合いません。
そのようなまったく無駄な治療を受けている患者さんは、
何人診てきたか知れません。
セカンドオピニオンのたびに、
「もう止めた方が良いですよ」と言わざるを得ない患者さんを何人も見てきました。
日本全国、
まったく患者さんのためにはなっていない治療が、
標準治療の名の下に横行しています。現在の治療に疑問、矛盾を感じたならば、
いち早く、
逃げ出すことをお勧めします。
しかし、逃げ場が無い患者さんも
日本にはたくさんおられることも事実です。
逃げて行っても受け皿が無い患者さんで、
一つだけ、ご自身で逃げ場を作る道は、
治療間隔をご自身の体調に合わせて延ばしていくことです。
3週間に1回と決められていても、
それはエビデンスのデータになった治験のスケジュールというだけです。
それが、すべての患者さんに合っている保障など何処にもありません。
治療間隔はとりあえず主治医が決めますが、
必ずしもそれに忠実に従う必要などありません。
忠実に従わなければならないのは、
ご自身の体調です。主治医のマニュアルどおりの治療計画なんかより、
患者さんの身体のほうが、
遥かに正確に患者さんを適切な治療へと導いてくれると思います。副作用により、
余りにも体調が優れないときなど、
エビデンスだけに縛られたマニュアルどおりの計画など無視して、
ご自身の身体と相談しながら、
ご自身でスケジュールを決めたほうが、
遥かに有効な治療になるような気がします。私の治療も、
私が決めているのではありません。
患者さんの身体とガンに導かれて決めているだけです。
「抗癌剤治療をしたら病人になった」だけは避けてください。
以上 文責 梅澤 充
まいくまさんから、
貴重なコメントをいただきました。
ここ数日の騒動で、なんだか患者でなければ発言してはいけないような
雰囲気になってしまいました。
これが進んでしまうと、そのうち末期患者しか発言できない、
などということになりかねません。
人はそもそも完全には理解しあえないのだ、ということを踏まえたうえであれば、
癌患者であろうがなかろうが、早期患者だろうが末期患者だろうが、
語り合うことはできると思います。
そのとおりだと思います。
ガン患者さんの
心理的なサポートをしている精神科医も、
ガン患者ではないはずです。
彼らはプロとしての目でガン患者さんを診ていますが、
プロでなく、ガン患者でなくても、
誠意と熱意さえあれば、
精神的なサポートは十分に可能です。
私も患者さんの精神的なサポートは可能な限りしているつもりですが、
精神科領域はまったくの素人です。
この精神的なサポートは、
どんな抗癌剤治療よりも有効であるとしばしば感じます。ガン治療において患者さんの精神的な動きは、
その効果を大きく左右するように感じます。何回も書いているとおり、
前向きな考え方をする、
明るい患者さんほど長生きします。もし、“明るさ指数”、“前向き度数”
などが数字で表されたなら、
その数字と、
患者さんの寿命は明らかに相関していると思います。
標準的抗癌剤治療で
満足のいく数字が出て来ない理由の一つは、最大耐用量の抗癌剤が、
患者さんを肉体的にも精神的にも打ちのめしてしまい、
明るく、前向きに考える思考回路を
すべて断ち切ってしまうことではないかとも考えています。逆にあれだけ辛い思いをさせられて、
ニコニコしていられる患者さんは、そこまでの強靭な精神力により、
並外れて長生きができるように思います。生存期間中央値が数ヶ月という厳しいガンに対する標準的抗癌剤治療でも、
何数年という期間無事に生き抜く患者さんもいます。
また、無治療でも同じ期間だけ生きることができる患者さんもいます。
それらの患者さんは、
きっと並外れた強靭な精神力の持ち主ではないかと思います。
日々患者さんを診ていて、
患者さんの精神力、思考回路は、
本当に大きく患者さんの予後を左右するように感じます。笑う門には福が来ます。
大いに笑ってください。
そして、笑いを失うような治療は受けない方が賢明だと思います。
本日も笑いを失いかけている患者さんが来られました。
その治療は多少の効果があったとしても、
続けるべきではないと考えます。
幸い、その抗癌剤が効くことが分かったのですから、
その抗癌剤を使っても、
ニコニコ楽しく生活できる量で使うべきだと考えます。
話は大きく逸れましたが、
まいくまさんの言われるとおり、
このブログは、
ガンを患った患者さんに元気を与えてくれる人であれば、
誰でも入ってきてください、
本日も忙しい一日でした。
終わります。
以上 文責 梅澤 充
PS. まいくまさん、手術終了おめでとうございます。
これからが勝負ですね。
応援します。
ガンを患っている患者さんの気持ちは、
当人にしか分からない。
健常な人間には理解できるものではない。という主旨のコメントがいくつかあったようにおもいます。
そのとおりだと思います。
昨日の「ごめんなさい」でも書いたとおり、
毎日、ガン患者さんに接しているバカ医者も、
患者さんのこころの中までは覗けません。しかし、もう一つ分からないこともあります。
それは患者さんを支えるご家族のお気持ちです。ある意味、ガンを背負った患者さんご本人より、
辛いかも知れません。私も、血の繋がった家族でなくても、
患者さんを診て、本当に辛く、苦しく、
何もする気にならないほど落ち込むこともあります。
私の父親のときもそうでした。
父親は年齢的には、
十分に満足しなければならない数字であり、
ガンという病気が発覚する数年前から、
タバコの吸い過ぎからの呼吸機能の低下で、
長くは生きることはできない、
とは悟っていましたので、
大きなショックはありませんでしたが、
「苦しませたくない、
少しでも長生きさせてあげたい」という気持ちはとても強く持ちました。
父親は戦前の人間で、
死ぬことに対して恐怖も、
生に対する執着もありませんでしたから、
むしろ、息子である私のほうが、
精神的には辛かったように思います。
皆さんには見えないウラのコメントで、
最愛のご家族をガンで亡された、
患者ではない健常なかたからの投稿がありました。
ご自身はガンではないからと、
ウラのコメントでいただきましたが、
そのかたなどは、
実際に現在ガンを患っている患者さんよりも、
遥かに辛い思いをし続けているように感じます。
そして、ガンという病気を、医療を
患者さん以上に、
真剣に考えてもいるように思われます。
現在の実際のガン患者さんよりも
遥かに辛い気持ちで生活されているご家族は少なくありません。「自分が替わってあげられたならどんなに楽なことだろう」といわれるご家族は、
とてもとても多くおられます。
永遠のお別れをしなければならないのであれば、
自分が先に寝りについてしまって、
悲しい思いをするのは避けたい、
という、身勝手な要素も多少は入っているように思いますが、
死に直面する病気に対して、
自分が替わりになりたい。
自分の命に代えてでも、
ガン患者の病気を治したい。これは本心だと思います。ガンを宿した患者さんの気持ち、
これは、本当に健康人には理解できませんが、
そのガン患者さんを支える人々の気持ちも、
ガン患者さんは理解していないことも事実だと思います。
ガンを患った患者さん、
その患者さんを支える人間、
それぞれ、大きく悩んでいるのだと思います。
私自身、日々悩み苦しんでいます。
他人が何を思い悩んでいるのかを探っても仕方ありませんし、
自分の気持ちを他人に理解してもらっても、
余り良いことも無いように思います。ガン患者さん、それを支える人間、
お互いに、いたわりあって、絆が深まる。
それも「ガンになって良かった」
の、一つであるような気がします。
冷静に現実を直視して、
その現実の中で、
ご自身に最適な進路を決定して、
楽しく生活していくことを考えることが、
一番重要だと思います。
以上 文責 梅澤 充
昨日の「本日休診」で、
忙しさにかまけ、
治験についてコメントがたくさん寄せられているようです。
私はまだ一部しか見ていませんが、
そちらをご覧ください。
などと、
確認もしていないコメントを読めなどと、
まことに無責任なことを書いてしまいました。
申し訳ありませんでした。
大変な嵐が吹き荒れていたのですね。
嵐の根本的なタネは、
「ガン患者さんの気持ち」のようで、
m さんのコメントが起爆剤になったようですね。
よく書き込みをされていたmさんは、
はじめは、私もガンを患った患者さんだとばかり思っていました。
しかし、mさんの何時のコメントだったか、
ご自身はガンを宿しているわけではないことを知り、
チョットびっくりしました。
それでも、ホノボノとした雰囲気もあり、
患者さんにとってマイナスにはならないだろうと思って
そのまま放置しておきました。
しかし、ガンを宿している患者さんのこころは、
コメントにもあったとおり、
常人では考えられないほどナーバスです。
残念ながら私もまだガンではないので、
毎日患者さんに接していても、
患者さんの本当の気持ちは理解できていません。また、もし私の身体にガンが発生しても、
他のガン患者さんの気持ちは理解できないと思います。
それは、私の人生観・価値観が他の患者さんとは、
大きく違っているからです。
私は昨年自分がガンだと確信したとき、
そして、そのガンで2〜3年後に死ぬだろうな、
と信じたときにも、
悲しさ、死の恐怖はまったくありませんでした。
アタマに浮かんだことは、
「重い荷物を背負わされた現状から開放される!」
「あと2年は楽しく暮らすぞ!」それだけでした。
話はそれましたが、
患者さんの気持ちを傷つけないように、
私も十分に注意はしているつもりですが、
それでも、知らず知らずの間に、
そして、僅かな表現の仕方でも、
患者さんのこころを大きく傷つけていることもあると思います。
ある程度は仕方がないとも思いますし、
また、患者さんにも強くなってもらいたいとも願っています。
万一、このブログで、
傷つく患者さんがいたら、
それは、私の不注意であり、
お詫びしますが、
ここに書いていることは、
事実と、それに基づく私自身の考えであり、
多くの患者さん、ご家族に知っていただきたい内容です。
また
2006年2月3日の「ワッハハ、ワッハハ、ワッハハ」のように、
(このページは最近、ウラのコメントでお褒めの言葉をいただきました)
「患者さんに、少しでも元気になってもらいたい」という、
毎日、毎日、ガン患者さんばかりを診ている、
しかしガンを、なかなか治せない無力なバカ医者からの
事実に即したメッセージですから、
このブログを止める気はありません。
もし、不快に感じる患者さんがいたら、
どうぞお読みにならないでください。
しかし、私のブログに対するコメントで、
多くの患者さんが不快な思いをされるのであれば、
それは看過できません。
そのコメントの内容はともかく、
ガンという病気に悩んでいる多くの患者さんに、
不愉快な思いを与えることはできません。ガンが喜んでしまいます。とても賢明なmさんで、
私のことを応援してくださっていたかたですから、
二度とこのブログにコメントを投稿されることは
有り得ないと思いますので、
私から、「コメントを控えてください」
などと無粋なことは、
敢えて書きません。
このブログでは、
これからも、
患者さんのためになると思われる内容を、
毎日更新していきますので、
訳の分からない、
竜巻が突然襲ってきて、
知らない間に去っていったと考え、
忘れてください。
大きなダメージを与えない、
適度なストレスは多少はあっても悪くはないと思います。
生活をしていれば必ずぶつかる、
大きなストレスへの抗体ができたと思ってください。
mさんはガンを宿した患者さんではないようですので、
少々遠慮無しに書かせていただきました。
長い間、イロイロ(?)なコメント、
応援ありがとうございました。
以上 文責 梅澤 充
本日はとても忙しい一日でした。
その忙しい一日の中で、
患者さんから何本かの電話をいただきました。
その中で、
毎度、誰かから聞かされる同じ言葉がありました。
「昨日から処方されたクスリを飲むと、
身体の調子が悪くなるみたいに感じますが、
飲まなくても良いですか?」という質問です。
処方したそのクスリは抗癌剤です。
ごく少量の抗癌剤の点滴だけで、
上手くコントロールされていましたが、
それだけでは足りなくなり、
経口剤も追加しました。
常用量の1/4 ですが、
それでも身体に合わない人には副作用が出ます。
「クスリを飲む」
ということは治療をおこなうということです。
その治療を進めるか否かを決めるのは医者ではなく患者さん自身です。もし日常生活に支障を来たすような、
そのクスリの副作用と思われる症状が出るのであれば、医者がいくら「飲め」といってもそれは止めるべきです。大した副作用だと思わなければ、ご自身の価値観で、
治療の継続の可否を決めなければなりません。
ガン治療の主体は、
医者ではなく患者さんご自身です。それを、忘れてしまっている患者さんをしばしば見ます。
医者任せにしないで、
ご自身でも治療を考えてください。
本日はこれ以上書く時間はありません。
休診します。
治験についてコメントがたくさん寄せられているようです。
私はまだ一部しか見ていませんが、
そちらをご覧ください。
以上 文責 梅澤 充
とても悲しいお別れを時々経験します。
といっても、
患者さんが旅立たれたのではありません。
ある意味、もっと悲しい、遣る瀬のないお別れです。
費用の問題で、
治療継続が不可能になってしまった、
という状態です。
すべて健康保険の範囲内だけで治療をおこなっていても、
経済的に医療費の負担を続けることは不可能。
という状況に陥ってしまう患者さんもいます。
そして、
「治療を続けられなくなった」といって、病院へお別れに来ます。
何とも言えない虚しさを感じます。
たしかに、
健康保険といえどもガン治療をするとなれば、
毎月何万円かは必ずかかります。
その上、収入の減少を余儀なくされる患者さんも少なくありません。
治療ができない患者さんがでてくるのも当然かも知れません。
格差社会はある程度は仕方がないと思います。
しかし、ガン治療を受けることができない患者さんがいることは、
由々しき問題だと思います。
日本も近々、アメリカのように、
治療費の払えない患者さんは、
無料の治験を受ける、という流れができあがるのでしょうか。
しかし、そうなると、
一昨日の「たくさんのネズミたち」で書いたように、
まるで実験に供されるネズミのごとく扱われる患者さんが、
ゾロゾロと出てきて、
そこから抽出されたエビデンスに則った、
これまた無味乾燥な、
すべての個性を無視した標準治療だけが、
粛々と執行されていくような気がします。
本日もその無味乾燥、
個性無視の標準治療から逃げて来られた患者さんが、
何人も来られました。
多くの患者さんは、
ご自身だけのことを考えてた治療を
望んでいるはずです。
しかし、
現在の格差社会が、
その希望から遠ざけてしまう、
“誰でも均一治療社会”に変えてしまうのも知れません。皮肉な話です。
本日も時間がありません。
終わりにします。
以上 文責 梅澤 充
ガン治療をするたびに体調が悪くなる、
一時期効いていた抗癌剤が効かなくなり、
別のクスリに替える、
すると点滴のたびに体調は更に悪くなる。
それも一時期は「効いている」と言われたけれど、
「効かなくなった」とのことでクスリを替えた。
その点滴を受けると最悪の全身状態になる。
良くなるため、治るためと思うから我慢してきたけれど、
今の治療はもはや我慢の限界。とのことでセカンドオピニオンに来られる患者さんは、
少なくありません。
大きな認識違いがあります。先ず、「治るため」という概念は、
エビデンスに従った標準的抗癌剤治療にはありません。
また、「良くなるため」
とは、何がどのように良くなると、
お考えでしょうか。
ガンが肺に転移しても、
肝臓に巣食っていても、
リンパ節に飛び火していても、
ほとんどの患者さんは自覚症状はありません。
痛くも痒くもありません。ピンポン玉ほどもある肝転移が4つ5つあっても、
それに気付く敏感な患者さんはいません。
肝臓の機能障害も起こりません。
CTなどの機械の目を使うからはじめてその存在に気が付くだけです。
あるいは採血で腫瘍マーカーを測定するから、
ガンの存在を知るだけです。その痛くも痒くもない、
おとなしいガンが、
抗癌剤治療でどのように、
「良くなる」のでしょうか。「癌取り扱い規約」という
抗癌剤治療をおこなったときの
治療効果判定のルールに則れば、
縮小することをもって、
「良くなっている」
「効いている」と判断するのですが、
患者さんにとっては、
痛くも痒くもなく、
存在にすら気付かないガンが縮小しても、
あまりトクはありません。勿論、それは延命につながる可能性は十分に考えられますので、
小さくならないよりは、
縮小してくれるほうが、
有り難いに決まっています。
しかし、標準的抗癌剤治療では
「治ること」は視野にありません。したがって、
辛く苦しい治療により、
存在に気付かないようなおとなしいガンが縮小しても、結局は、辛く苦しい時間だけを
いたずらに延長するだけの効果になってしまいます。一方、ガンを背負っていても、
自覚症状がまったく無いのであれば、
無治療で経過だけを観ていけば、
副作用は絶対にありません。
残念ながら、
いずれガンが増大してきて、
自覚症状を表すことになりますが、
それまでの時間は、
病気ではない普通の人として生活ができます。
前にも書きましたが、
標準的抗癌剤治療であれば、
自覚症状が出現してから治療を開始しても、結局、治療期間、
すなわち生きていることのできる時間は同じです。エビデンスの数字は治療開始からの生存時間です。エビデンスに則った治療を望むのであれば、
治療は全身状態が悪化しない程度まで、
開始を遅らせるべきです。
その方が長生きできます。
そもそも、自覚症状がまったく無い病気の治療に
大きな苦痛を伴うこと自体が異常なことだと思います。勿論、その治療により大きな延命が得られる幾つかのガンでは、
その治療の選択は間違ってはいないと思います。
しかし、肺ガンや胃ガンなど多くのガンでは、
標準的抗癌剤治療を勧められたなら、
慎重に考える必要があると思います。
「ガンがあっても、あんなに元気だったのに
抗癌剤治療始めた途端に病人になってしまった」という言葉をしばしば耳にします。
そのような治療が本当に得なのか否か、
十分にお考えください。
実際に標準的抗癌剤治療を続けてこられた患者さんでは、
ガンはまだその患者さんの命を奪うほどには成長していないのに、抗癌剤という毒薬で、
しかも余りにも大量の毒に蝕まれ、
ボロボロになった身体では、生命を支えられなくなって、
早々に旅立たれてしまうという状況を何度も見てきました。ガンと戦うのに、
抗癌剤という偉大な武器は絶対に必要ですが、
それは諸刃の剣であることは、
くれぐれもお忘れなく。
以上 文責 梅澤 充
追記:明らかに医者の目線から見ていると思われるコメントがあります。
前にも書きましたが、私は実名を名乗っています。
医者であれば実名、勤務病院を名乗ってください。
興味深い論文があります。
2〜3年前のアメリカの論文です。
日本ではつい昨年末やっと認可された肺ガンに対する分子標的薬についてです。
肺ガン患者さんを2000名以上集めての治験データでした。
抗癌剤治療A単独群と
抗癌剤治療Aと同時にタルセバを飲ませた患者群、
更に抗癌剤治療B単独群と、
抗癌剤治療Bと同時にタルセバを併用した患者群で、
それぞれ500名以上の患者群で
比較検討がされていました。
結果は、
どの群も平均生存期間においては、平均10.0 〜 10.6月
1年生存率も41 〜 47 % までのバラツキがあるだけで、
統計学的な有意差は無い。
すなわち、差は無い。
どれでも一緒というものでした。そのデータを見て、
なんだか異常に虚しくなりました。
2000人以上の肺ガン患者さんを、
無作為に、機械的に4つのグループに仕分けして、
それぞれのグループの500人以上の患者さんたちに、
一様にまったく同じ治療をおこなう。
そこには当然、根治などという考えはまったく存在しません。
ただ、生存期間中央値と、
1年生存率という数字が出てくるのを待つだけです。
型どおりの治療を行い、
その人間が目を瞑るのを待つのみです。対象はすべて別々の生活をしている人間です。
その個性・個人差などは、
まったく配慮されていません。治験だから仕方がない、
といえば、それまででしょうけれども、
何か言い知れぬ悲しさを覚えます。私はかつて、
非常にたくさんの数のネズミを使って実験をしていました。
消化器の生理の研究です。
動物実験でもやはり、
人間での治験と同じように、
無作為にグループ分けをして、
A群にはaというクスリを使い、
B群にはbを使いその差を見ます。
統計学的にはA群のほうが優れた結果が出たとしても、
B群のネズミのなかには、
A群の平均値より優秀な数字を出す頑張り屋もいます。
実験に供されるネズミだって、
個性を主張しています。まして人間では、
感情という動物には恐らく無いと思われる、
非常に複雑な要素も入ります。すべての個性を無視した均一な治療が執行されているのは、
治験だけではありません。標準的抗癌剤治療といわれる
現在のガン治療は、
そのほとんどが、
個性無視の均一治療です。私は20年近く前は、
たくさんのネズミを使った実験を嬉々としておこなっていました。
実際の患者さんを使っての無味乾燥な
アメリカの論文を見て、
当時の自分を思い出しました。
シカゴでもネズミ君たちをたくさん犠牲にしました・・・・
以上 文責 梅澤 充
本日は、町田でセカンドオピニオンでした。
かなり疲れました。
ある患者さんのブログを見ていたら、
奇妙な内容を発見しました。
地方都市に在住の患者さんが
東京の国立がんセンターへセカンドオピニオンに行かれたときの、
がんセンターの医者の言葉が
そのブログに書かれていました。
あまりにも面白いので、
転写します。
患者さんが嘘を書く理由はまったくありませんから、
真実だと思います。
本日は時間が無くなりましたので、
その転写で失礼します。
まず先生に言われたのは
「○○がんは再発しやすいガンなので
なんで自分だけが・・・と思わないで下さいって」
事でしたで、先生に聞かれた事を色々答え
先生から言われた事は
「抗がん剤の副作用がとても辛いものなら ここでは、抗がん剤を止め
自分の免疫力で治すという方法を取っています
○○がんの場合、最初の抗がん剤が効かなかった場合
二番手の抗がん剤が効かない事が多いんです
なので、辛い副作用に耐えても効果が少ないなら
QOLが下がる治療をせずに
残りの時間を楽しく過ごす方を勧めています
でも、何もしないってのは不安だという患者さんには
経口の抗がん剤を処方する事もありますが
それも効くというエビデンスはないんで
気休めというか・・・」
驚きますね。
「抗がん剤の副作用がとても辛いものなら ここでは、抗がん剤を止め・・・」その病院での辛くない抗癌剤治療は見たことがありません。
辛いと言ったら
即ガン難民です。
「抗がん剤を止め自分の免疫力で治すという方法を取っています」是非、その方法を日本中に広めて欲しいものです。
「経口の抗がん剤を処方する事もありますが
それも効くというエビデンスはないんで気休めというか・・・」エビデンスの無い治療はしないことが、
モットーのはずですが・・・
がんセンターでは絶対にしないであろうことのオンパレードです。
何時かも書きましたが、
セカンドオピニオンでの台詞と、
実際の治療ではまったく違うようです。
以上 文責 梅澤 充
昨日の「呑気な患者さん」を読み返してみて、
フト思ったのですが、
やはり、非常に多くの患者さん、
また、まだ患者にはなっていない人たちは、
ガンという病気・治療に対して大きな誤解・偏見を持っていると思います。「ガン = 死」
「抗癌剤治療 = 大きな副作用」という間違った認識が出来上がってしまっているように思います。
したがって、
昨日ご紹介した患者さんのように、
ただお腹が張っているから、
胃腸病院に行ってみたら、
「手術もできないガン」と言われ、
その後、抗癌剤といわれるクスリの点滴治療を受けるも、
全然辛くない。
そして、お腹の張りも知らないうちに取れてきた。
それなのに、
「大きな副作用を伴って死にゆくガン」であるはずがない。という、思考回路が回ってしまうのではないでしょうか。
本日も30名ほどの患者さんに抗癌剤治療を行いましたが、
ご自宅で生活を続けることに、
不自由を感じはじめているかたは2〜3人でした。
他の患者さんは多少の自覚症状はあるにしても、
普通にご自宅で生活できる方々です。
そして、抗癌剤治療をおこなっていても、
多少の副作用はあるにしても、
日常生活に大きな支障をきたしている患者さんは一人もいません。昨日書いた、
1回当たり、タキソール30mg、カルボプラチン50mg
という量は、
実際にそれらの薬剤を使った経験のある患者さんならば
どれだけ少ない量であるかはご理解いただけると思います。
この量では、
ほとんどの患者さんは、
大きな副作用を感じることはありません。
脱毛必発のタキソールでも、
カツラは必要ありません。
その、まったくエビデンスの無い量で効いたのは偶然だ、
と疑われるかたもいると思います。
しかし、その偶然は1人や2人ではありません。
勿論、増量しないと十分な効果が得られない患者さんもいます。
しかし、その量でまったく反応が観られないときには、
量を増やしてもたいていの場合効きません。
標準的な量にまで増やしても無効である患者さんも当然います。
逆に標準的な量、あるいはそれ以上でないと効果が観られない患者さんもいます。
しかし、そのときは、
副作用が無いことを確認しつつ増量していくべきだと考えます。
効くか否か、実際におこなわなければ分からないのが抗癌剤治療です。そのような治療をおこなうときに、
いきなり、副作用がほぼ必発の治療を行うべきではないと思います。抗癌剤治療を受けなければ元気なのに、
抗癌剤の点滴をされると、
途端に普通の生活ができなくなる、という事実に直面して、
はじめて、その治療に疑問を持ち、
セカンドオピニオンに来られる患者さんも少なくありません。
残念ながら、
再発してしまったガンは、
根治するという可能性は高くありません。
まして、エビデンスに則りおこなわれる抗癌剤治療では、根治などということは、
はじめから想定外です。奏功率の向上と生存期間中央値を
僅かに延ばすだけを目的に考案された治療です。
治らないことが、大前提の治療です。その治療で貴重な時間を失うのは、
あまりにも愚かなことだと思います。ガンを背負っていても、
ほとんどの患者さんは元気です。
その良好な体調を崩してしまうような治療は、
それにより、大きな延命が得られるのであれば、
悪くはないと思いますが、
実際に得られる延命期間はごく僅かです。
更に、その治療を受けたために、
絶対に副作用の出ない無治療でいるよりも、
むしろ寿命を縮めてしまう患者さんもいます。
ガンという病気・治療についての、
間違った認識を改めて、
その病気・治療の本質を正確に理解して、
誤った方向へ進まないように十分にご注意ください。
以上 文責 梅澤 充
現在婦人科ガンで、
抗癌剤治療をおこなっている患者さんがいます。
婦人科ガンの患者さんは何人も診ていますが、
皆さん、手術後・抗癌剤治療後の再発であったり、
手術も不能という患者さんです。
やはり、そのかたも手術が不能と思われた患者さんです。
「お腹が張る」といことで、
胃腸病院に来られました。
婦人科ガンではよくあるパターンです。
検査の結果、
大量の腹水、
そしてその腹水からガン細胞が検出されました。
胃・大腸・肺などすべて調べましたが、
異常はありませんでした。
CTでも原発病巣は不明です。
腹腔鏡もおこないましたが、
分かりませんでした。
ただただ、大量の腹水があるだけです。
消化器ではなく原発病巣不明のガン性腹水のときは、
婦人科ガンであることも多いので、
その腫瘍マーカーを調べてみました。
予想通り35までを正常とする腫瘍マーカーが、
1000を遥かに超えていました。
早速状況を説明して、
外来で抗癌剤治療を開始しました。
1回当たりタキソール30mg、カルボプラチン50mgを、
毎週1回で続けています。
3ヶ月ほどで腫瘍マーカーは正常値に至り、
現在は10代にまで下がっています。
CT 上では、腹水もほとんど無くなり、
それまで、一塊になってハッキリしなかった病巣と思われる場所が、
ガンの縮小と同時に、
小さな輪郭らしきものが見えてきました。
やはり予想通り○○ガンのようです。
本日、患者さんに、
「やっぱり○○ガンで間違いなさそうですね、
抗癌剤で更に小さくしてから、手術をしましょう。」と話をすると、
「そのシコリは、ガンと決まったわけではないですよね」と、
ガクッ!ときました。
4ヶ月間抗癌剤治療を続けてきて、「ガンと決まったわけではない」との言葉には、唖然としてしまいました。
気を取り直して、
「いやいや、立派な○○ガンですよ、
抗癌剤治療で小さくなってきているのですよ、
ガンでなければ抗癌剤なんか使ったら悪くなりますよ」というと、
怪訝そうな顔で
「ハァ、そうですか」全身の力が抜けるようでした。
ガンとは思いたくない、
という気持ちがそう思わせているのでしょうが、
ガン治療をおこなっている医者としては拍子抜けです。
しかし、髪の毛もそのままで、
他の副作用もまったく感じておられないからこその言葉のようにも思います。
吐き気やシビレに悩まされて、
一発でアタマがツルツルになれば、「自分のお腹の中にはガンがいるんだなぁ」
「ガンがいるのだから辛い治療も仕方がない」と思わない患者さんはいないのではないでしょうか。
そうだとすれば、
良いことかもしれません。
副作用に悩み、
ガンだ、ガンだと怯えながら生活するより、
呑気に良性疾患だと考えて治療を続ける方が遥かに気が楽です。
しかし、治療開始前には当然、
ガンであること、
手術は現状では不可能であること、
放射線治療も適応外であること、
然るに、抗癌剤治療をおこなう旨、
シッカリ説明してあるのですが・・・・
一昨日の「病気腎移植」でも書いた
インフォームドコンセントとは現実には本当に難しいものです。その患者さんは何を思って、
毎週休みなく治療を続けてきたのか、
まったく理解ができませんし、
少々異常なまでに無頓着ですが、
一般的にみて、
呑気に構えているいる方が予後が良いような気がします。カリカリしないで気楽に、
気楽な治療を続けてください。以上 文責 梅澤 充
地方都市の中核病院で治療を受けている患者さんのご家族が
セカンドオピニオンに来られました。
治療内容、経過を見て、愕然としました。
ズサンの一言です。
手術後に抗癌剤治療をおこなっているのですが、
その手術も切除は不能で、
まったく手付かずの状態でそのまま巨大なガンは放置されています。
持参されたCTを見る限りでは、
根治は不可能でも、
巨大なシコリの切除くらいはできそうに見えました。
実際に私はお腹の中は見ていませんので、
切除が可能であったか否かは、
主治医からの紹介状を信じるしかありませんが、
手術後のご家族への話と、
紹介状の内容にも大きな食い違いがありました。
本当に取れなかったの?
と疑いたくもなります。
それは、分からないとしても、
その後の治療が、
極めていい加減です。
お決まりの標準治療をおこなっています。
それは、日本全国何処でも共通ですから、
仕方がないにしても、
治療をはじめて3ヶ月にもなるのに、
一度も、その治療の効果を観ていません。
CTはおろか、腫瘍マーカーも観ていません。
何を考えているのでしょうか。
シッカリと副作用だけは出ている治療をおこないながら、
その効果はまったく確認していない。呆れた話です。
しかし、その治療は外科医がおこなっていますので、
ナンとなく気持ちは分かります。
そして、「本当に取れなかったのだな」
と納得もできます。
根治を目指して手術室に入り、
いざ、お腹を開けてみると、
手が付けれられない状況を目にし、
そのまま閉じた。
外科医は大きく落胆します。そうなると、
その外科医の出番はおしまいになります。
後は、腫瘍内科医の登場になるのですが、地方の病院では腫瘍内科医はいない病院もたくさんあります。
というより、いない病院のほうが大多数です。
標準治療だけしかおこなわない腫瘍内科医の存在は、
必ずしも必要だとは考えていませんし、
むしろ、害になることすらあります。
しかし、地方都市の中核病院の外科医の忙しさは、
手に取るように分かります。そのクソ忙しい外科医が、
片手間で抗癌剤治療をおこなう。しかも、その対象が、
外科医が腕を振るい根治を目指すも、
見事に敗退させられた患者さんとなれば、
忙しく働いている貴重な時間は、
次に待っている根治を目指すことができる患者さんに使いたい。という外科医として当然の考えが頭に浮かぶと思います。
かくして、
手術での根治は不能となった患者さんは、
もはや外科医のアタマの片隅に追いやられてしまい、おざなりの型どおりの抗癌剤治療だけが、
治療効果を確認することもなく、
ただ惰性だけで進められてしまうことになります。惰性だけで進められている抗癌剤治療を受けている患者さんは、
少なくないように感じます。現在の極めて貧しい日本の医療事情を考えると、
仕方のないことのようにも思います。
しかし、患者さんご自身やご家族は、
「仕方がない」では済まされないはずです。
そうであれば、
時間の無い医者に代わり、
ご自身、ご家族で、
治療の経過をシッカリ見極め、
必要な検査を依頼していくようにしなければなりません。
「検査は必要無い」と言われたら、
他の病院に行って検査だけを受け、
その結果を主治医に持参するというのも一つの手です。
私も患者さんから、
「今月はまだCT撮っていなけど大丈夫ですか」などと催促されることもあります。
それは、けっして不快なことではありません。
遠慮無く主治医にぶつけるべきです。貧しい日本の医療環境の中では、
医者任せでは、最善の治療を受けることは不可能です。患者さん、ご家族ご自身の努力も絶対に必要です。以上 文責 梅澤 充
5月12日の「気になるコメント」で、
病気腎移植のことを書きました。
多くの波は立ちましたが、
かの医師はけっして異端者やトンデモ医者ではないと思う、
と書いてきたところ、
偶然、昨日発のインターネット配信の共同通信社の記事を本日見ました。
【2008年5月13日】
治療のために摘出した腎臓を別の患者の移植に用いる「病気腎移植」について
検討してきた超党派の国会議員グループが12日までに、第三者による客観評価などを
条件に、容認できるとする見解案をまとめた。
13日に開く会合で正式決定する見通しだが、日本移植学会や厚生労働省の見解とは
対立しており、波紋を広げそうだ。
このグループは「修復腎移植問題を考える超党派の会」(会長・杉浦正健(すぎうら・せいけん)元法相)
見解案は、宇和島徳洲会病院の万波誠(まんなみ・まこと)医師らが実施した病気腎移植をめぐっては、ネフローゼなどの良性疾患での腎臓摘出や、提供者(ドナー)
となった患者へのインフォームドコンセント(十分な説明と同意)などについて
「適切だったか疑問がある」と指摘。
だが、直径3〜4センチの腎臓がんの患者で、本人の希望による腎臓摘出が今後も
「相当割合ある」としたうえ、通常の移植に提供される腎臓の「絶対的不足は看過し得ない」とし「第三者委員会によるドナーの疾患の客観的な評価や、適切なインフォームドコンセントの確認を要件とすれば認められる」と結論付けた。
病気腎移植をめぐり日本移植学会などは昨年3月、医学的妥当性を否定する見解を発表。厚労省も昨年、病気腎移植の原則禁止を臓器移植法の運用指針に盛り込んだ。
学会も厚労省も、その目は、
悩める患者さんの方には向いていないことが、
またも、ハッキリと見えてきたように思います。
あの移植手術を行った、かの医者が、
移植学会の学会長などの経験者であれば、
皆、拍手喝采で、
「悩める患者のための画期的な治療!」と認めらていたのではないでしょうか。
一個人病院の医者の業績は認めてはならないのではないでしょうか。
大学病院の医者でなければならないのだと思います。
インフォームドコンセントの不足、
実験的治療であったことが、
問題であるった、
とのコメントもいただきましたが、
現場の真実を無視した番組を信じてしまったならば、
当然そのように、感じてしまうと思います。
インフォームドコンセントは重要です。
それは、私の大好きな国立がんセンターが提唱してるとおりです。
しかし、そのがんセンターとて、
どれだけ十分なインフォームドコンセントを得ているでしょうか。
その国立がんセンターで治療を受けていて、
私のところにセカンドオピニオンに来られた患者さんで、
十分な説明を受け、
その上で治療に同意されていた患者さんは、
一人もいません。
インフォームドコンセントの重要性を、
日本で一番強調している病院で、
それが実行されてはいません。
マスコミはその事実には一切触れません。
マスメディアの報道とはその程度のものです。
あの場合、
かの医者をインフォームドコンセントなど無しに、
実験的な手術を行っていた、
トンでもない悪徳医者に仕立て上げれば、
視聴率が上がる。
それだけしか考えていなかったように思います。
また、「あの医者が記者会見で開き直っていた態度が問題」
との指摘がありましたが。
患者のためと思って、
治療をしてきた挙句に
マスコミからの寄って集っての仕打ちですから、
しかも、コメントでもいただいたように、
そのマスコミは、
その医者は本当の悪者ではないことを知っての上での行為ですから、
そんな輩にイイ顔ができる人間などいないと思います。
マスコミによって、
自らも悪人であるかのように振舞うように仕立てられた思います。かの医者とて、
病気の腎臓を移植することが、
まっとうな、誰もがもろ手を挙げて賛成する治療方法であるとは、
思っていはいなかったのではないでしょうか。
医者として多少の後ろめたさはあったのだと思います。
しかし、悩める多くの患者のためには、
その後ろめたい気持ちは捨てなければならなかったのだと思います。
私も、同じような状況を感じることはしばしばあります。
この状態での治療は流石に厳しい、
このまま、何もしないで、
順当にガンが患者さんを殺してくれれば、
誰も悩むことはない、
でも、患者さんは最期までガン治療を望んでいる。
というような場面です。
最悪の全身状態で、
たとえ害は無いと思われる治療でも、
その治療をした途端に患者さんが絶命したならば、
「その治療で患者さんを殺した」と、ご家族、世間は医者を非難する。
医者の心の葛藤など、
マスコミはまったく無視して、
視聴率稼ぎだけに走る。
最悪、医者の業務上過失致死での逮捕すら起こりうる国ですから、
医者も覚悟が必要です。
かの医者はその覚悟をされていたと思います。
そのような覚悟ができる医者はほとんどいません。
その覚悟のうえでも、
それをヨシとしない人間から、
イジメを受ける。
それが、今の日本の医療の構図のように感じます。
やはり、学会が推奨する標準治療だけをおこなっていくのが、
医者にとっては一番無難です。
しかし、あの移植手術が、
患者のためであり、
今後も認められる道筋ができたことは本当に喜ばしいことです。
同時に、大いに面子を潰された学会には
猛省を期待したいと思います。
以上 文責 梅澤 充
昨日の「気になるコメント」で書いた、
「他人のガンは、移植される病気でないこと」に対して、
「知りませんでした。
多分、あのNewsを見ている殆どの人は知らないと思います。」と、少々ビックリするコメントをいただきました。
他人のガン細胞は、
それを取り出して、
別の人間に移植しても、
その人に、そのガンが植え付けられることはありません。
植えつけられた人間の免疫力により、
瞬時にそのガン細胞は殺されてしまいます。それで、ガンが移るのであれば、
外科医は皆、イロイロなガンが発症して早々に死んでしまいます。
私も、何回かガン細胞を移植されたことがあります。乳ガンの手術を行い、
乳腺の中に埋まっているガンのカタマリの一部を、
検査のために切り取る時に、
メスが滑って、
ガン組織を切り裂き、
勢い余って、ゴム手袋を破り私の指に突き刺さりました。
間違いなく、
数千か数万個のガン細胞が私の指の中に入りました。
理論上ガンにはならない、
とは分かってはいても、
気持ち良いものではありませんでした。
左手の指から乳ガンが出てきたら如何しよう・・・
有り得ないとは分かっていて、
幼稚な考えですが、
自分の身に降りかかると気持ちの良いものではありませんでした。
その時、何をしたかというと、
すぐにクレスチンというクスリを飲みはじめました。
免疫力を上げるためです。
念のため3週間ほど飲みました。
無駄、意味が無いとは分かっていながら・・・
20年以上前には、
まだ、内視鏡が今のような、
電子スコープといわれるようなハイカラなものではなく、
覗きのカメラでした。
その時、カメラを覗きながら、
食道ガンの病巣から生検のために細胞のカタマリを鉗子で採りました。
それが、勢い余って、
私の目の中に飛び込んできました。
ガンが自分の目の中に入った!
あのときの恐怖はありませんでした。
勿論、それにより、私の目がガンになることはない、
ことなど、理論的には分かってはいても、
怖い思いをしました。
現在、ガン患者さんの血液の検査により、
血液中のガン細胞を見ることができます。
世の中、ご自身ではまだ気が付いていない
無症状のガンを背負った方々はたくさんいます。
そのガンを背負った将来のガン患者さんが、
もし献血をしていたら、
その血を輸血されたかたは、
ガンが発症してしまうことになります。
ガン細胞とは、
己の細胞が突然変異したものであって、
すでに自己の細胞ではなくなっています。
したがって、理論的には、
免疫細胞が殺してくれるはずですが、
なかなか理屈どおりにはいきません。
勿論、発生してくる多くのガン細胞は、
免疫細胞により殺されていくことは分かっています。
しかし、それをすり抜けたガンは成長して発ガンに至ります。
ガンと免疫の難しい関係です。しかし、流石に他人のガン細胞は、
即座に、己の細胞とは違うことを、
免疫細胞が認識してくれて、
瞬時に殺してくれます。
このブログを書いている時に、
また、かのナンとか学説の信望者からのコメントが、
入っていました。
申し訳ありませんが、
あなたの考え方は間違っています。
何も知らない方々に誤解を与えてしまいます。
今後、このブログへのコメントの投稿はご遠慮願います。
以上 文責 梅澤 充
昨日、本日といくつかいただいたコメントで、
気になる部分がありました。
一つは、
「梅澤は自由にしてくれるからガンであることを忘れてしまいそう・・・」「自由にさせてくれる」という発想、
これは大きな間違いです。
ガンという病気が発生してしまったならば、
その厄介な病気に縛られる事態は起こっても仕方がありません。
しかし、「梅澤は自由にさせてくれる・・・」
という発想は、
医者が患者さんの自由を縛るとうことが当然のこととして、
その言葉の影に隠されているように思います。
医者は患者さんの自由を奪うような治療を勧めるかもしれません。
標準治療では、
多くの患者さんは自由がかなり制限されます。
しかし、それを受けるか否か、
すなわち、
自由を制限されるか否かを決めるのは、
患者さんご自身です。そのように受身の姿勢でいる患者さんは多数おられますが、
それでは、ご自身に満足のいく治療を受けることはできません。本日も、治療中の大学病院から、
ご自身の腫瘍マーカーのデータをもらうことができなかった、と言われる患者さんが来られました。
データは医者のものではありません。
患者さんご自身のものです。その患者さんは、
術前の抗癌剤治療により、
ガンの縮小を図り、
その後に手術を予定されているかたです。
エビデンスに則った治療を遂行されています。
そのための標準的抗癌剤治療は
けっして患者さんに損害を与えるようなエビデンスではなく、
その治療そのものはけっして悪くはないと考えています。
しかし、○回おこなう予定のその抗癌剤治療が、
数回終わった段階で、
効果の程が少々疑わしくなっています。
もし、途中でその治療に効果が無いことが判明すれば、
いくらエビデンスが出ていても、
その治療は変更するべきです。
しかし、大学では、
途中で治療効果の判定はしてくれません。
何度も書いているとおり、
エビデンスは患者集団でのデータを意味するだけであり、
個々の患者さんの治療効果を担保するものではありません。効かない標準的抗癌剤治療ほど、
愚かな治療はありません。患者さんは、
医者に束縛されるのではなく、
ご自身でご自分に最適の治療を模索しなければなりません。
多くの医者はエビデンスに縛られて治療を遂行していきますので、
患者さんも当然縛られることになります。あくまで自分の考えどおりに自由に治療を受けてください。そのためには、
知識のたくわえは絶対に必要です。もう一つの気になるコメントは、
「異端というのは、病気であることを知りながらその臓器を移植して
世間を騒がせた、ああいう医者の事を指すのではないかと思います。」例の、病腎移植のことを指しているのだと思いますが、
私は、あの治療は医者としての善意だけからおこなわれた行為だと信じています。
「ガンの腎臓を、他人に移植する」
とだけ聞けば、
トンでもない治療のように思われますが、
他人のガンはそれを移植しても、
それがバイキンのように“移る”可能性はほとんどありません。勿論、腎臓移植後の免疫抑制のために、
発ガンも皆無ではないかも知れませんが、
透析に苦しむ患者さんを診ていての苦肉の策であったと信じています。
日本の学界は彼を“異端児”にしてしまっているようですが、
海外では評価されています。
腎臓透析という治療は、
患者さんの経済・生活もかかった、
患者さんやそのご家族にとっては、
死活問題になるたいへんな治療です。
そこから脱却させてあげたい、
という医者の一途な思いの結果が、
異端者では気の毒だと思います。
私も、無治療で放置すれば、
確実に極めて近い将来死亡する、
ということが見えてしまっている患者さんであれば、
どんな“禁じ手”でも許されるのではないか、
と考えています。
ドウ観ても、
1〜2週間程度しか生きることはできないような状態になった患者さんで、
普通の常識では絶対しないような治療(?)をおこない、
奇跡的に回復して、
1年以上元気で生きてくれた患者さんもいます。
病気で死ぬか、
生きるためにおこなう医療行為で死ぬか、どちらかを選ぶとすれば、
私はその治療が禁じ手であっても、
医療行為で死ぬほうを選択するほうが得だと思います。但し、例の馬鹿げたイレッサ裁判もまだ続いているようですが、
日本人は、癌死は許されても、
クスリで死ぬことは許されない、という国民性のようです。
やはり、標準的抗癌剤治療の後は、
「治療方法はありません」
という選択肢しか、
提示されない時代は続くような気がします。
以上 文責 梅澤 充
梅澤も異端であり、
異端だから排除されるのはおかしい。
というニュアンスのコメントを以前いただいたかたから、
厳しいコメントをいただきました。
「短い時間で本当に俺のことわかってんのかよ〜。
大丈夫かよ〜。
誤診するんじゃねーぞー!
ちゃんと時間とって話を聞いてくれる医者じゃないと
安心できないよな〜。」まったくごもっともなご意見です。
しかし、その当たり前の患者さんの要求は日本では不可能です。
少なくとも日本の健康保険での治療を考えているのであれば、
その理想的な要望は叶えられることはありません。日本の医療機関で、
その当たり前の患者さんの権利を叶えようとしたら、
その病院は、経営が成り立たなくなり、
即座に潰れます。
タップリとお金を用意して、
自由診療をしている病院を探さなければなりません。
あるいは、トランクにお金を詰め込んで、
アメリカなどへ行けば、
そのような病院は簡単に見つかります。
それが、不可能な多くの日本人は、
3分診療の挙句、
ベルトコンベア治療に誘導されておしまいになります。
その状態を改善しようとするならば、
ベラボウに高い健康保険料を全国民が支払わなければなりません。
それは、有り得ないでしょうから、
日本ではその理想は、
夢で終わることと思います。
現在、格差社会が問題になっていますが、
人間が生きていく根本的な権利の一つであるはずの医療も、一部のお金持ちだけが、
ご自身の満足する治療を受け、
大多数の国民は標準治療だけ、という時代の到来も近いような気がします。話は変わりますが、
コメント主さんは、
たしかに大きく異端である千島学説がお気に入りのようです。
私は、かの学説は聞きかじり程度の知識しかなく、
興味もありません。
ブログで千島学説のことを考えたこともありません。
完全に否定はできない部分もありますが、
明らかに、真実とはかけ離れているとしか思えない部分も
たくさんあるように感じます。
彼が異端だから、
彼の理論が認められないのではないと思います。
異端の宗教者(?)浅原彰晃の考えを正しいと思う人は
あまりいないように思います。
彼は異端だから、
認められないのではなく、
正しくないから認められないのだと思いますが・・・・
ガンの特効薬を創った(?)ガストン何某も同様だと考えます。
そして、私は、
自分自身けっして異端だとは思っていません。
他の施設ではあまりおこなわれていない治療をしている、
というだけです。
以前にも何回か書きましたが、
私の母校の校訓は、
「病を診ずして、病人を診よ」です。
その言葉に従うと、
自然に標準的抗癌剤治療からは、
遠ざかっていってしまうだけです。
個々の患者さんを診ていると、
ごく一部のケースを除いて、
標準的抗癌剤治療が最善の治療だとは考えられない、
したがって、患者さんに最善と考える治療を探していく、
タダそれだけです。
本日は、
3分診療では満足できない患者さんが
町田にセカンドオピニオンに来られました。
これからも休みは無さそうです。
以上 文責 梅澤 充
PS. 今後、千島学説に関するコメントは一切ご遠慮ください。
ゴールデンウィークによる、
最後の皺寄せが襲ってきました。
先週も40人を越える日があったのですが、
本日も40人越えでした。
疲れました。
30人でも限界だと思っているところに、
40人は無理です。
無理でも、患者さんが来るのだから、
「治療はできません」
と、何処かでよく聞くようなせりふは言えません。
「早く後進を育成しろ」
というコメントもいただいておりますが、
その時間すらなくなってしまっている状態です。
同じ視点でガンを診る後輩が、
1人でもいてくれたなら、
かなり楽なると同時に、
もっともっと現在の治療の普及活動ができるのですが、
私1人だと、
忙しさの悪循環で、
何もできなくなってしまいます。
論文を書くことも学会発表もできません。
そうなると、ますます誰も、
標準治療以外の治療をしようとはしなくなります。
残念ですが、
それが現実で、
世の中すべてマニュアル化された標準治療だけが
普及していくような気がします。
抗癌剤治療において、
マニュアル治療は、
その真実を知ったなら、
それを喜んで受ける患者さんはいないと思います。
しかし、実際に普及していくのは、
完全なマニュアル治療だけ。
その原因の一つは、
私自身が実感している忙しさにもあります。
いくら忙しく働いても収入は変わりません。
収入が同じなら、
ラクな方が良いに決まっています。
もう一点は、
またまた、起こってしまったようですが、
胎盤の早期剥離で、
胎児と妊婦が亡くなった事実に対して、
警察の捜査が入っているという、
あってはならない、
日本の異常なまでの医者いじめにあるように思います。
患者さんが不幸な機転に終わったなら、
すべて医者の責任にするような風潮の国では、
医者は先ず、
自分の身の安全を考えます。
その結果選択される治療は、
エビデンスの出ている標準的抗癌剤治療です。
メチャクチャ忙しく働いて、
アタマに浮かんできたのは、
こんなつまらないことばかりでした。
コメントであったように、
本当に過労死する前に、
誰か、引き継いでくれる医者がいれば良いのですが・・・・
以上 文責 梅澤 充