インターネットの医師向けニュースを見て、
ビックリしました。
まだ記憶に新しい、
4歳の子供が、
割り箸を口にくわえたまま遊び回り、
転倒してその割り箸が脳にまで突き刺さった、
そしてその翌日、
子供が亡くなった、
という事件?事故?の裁判はまだ続いていたのですね。
一審で無罪。
当然それで終わりだと思っていました。
CTを撮らなかったことが、
業務上過失致死の罪に問われているようですが、
何故、そこまで医者を責めなければならないのでしょうか。
一審の無罪判決の後、
子供を失った親の泣き崩れる映像が、
悲劇のヒロインのように、
テレビで流されいましたが、
その親には責任は無いのでしょうか。
愛児を失われたことは、
お気の毒ですが、
事故の最大の責任者は、
私には、綿菓子の割り箸を咥えさせたまま遊ばしておいた
親にあるように思えてなりません。
六本木の有名なビルがオープンした当初、
子供を連れてきた親が目を離したすきに、
子供が回転ドアにはさまれて死亡するという事故がありましたが、
そのときも、
たしかビルが訴えられたように記憶していますが、
用も無いのに、
物見遊山で子供を連れて行って、
目を離した親には責任は無いのでしょうか。
福島の産婦人科医の事件?もそうでしたが、
気の毒なご家族と、
責任の所在はまったく別です。
気の毒な事態に陥ったとしても、
そこに必ず第3者の責任が存在するわけではありません。
割り箸事故も、六本木回転ドア事故の場合にも、
もし、責任者が存在するとすれば、
子供を保護する義務を負っているはず親の、
注意義務違反以外には無いように思います。
その親は悲劇のヒロインで、
割り箸が脳に突き刺さっているなどという、
普通はありえないような事態を想定しなかった医者が、
悪人に仕立て上げられる。
何故、そのような報道か繰り返されるのかと考えると、
それは、視聴率絶対主義のマスコミが、
大切な人を失った一見可愛そうな人間のお涙を頂戴をして、
医者を極悪のお代官様として吊るし上げれば、
世間が喜ぶことを知っているからではないでしょうか。
福島の事件のときも書きましたが、
その今の日本の社会風潮は、
すでに始まっている医療崩壊を
完全に遂行させてしまいます。
本日も、
某がんセンターに行き、
患者さんに合わせて治療を行うのではなく、
そのがんセンターで決められた治療に
患者さんの方が合わせなければならない、
という実態を体験して、
憤慨されている患者さんがセカンドオピニオンに来られました。
一人一人の患者さんに合わせて治療を行っていたら、
エビデンスからは、
大きくそれてしまうのが普通です。
残念ながらガンという病気は、
多くの場合最悪の結末を迎えます。
その時に、
医者から見れば、
エビデンスどおりの治療を行っていたことが、
責任を逃れる、
最大の免罪符になります。
日本中何処でも均一なガン治療だけしか、
行ってもらえないのは、
現在の日本国民のおかしな風潮が故かもしれません。
割り箸事故の判決は、
11月20日だそうですが、
注意深く見守っていこうと思います。
万一、一番お気の毒な医者が有罪にでもなったなら、
僅かな傷で来た患者さんも
全員CTを撮るなどの、
徹底した検査漬け医療が普及するのではないでしょうか。
そうでなくとも逼迫している医療財政は、
さらに深刻なものになるように思います。
ガン治療に必要なクスリの認可などもさらに遅れることが危惧されます。
福島の事件の裁判で、
「医療行為の実態を裁判で明らかにしたい」
などと、馬鹿げたことを言っていた親がいますが、
医療裁判では真実は明らかにはなりません。
万一、医者に落ち度があったとしても、
自分を罪人に仕立てあげようとしている検察・警察に対して、
その自分に都合の悪い真実を話す馬鹿な人間はいないはずです。
裁判になれば真実は闇に葬られます。
くだらない裁判が無くなる日は何時になるのでしょうか。
完全に日本の医療が崩壊する前に、
その日が来ることを祈ります。
以上 文責 梅澤 充
ビックリしました。
まだ記憶に新しい、
4歳の子供が、
割り箸を口にくわえたまま遊び回り、
転倒してその割り箸が脳にまで突き刺さった、
そしてその翌日、
子供が亡くなった、
という事件?事故?の裁判はまだ続いていたのですね。
一審で無罪。
当然それで終わりだと思っていました。
CTを撮らなかったことが、
業務上過失致死の罪に問われているようですが、
何故、そこまで医者を責めなければならないのでしょうか。
一審の無罪判決の後、
子供を失った親の泣き崩れる映像が、
悲劇のヒロインのように、
テレビで流されいましたが、
その親には責任は無いのでしょうか。
愛児を失われたことは、
お気の毒ですが、
事故の最大の責任者は、
私には、綿菓子の割り箸を咥えさせたまま遊ばしておいた
親にあるように思えてなりません。
六本木の有名なビルがオープンした当初、
子供を連れてきた親が目を離したすきに、
子供が回転ドアにはさまれて死亡するという事故がありましたが、
そのときも、
たしかビルが訴えられたように記憶していますが、
用も無いのに、
物見遊山で子供を連れて行って、
目を離した親には責任は無いのでしょうか。
福島の産婦人科医の事件?もそうでしたが、
気の毒なご家族と、
責任の所在はまったく別です。
気の毒な事態に陥ったとしても、
そこに必ず第3者の責任が存在するわけではありません。
割り箸事故も、六本木回転ドア事故の場合にも、
もし、責任者が存在するとすれば、
子供を保護する義務を負っているはず親の、
注意義務違反以外には無いように思います。
その親は悲劇のヒロインで、
割り箸が脳に突き刺さっているなどという、
普通はありえないような事態を想定しなかった医者が、
悪人に仕立て上げられる。
何故、そのような報道か繰り返されるのかと考えると、
それは、視聴率絶対主義のマスコミが、
大切な人を失った一見可愛そうな人間のお涙を頂戴をして、
医者を極悪のお代官様として吊るし上げれば、
世間が喜ぶことを知っているからではないでしょうか。
福島の事件のときも書きましたが、
その今の日本の社会風潮は、
すでに始まっている医療崩壊を
完全に遂行させてしまいます。
本日も、
某がんセンターに行き、
患者さんに合わせて治療を行うのではなく、
そのがんセンターで決められた治療に
患者さんの方が合わせなければならない、
という実態を体験して、
憤慨されている患者さんがセカンドオピニオンに来られました。
一人一人の患者さんに合わせて治療を行っていたら、
エビデンスからは、
大きくそれてしまうのが普通です。
残念ながらガンという病気は、
多くの場合最悪の結末を迎えます。
その時に、
医者から見れば、
エビデンスどおりの治療を行っていたことが、
責任を逃れる、
最大の免罪符になります。
日本中何処でも均一なガン治療だけしか、
行ってもらえないのは、
現在の日本国民のおかしな風潮が故かもしれません。
割り箸事故の判決は、
11月20日だそうですが、
注意深く見守っていこうと思います。
万一、一番お気の毒な医者が有罪にでもなったなら、
僅かな傷で来た患者さんも
全員CTを撮るなどの、
徹底した検査漬け医療が普及するのではないでしょうか。
そうでなくとも逼迫している医療財政は、
さらに深刻なものになるように思います。
ガン治療に必要なクスリの認可などもさらに遅れることが危惧されます。
福島の事件の裁判で、
「医療行為の実態を裁判で明らかにしたい」
などと、馬鹿げたことを言っていた親がいますが、
医療裁判では真実は明らかにはなりません。
万一、医者に落ち度があったとしても、
自分を罪人に仕立てあげようとしている検察・警察に対して、
その自分に都合の悪い真実を話す馬鹿な人間はいないはずです。
裁判になれば真実は闇に葬られます。
くだらない裁判が無くなる日は何時になるのでしょうか。
完全に日本の医療が崩壊する前に、
その日が来ることを祈ります。
以上 文責 梅澤 充



