コメントで面白い質問をいただきました。
個々のケースに関して匿名の質問を、
いまだにいただきますが、
それには、一切お答えしていません。
名前も名乗ることができない人間に対して答える義務は無いと思っています。
また、メールの「送信者」で、
お名前を名乗っていると思われているかたもいるかもしれませんが、
私は、あれは質問者の名前ではなく
「機械の名前」と理解しています。
のらくろさんのご質問は、
私も興味がありますので、
私の考えを書きます。
質問を再掲します。
1990年以降であることは間違いないと思います。
日本の医療は、
少なくとも、
抗癌剤治療においては、
完全にアメリカに追従しているだけで、
エビデンス導入も然りです。
私は1987年から89年まで、
ポストドクターとして、
シカゴにある大学病院で仕事をしていました。
当時は外科医として消化器の生理が専門でしたが、
毎週の臨床カンファレンスには、
毎回出席していました。
しかし、その当時は、
アメリカにもエビデンス重視という概念は
少なくとも外科医には無かったように感じます。
抗癌剤での治療効果の大きい乳ガン、卵巣ガンなどでは、
1980年代から抗癌剤治療には、
無治療と比較すると、
僅かな延命効果があることが知られていたように思いますが、
1992年に大腸ガンではじめて、
抗癌剤治療を行った患者群と、
無治療の患者群との比較で、
抗癌剤治療群のほうが1ヶ月程度延命できる、
ということが証明されました。
無治療の患者群と比較試験を行うのですから、
抗癌剤治療が如何に、
期待されていない治療であったか、
容易に想像できると思います。
抗癌剤治療で大きな延命が期待できるのであれば、
人道的に、無治療患者群などという、
患者群を設定することはできません。
そして、肺ガンでは1995年に、
抗癌剤治療群のほうが、
無治療群よりも1.5ヶ月長く生きることができることが分かりました。
その数字を、
「素晴らし」「ありがたい」と考えるか否かは、
本来患者さんが決めるべきことですが、
抗癌剤治療を専門とする医者は、
とてもありがたい貴重な数字と考えました。
小躍りして喜んだ姿が想像されます。
そして、その頃が、抗癌剤治療における、
そのありがたいエビデンスを重視しはじめた時期であるように思います。
しかし、まだ現在のように、
エビデンス一辺倒ではありませんでした。
ちなみにエビデンス一辺倒の現在では、
肺ガンでは報告している施設でバラツキはありますが、
無治療よりは、
概ね3〜5ヶ月程度の延命が可能という数字が出されています。
肺ガンの標準的抗癌剤治療はラクではありません。
その辛く厳しい治療を受けて、
その数字を得ることが、
トクかソンかは、
患者さんが判断することです。
それまで、
抗癌剤治療では、
ほとんどすべての種類のガンにおいて、
延命効果はまったく認められなかったのですから、
エビデンスを重視したならば、
多くの場合、抗癌剤治療は禁じ手になってしまいます。
しかも、その当時は、
現在使われているような制吐剤などもまだ無く、
患者さんは激しい吐き気に苛まれていましたので、
「延命効果は無い」「しかも辛い」
という真実のエビデンスを提示したなら、
そんな馬鹿げた治療を受ける患者さんはいなくなってしまいます。
医者にとってそれほど困ったことはありません。
何も知らない患者さんは勿論、
事実を知っている医者も、
エビデンスには目を瞑るしかなかったと思います。
当時、腫瘍内科という、
現在のようにハッキリとした診療科は、
あまり無かったように思いますが、
抗癌剤治療を専門に行っていた医者が、
どんな気持ちで、
まったく延命効果の無いことが分かっている
しかも、患者さんにとって極めて辛い治療を延々と続けていたのか、
私にはまったく分かりません。
話しはそれましたが、
ほんの十数年前にはじめて、
肺ガン・胃ガンで相次いで、
無治療患者群よりも、
僅かながら延命効果がある抗癌剤治療が開発されてから、
それを錦の御旗にして、
すなわちエビデンスを重視して、
抗癌剤治療が行われるようになったように思います。
延命することができない治療を、
患者さんには隠して、
コソコソと行っていたのですから、
錦の御旗、黄門様の印籠を手に入れた医者は、
それを振りかざして、
おお威張りで治療をはじめたことだと思います。
そのためエビデンスが絶対に必要であり、
それに則って治療を進めなければなりません。
抗癌剤治療のはじまりが、
手探りでのエビデンス無視、
延命無しの虚しい治療でしたから、
延命効果がごく僅かといえども証明されたからには、
それにしがみつくのは当然の流れだと思います。
現在、日本における抗癌剤治療で
中心的な役割を担っている医者は、
「辛いだけで延命無し」という事実を、
患者さんには隠して
抗癌剤治療を続けてきた人がほとんどではないでしょうか。
その長い暗黒の時代の終焉を迎えた今は、
錦の御旗を与えてくれた
標準的抗癌剤治療以外の治療を受け入れるはずがありません。
その古い先生方が、
死に絶えた後には、
患者さんが望む治療が普及するかも知れません。
暗黒の時代を知らない、
まだ若い医者をあまり洗脳する前に、
消えていっていただきたいと思っています。
勿論、その時には私もいませんが・・・・
長くなりましたので、
あとの質問に対する私の考えは明日書きます。
以上 文責 梅澤 充
個々のケースに関して匿名の質問を、
いまだにいただきますが、
それには、一切お答えしていません。
名前も名乗ることができない人間に対して答える義務は無いと思っています。
また、メールの「送信者」で、
お名前を名乗っていると思われているかたもいるかもしれませんが、
私は、あれは質問者の名前ではなく
「機械の名前」と理解しています。
のらくろさんのご質問は、
私も興味がありますので、
私の考えを書きます。
質問を再掲します。
日本では、いつの頃から個人差ではなくエビデンスのみが重視されるようになり、
所謂、医師の経験に基づくさじ加減というものが行われなくなっていったのですか?
10年、20年前の抗がん剤治療では、
医師の方々は何を指標にして、抗がん剤治療に取り組まれていたのですか?
もしもロボット医療が現実化したら、
医師の方々は治療の場で、いったい何を行うのですか?
1990年以降であることは間違いないと思います。
日本の医療は、
少なくとも、
抗癌剤治療においては、
完全にアメリカに追従しているだけで、
エビデンス導入も然りです。
私は1987年から89年まで、
ポストドクターとして、
シカゴにある大学病院で仕事をしていました。
当時は外科医として消化器の生理が専門でしたが、
毎週の臨床カンファレンスには、
毎回出席していました。
しかし、その当時は、
アメリカにもエビデンス重視という概念は
少なくとも外科医には無かったように感じます。
抗癌剤での治療効果の大きい乳ガン、卵巣ガンなどでは、
1980年代から抗癌剤治療には、
無治療と比較すると、
僅かな延命効果があることが知られていたように思いますが、
1992年に大腸ガンではじめて、
抗癌剤治療を行った患者群と、
無治療の患者群との比較で、
抗癌剤治療群のほうが1ヶ月程度延命できる、
ということが証明されました。
無治療の患者群と比較試験を行うのですから、
抗癌剤治療が如何に、
期待されていない治療であったか、
容易に想像できると思います。
抗癌剤治療で大きな延命が期待できるのであれば、
人道的に、無治療患者群などという、
患者群を設定することはできません。
そして、肺ガンでは1995年に、
抗癌剤治療群のほうが、
無治療群よりも1.5ヶ月長く生きることができることが分かりました。
その数字を、
「素晴らし」「ありがたい」と考えるか否かは、
本来患者さんが決めるべきことですが、
抗癌剤治療を専門とする医者は、
とてもありがたい貴重な数字と考えました。
小躍りして喜んだ姿が想像されます。
そして、その頃が、抗癌剤治療における、
そのありがたいエビデンスを重視しはじめた時期であるように思います。
しかし、まだ現在のように、
エビデンス一辺倒ではありませんでした。
ちなみにエビデンス一辺倒の現在では、
肺ガンでは報告している施設でバラツキはありますが、
無治療よりは、
概ね3〜5ヶ月程度の延命が可能という数字が出されています。
肺ガンの標準的抗癌剤治療はラクではありません。
その辛く厳しい治療を受けて、
その数字を得ることが、
トクかソンかは、
患者さんが判断することです。
それまで、
抗癌剤治療では、
ほとんどすべての種類のガンにおいて、
延命効果はまったく認められなかったのですから、
エビデンスを重視したならば、
多くの場合、抗癌剤治療は禁じ手になってしまいます。
しかも、その当時は、
現在使われているような制吐剤などもまだ無く、
患者さんは激しい吐き気に苛まれていましたので、
「延命効果は無い」「しかも辛い」
という真実のエビデンスを提示したなら、
そんな馬鹿げた治療を受ける患者さんはいなくなってしまいます。
医者にとってそれほど困ったことはありません。
何も知らない患者さんは勿論、
事実を知っている医者も、
エビデンスには目を瞑るしかなかったと思います。
当時、腫瘍内科という、
現在のようにハッキリとした診療科は、
あまり無かったように思いますが、
抗癌剤治療を専門に行っていた医者が、
どんな気持ちで、
まったく延命効果の無いことが分かっている
しかも、患者さんにとって極めて辛い治療を延々と続けていたのか、
私にはまったく分かりません。
話しはそれましたが、
ほんの十数年前にはじめて、
肺ガン・胃ガンで相次いで、
無治療患者群よりも、
僅かながら延命効果がある抗癌剤治療が開発されてから、
それを錦の御旗にして、
すなわちエビデンスを重視して、
抗癌剤治療が行われるようになったように思います。
延命することができない治療を、
患者さんには隠して、
コソコソと行っていたのですから、
錦の御旗、黄門様の印籠を手に入れた医者は、
それを振りかざして、
おお威張りで治療をはじめたことだと思います。
そのためエビデンスが絶対に必要であり、
それに則って治療を進めなければなりません。
抗癌剤治療のはじまりが、
手探りでのエビデンス無視、
延命無しの虚しい治療でしたから、
延命効果がごく僅かといえども証明されたからには、
それにしがみつくのは当然の流れだと思います。
現在、日本における抗癌剤治療で
中心的な役割を担っている医者は、
「辛いだけで延命無し」という事実を、
患者さんには隠して
抗癌剤治療を続けてきた人がほとんどではないでしょうか。
その長い暗黒の時代の終焉を迎えた今は、
錦の御旗を与えてくれた
標準的抗癌剤治療以外の治療を受け入れるはずがありません。
その古い先生方が、
死に絶えた後には、
患者さんが望む治療が普及するかも知れません。
暗黒の時代を知らない、
まだ若い医者をあまり洗脳する前に、
消えていっていただきたいと思っています。
勿論、その時には私もいませんが・・・・
長くなりましたので、
あとの質問に対する私の考えは明日書きます。
以上 文責 梅澤 充



