裁判員制度なるものが来年からはじまるとかで、
例の“赤紙”が来ないものかと楽しみにしていましたが、
私のところへは来ませんでした。
来たことは公表してはいけないそうですが、
来なかったのはいいのですよね・・・・
現実には時間的に不可能ですけど、
やってみたかった気がします。
次に生まれ変わるのときには、
絶対に医者などにはなりたくありません。
特に日本では・・・・
裁判官か弁護士になりたいと考えています。
しかし、社会が現状のまま変わりなければ、
官僚、お役人が最高ですね。
農業もいいな・・・・
ところで、一般人が刑事事件の裁判に参加して、
人を裁く、
なんだか恐ろしい気もしないではありません。
私は怖いもの見たさが大きいので、
参加したいのですが・・・・
しかし、フト考えると、
治らないガンという病気を診ている医者は、
神様という絶対的な裁判官の下、
如何に穏便な判決を導き出すかを生業にしている
弁護士であるような気もします。
あの手この手を使い、
神様にイロイロな言い訳をして、
下されることが分かっている
最悪の最終判決を
可能な限り遅らせ、
できうることならば、
無罪判決を引き出す。
そのために患者さんの弁護を続けているような気がします。
治らないガン患者さんの場合、
判決を下すのは
あくまで裁判官である神様です。
医者は弁護士に過ぎません。
しかし、現在の日本では、
裁判官になりきっている医者が
とても多いように感じます。
医者は弁護士に徹しているほうが、
患者さんは幸福だと思うのですが・・・・
裁判員制度の話題のためか、
裁判長を気取ったコメントで、
被告人である私に対する
判決が下されました。
随分と勝手な理屈をつけた、
とても偏った判決だと感じます。
被告人の真意とは大きく乖離した見方ですが、
一つの参考意見として、
ありがたくいただいておきます。
その他にもたくさんのコメントいただきました。
ありがとうございます。
しかし、それらのコメント読んでいると、
本当に残念なことに、
日本の医療は、
崩壊に向かい
まっしぐらに進んでいるように思えます。
私はその医療を行う医者の一人です。
医者の目線を通して患者さんを診ます。
しかし、可能な限り患者目線でも、
診ていこうと努力はしています。
一部のかたをのぞき、
ほとんどのコメントは、
まったくご自身お一人の目線でしか、
物事を捉えようとしていないように感じます。
そればかりか、
一人しかいないはずの、
自分自身という患者さんを脇に置き、
他の患者さんの状況を
覗き見したがってはいませんでしょうか。
「終結した」
に対して、
「顛末を教えろ」
には呆れるばかりです。
無数に出されているガン患者さんのブログを、
フィクションだらけの悲劇小説として読むのであればいいのですが、
一人の患者さんの病状経過を知ることにはほとんど意味はありません。
数十人数百人のご自身と同じ病気の患者さんの治療経過を知るのであれば、
それはご自身の治療の参考になるかも知れません。
しかし、一人二人のガン患者さんの治療経過など、
まったく参考になりません。
むしろ、誤解を招き、
悲劇につながる可能性もあります。
何回も書いているとおり、
ガン治療は十人十色、
一人として同じ患者さんなど存在しません。
話はそれましたが、
現在の医療崩壊を食い止め、
患者さんに最善の治療の提供を望むのであれば、
先ず、その医療の実践者である医者の目線で
モノを見てみる必要があるのではないでしょうか。
それをしないで、
患者目線だけから判断して、
患者さんご自身に都合の良いことばかりを要求しても、
それは、叶うことはないと思います。
民衆に迎合したマスコミが作り上げた、
「医者 = 私腹を肥やす悪代官」
という意識が払拭されるには、
50年100年はかかるのでしょうね。
それまで日本の医療の崩壊は止まらないと思います。
今回の多くのコメントを見てそう感じました。
馬鹿げた、しかし実は深刻な医療裁判を
面白おかしく、
見ているかたが多いと思いますが、
割り箸一本のために、
救急搬送を拒否され、
あるいは、ご自身の望む治療を断られ、
それにより大きな不利益を得ている国民が、
どれだけいるのか分かりません。
これからも被害者は出続けると思います。
実際の被害者にならなければ、
蜜の味のする他人の不幸、
対岸の火事でしょうけれども、
すでに火の手は、すべての患者さんに迫っています。
今後の日本の医療について、
もう少し真剣に考えたほうがよいと思います。
深刻な医療崩壊に関する
ごまめの歯軋りは、
とりあえず本日で終わりにします。
以上 文責 梅澤 充
例の“赤紙”が来ないものかと楽しみにしていましたが、
私のところへは来ませんでした。
来たことは公表してはいけないそうですが、
来なかったのはいいのですよね・・・・
現実には時間的に不可能ですけど、
やってみたかった気がします。
次に生まれ変わるのときには、
絶対に医者などにはなりたくありません。
特に日本では・・・・
裁判官か弁護士になりたいと考えています。
しかし、社会が現状のまま変わりなければ、
官僚、お役人が最高ですね。
農業もいいな・・・・
ところで、一般人が刑事事件の裁判に参加して、
人を裁く、
なんだか恐ろしい気もしないではありません。
私は怖いもの見たさが大きいので、
参加したいのですが・・・・
しかし、フト考えると、
治らないガンという病気を診ている医者は、
神様という絶対的な裁判官の下、
如何に穏便な判決を導き出すかを生業にしている
弁護士であるような気もします。
あの手この手を使い、
神様にイロイロな言い訳をして、
下されることが分かっている
最悪の最終判決を
可能な限り遅らせ、
できうることならば、
無罪判決を引き出す。
そのために患者さんの弁護を続けているような気がします。
治らないガン患者さんの場合、
判決を下すのは
あくまで裁判官である神様です。
医者は弁護士に過ぎません。
しかし、現在の日本では、
裁判官になりきっている医者が
とても多いように感じます。
医者は弁護士に徹しているほうが、
患者さんは幸福だと思うのですが・・・・
裁判員制度の話題のためか、
裁判長を気取ったコメントで、
被告人である私に対する
判決が下されました。
随分と勝手な理屈をつけた、
とても偏った判決だと感じます。
被告人の真意とは大きく乖離した見方ですが、
一つの参考意見として、
ありがたくいただいておきます。
その他にもたくさんのコメントいただきました。
ありがとうございます。
しかし、それらのコメント読んでいると、
本当に残念なことに、
日本の医療は、
崩壊に向かい
まっしぐらに進んでいるように思えます。
私はその医療を行う医者の一人です。
医者の目線を通して患者さんを診ます。
しかし、可能な限り患者目線でも、
診ていこうと努力はしています。
一部のかたをのぞき、
ほとんどのコメントは、
まったくご自身お一人の目線でしか、
物事を捉えようとしていないように感じます。
そればかりか、
一人しかいないはずの、
自分自身という患者さんを脇に置き、
他の患者さんの状況を
覗き見したがってはいませんでしょうか。
「終結した」
に対して、
「顛末を教えろ」
には呆れるばかりです。
無数に出されているガン患者さんのブログを、
フィクションだらけの悲劇小説として読むのであればいいのですが、
一人の患者さんの病状経過を知ることにはほとんど意味はありません。
数十人数百人のご自身と同じ病気の患者さんの治療経過を知るのであれば、
それはご自身の治療の参考になるかも知れません。
しかし、一人二人のガン患者さんの治療経過など、
まったく参考になりません。
むしろ、誤解を招き、
悲劇につながる可能性もあります。
何回も書いているとおり、
ガン治療は十人十色、
一人として同じ患者さんなど存在しません。
話はそれましたが、
現在の医療崩壊を食い止め、
患者さんに最善の治療の提供を望むのであれば、
先ず、その医療の実践者である医者の目線で
モノを見てみる必要があるのではないでしょうか。
それをしないで、
患者目線だけから判断して、
患者さんご自身に都合の良いことばかりを要求しても、
それは、叶うことはないと思います。
民衆に迎合したマスコミが作り上げた、
「医者 = 私腹を肥やす悪代官」
という意識が払拭されるには、
50年100年はかかるのでしょうね。
それまで日本の医療の崩壊は止まらないと思います。
今回の多くのコメントを見てそう感じました。
馬鹿げた、しかし実は深刻な医療裁判を
面白おかしく、
見ているかたが多いと思いますが、
割り箸一本のために、
救急搬送を拒否され、
あるいは、ご自身の望む治療を断られ、
それにより大きな不利益を得ている国民が、
どれだけいるのか分かりません。
これからも被害者は出続けると思います。
実際の被害者にならなければ、
蜜の味のする他人の不幸、
対岸の火事でしょうけれども、
すでに火の手は、すべての患者さんに迫っています。
今後の日本の医療について、
もう少し真剣に考えたほうがよいと思います。
深刻な医療崩壊に関する
ごまめの歯軋りは、
とりあえず本日で終わりにします。
以上 文責 梅澤 充




