昨日の記事を書いていて、途中から虚しくなりました。
この人に、何を言っても仕方がない。
話が噛み合わないのは当たり前。
ドウでもイイ。
時間を無駄にしてしまいました。
「いつものブログより難しくて判りにくかった。」という読者からのご批判も頂きました。
まったく意味のない、討論(?)を繰り広げてしまい申し訳ありませんでした。
私の、スタンス、考え方について、再度確認します。
医学の進歩のためにエビデンスは絶対的に必要です。それは重々承知しております。
私も、医学を、唯一無二の仕事としてそれに邁進していた時期もありますが、
現在の私の仕事は、医学ではなく医療を行うことです。
当然、医療は医学という学問の上に成り立っているものです。
医学を無視した医療など成り立ちません。
しかし一方、医療行為が積み重なってはじめて医学という学問も形成されてきました。
私は、現在切除不能であるガンを患った患者さんを多数診ています。
その様な患者さんに対するエビデンスにおいて、
先ず、患者さんにはそのエビデンスの内容についての情報を提示し、
それが、患者さんに有利であると考えれば、
それに従うことを勧めます。
例えば、卵巣ガンの抗癌剤治療などでは、
完治と考えられるような状態も得られますから、
先ず、標準的抗癌剤治療を勧めます。
しかし、何度も当ブログに登場してくるようなお粗末な、
お寒いエビデンスしかないような、多くの標準的抗癌剤治療に対しては、
本当にそれでもイイと言う患者さんにしか行いません。
それでイイと言う患者さんはほとんどおられませんが…
現在、私が行っているような、極僅かな抗癌剤しか使わないような治療には、
いろいろな医者(腫瘍内科医)から指摘されるとおり、
エビデンスはありません。
しかし、エビデンスが無い治療をしてはいけないとは考えていません。
存在するエビデンスに納得していない患者さんであれば、
医者には、エビデンスの無い治療を行っていく義務すらあると思います。
昨日も書きましたが、
「配給米だけでは飢え死にする」と考えたなら、
「違法な闇米だって患者さんに与えます。」
そもそもエビデンスとは、実証された科学的なデータですが、
それは、何百人という自覚症状を伴わないガンを背負った治験ボランティアという、
健康な患者さんを対象に治験を行いそこから導き出されたデータに過ぎません。
治験ボランティアについては、
4月14日の「お見舞いありがとうございました」で書きました。
そのデータが万人に当てはまると考えること自体が間違っていると考えています。
しかし、それは医療という面から見た場合であり、
学問としての医学ではまったく間違ってはおらず最善の方法になります。
私は、一臨床医として医療を行っていきます。
同時に、学者の端くれとして、医学の進歩にも多少は貢献したいと考えています。
しかし、その医学の進歩の目的のために、目の前の患者さんの不利益になることだけはしたくはないと考えています。
目の前の患者さんにとって最善と考えられることを積み上げていくことで、
学者として医学という学問にも接していきたいと思います。
私が、まったく理論的な裏付けがない治療を行っているかのように受け止められる
コメントもありましたが、
治療を行うにあたり、理論的な裏付けのない治療は行うべきではありません。
このことも重々承知しております。
確証があるとまではいかない治療はたくさんありますが、
まったく根拠のない治療はしておりません。
その治療に効果が見られたという論文程度の参考資料は用意してあります。
本当に正しい理屈は後からついてくるものだと考えています。
「はじめに理論的な裏付けありき」であれば、ほとんど経験則から成り立っている漢方治療、
東洋医学など成り立たなくなります。
漢方医学・東洋医学も何千年もの歴史・経験を積み重ねて人類の幸福のために発展してきた学問のはずです。
今でも、その恩恵にあずかる患者さんだって少なくありません。
「理論的な裏付けが絶対に必要である」という考え方は、
実際に患者さんに福音をもたらしている漢方・東洋医学を根本から否定するものです。
現実に、助かる患者さんがいれば理屈はドウでもイイと思います。
偉〜い学者先生が後からゆっくり検証すればイイことです。
私も、汎用しているタキソールという素晴らしい抗癌剤は、
何処かの原住民が狩猟のための毒薬として、
また、日常生活のなかでの消毒薬として
「イチイ」という樹木から採取したものが原料になっています。
近代医学の偉大な成果であるタキソールという抗癌剤の、
大きな副作用の一つである末梢神経障害に対して、
理屈は判りませんが、ある漢方薬が、有効にその副作用を抑えてくれます。
理屈だけを優先していたら、患者さんは、タキソールという
原住民が何千年も前から使っていた成分を、
抗癌剤として使うだけで、
抹消神経障害という副作用からは逃れられません。
患者さんにとって、
臨床医にとって、
「理屈は後からついてくる。」
でイイと考えます。
勿論、科学的な視野でみれば、
「理屈などなくて偶然であった。」
という結論が出てくるかも知れません。
しかし、それはそれで仕方がないことだと思います。
理屈が検証されるまで待てる患者さんは、
その時まで、待っていればイイでしょう。
しかし、ほとんどのガン患者さんには、
それほど気長に待っている時間は残されていません。
今知られている、根拠・エビデンスでは満足できないから、
エビデンスのない治療を行う必要があると思います。
私は、標準的抗癌剤治療を行ってきて虚しさを感じ、
「悪あがきでもイイから、何とかもう少し長生きさせることはできないものか」
と考え免疫治療を行っているクリニックに飛び込みました。
そこはとんでもないインチキ免疫治療クリニックでしたが、
そのクリニックで、
患者さんが、現在のガン治療のエビデンスに満足していないことを実感し、
その治療から逃げてくる姿を目撃してきました。
勿論、患者さんはそこがインチキクリニックだとは知らずにです。
現在、巷に流行るいかがわしい代替療法クリニックを助長させているのは、
それを一番嫌っているがんセンターなどである現実を知ってもらいたいと思います。
これからも、批判はきっとたくさん頂くのでしょうけれども、
患者さんにとって最善と考えられる治療を、
これからも、進めていきます。
ただしそれは、私の独断ではなく、患者さんと相談しながら。
そこにはエビデンスのない、確証のない治療もたくさんあると思います。
本日は度々頂くコメントに対して、私の基本的な考え方を再確認しました。
話が噛み合わないコメントはご遠慮下さい。
以上 文責 梅澤 充
この人に、何を言っても仕方がない。
話が噛み合わないのは当たり前。
ドウでもイイ。
時間を無駄にしてしまいました。
「いつものブログより難しくて判りにくかった。」という読者からのご批判も頂きました。
まったく意味のない、討論(?)を繰り広げてしまい申し訳ありませんでした。
私の、スタンス、考え方について、再度確認します。
医学の進歩のためにエビデンスは絶対的に必要です。それは重々承知しております。
私も、医学を、唯一無二の仕事としてそれに邁進していた時期もありますが、
現在の私の仕事は、医学ではなく医療を行うことです。
当然、医療は医学という学問の上に成り立っているものです。
医学を無視した医療など成り立ちません。
しかし一方、医療行為が積み重なってはじめて医学という学問も形成されてきました。
私は、現在切除不能であるガンを患った患者さんを多数診ています。
その様な患者さんに対するエビデンスにおいて、
先ず、患者さんにはそのエビデンスの内容についての情報を提示し、
それが、患者さんに有利であると考えれば、
それに従うことを勧めます。
例えば、卵巣ガンの抗癌剤治療などでは、
完治と考えられるような状態も得られますから、
先ず、標準的抗癌剤治療を勧めます。
しかし、何度も当ブログに登場してくるようなお粗末な、
お寒いエビデンスしかないような、多くの標準的抗癌剤治療に対しては、
本当にそれでもイイと言う患者さんにしか行いません。
それでイイと言う患者さんはほとんどおられませんが…
現在、私が行っているような、極僅かな抗癌剤しか使わないような治療には、
いろいろな医者(腫瘍内科医)から指摘されるとおり、
エビデンスはありません。
しかし、エビデンスが無い治療をしてはいけないとは考えていません。
存在するエビデンスに納得していない患者さんであれば、
医者には、エビデンスの無い治療を行っていく義務すらあると思います。
昨日も書きましたが、
「配給米だけでは飢え死にする」と考えたなら、
「違法な闇米だって患者さんに与えます。」
そもそもエビデンスとは、実証された科学的なデータですが、
それは、何百人という自覚症状を伴わないガンを背負った治験ボランティアという、
健康な患者さんを対象に治験を行いそこから導き出されたデータに過ぎません。
治験ボランティアについては、
4月14日の「お見舞いありがとうございました」で書きました。
そのデータが万人に当てはまると考えること自体が間違っていると考えています。
しかし、それは医療という面から見た場合であり、
学問としての医学ではまったく間違ってはおらず最善の方法になります。
私は、一臨床医として医療を行っていきます。
同時に、学者の端くれとして、医学の進歩にも多少は貢献したいと考えています。
しかし、その医学の進歩の目的のために、目の前の患者さんの不利益になることだけはしたくはないと考えています。
目の前の患者さんにとって最善と考えられることを積み上げていくことで、
学者として医学という学問にも接していきたいと思います。
私が、まったく理論的な裏付けがない治療を行っているかのように受け止められる
コメントもありましたが、
治療を行うにあたり、理論的な裏付けのない治療は行うべきではありません。
このことも重々承知しております。
確証があるとまではいかない治療はたくさんありますが、
まったく根拠のない治療はしておりません。
その治療に効果が見られたという論文程度の参考資料は用意してあります。
本当に正しい理屈は後からついてくるものだと考えています。
「はじめに理論的な裏付けありき」であれば、ほとんど経験則から成り立っている漢方治療、
東洋医学など成り立たなくなります。
漢方医学・東洋医学も何千年もの歴史・経験を積み重ねて人類の幸福のために発展してきた学問のはずです。
今でも、その恩恵にあずかる患者さんだって少なくありません。
「理論的な裏付けが絶対に必要である」という考え方は、
実際に患者さんに福音をもたらしている漢方・東洋医学を根本から否定するものです。
現実に、助かる患者さんがいれば理屈はドウでもイイと思います。
偉〜い学者先生が後からゆっくり検証すればイイことです。
私も、汎用しているタキソールという素晴らしい抗癌剤は、
何処かの原住民が狩猟のための毒薬として、
また、日常生活のなかでの消毒薬として
「イチイ」という樹木から採取したものが原料になっています。
近代医学の偉大な成果であるタキソールという抗癌剤の、
大きな副作用の一つである末梢神経障害に対して、
理屈は判りませんが、ある漢方薬が、有効にその副作用を抑えてくれます。
理屈だけを優先していたら、患者さんは、タキソールという
原住民が何千年も前から使っていた成分を、
抗癌剤として使うだけで、
抹消神経障害という副作用からは逃れられません。
患者さんにとって、
臨床医にとって、
「理屈は後からついてくる。」
でイイと考えます。
勿論、科学的な視野でみれば、
「理屈などなくて偶然であった。」
という結論が出てくるかも知れません。
しかし、それはそれで仕方がないことだと思います。
理屈が検証されるまで待てる患者さんは、
その時まで、待っていればイイでしょう。
しかし、ほとんどのガン患者さんには、
それほど気長に待っている時間は残されていません。
今知られている、根拠・エビデンスでは満足できないから、
エビデンスのない治療を行う必要があると思います。
私は、標準的抗癌剤治療を行ってきて虚しさを感じ、
「悪あがきでもイイから、何とかもう少し長生きさせることはできないものか」
と考え免疫治療を行っているクリニックに飛び込みました。
そこはとんでもないインチキ免疫治療クリニックでしたが、
そのクリニックで、
患者さんが、現在のガン治療のエビデンスに満足していないことを実感し、
その治療から逃げてくる姿を目撃してきました。
勿論、患者さんはそこがインチキクリニックだとは知らずにです。
現在、巷に流行るいかがわしい代替療法クリニックを助長させているのは、
それを一番嫌っているがんセンターなどである現実を知ってもらいたいと思います。
これからも、批判はきっとたくさん頂くのでしょうけれども、
患者さんにとって最善と考えられる治療を、
これからも、進めていきます。
ただしそれは、私の独断ではなく、患者さんと相談しながら。
そこにはエビデンスのない、確証のない治療もたくさんあると思います。
本日は度々頂くコメントに対して、私の基本的な考え方を再確認しました。
話が噛み合わないコメントはご遠慮下さい。
以上 文責 梅澤 充



