5月4日の「郵政民営化・病院民営化?」で、
国立がんセンターについて私の勝手な考えを書きました。
ケッコウ反響もあり、メールを何通か頂きました。
その中で、「癌研病院はドウなのだ」というメールもありました。
癌研病院のホームページをご覧頂ければ一目瞭然であり、
メールを頂いた方には、そのホームページを紹介しました。
私なりの、癌研病院についての考えを書きます。
また、先日書かなかった国立がんセンターの存在意義について書きます。
癌研究会はその基本理念として、
明治41年の設立だそうですから、100年近くも日本のガン治療の先頭に立ち、
日本のそして世界のガン治療を開拓してきたことと思います。
この2.とて、現在の患者さんより、将来を見据えてのことだと思います。
この点、国立がんセンターと、その存在意義はあまり変わらないように感じます。
言葉は違えど、目指すところは
「ガン克服という人類の悲願に向けて邁進していく」
ということではないでしょうか。
残念ながら、そこには現在の個々のガン患者さんに対する配慮まで望むことは、
ほとんど不可能ではないかと思います。
たしかに、癌研病院は有明に移転し、病院自体も広くなり、
緩和ケア病棟なども充実したようですが、
癌研病院が抱える膨大な患者さんの数に比較してみると、
まったく満足のいくものではないように思います。
例えば、癌研病院では、毎年700例程度の乳ガンの手術があると聞いたことがありますが、
その再発確率を考えると、最低でも毎年200〜300人の患者さんは、
乳ガン再発で亡くなられる計算になります。
癌研病院の腫瘍内科医が書いている
研修医向けの乳ガンの薬物治療の指導書では、
全身状態の良い時期にしか抗癌剤治療は行わないように、
と明記されています。
すなわち、PS(パフォーマンス ステータス)が3以上の患者さんには、
抗癌剤治療はしてはならないのです。
(PSについては、1月18日の「緩和医療」で説明しました)
そうであれば、相当数の緩和ケアを必要とする患者さんが発生するはずです。
その病院で手術を行った乳ガン患者さんだけでも、
それだけ膨大な数になり、皆さん緩和ケアを必要とするはずですが、
その要望にこたえるだけのキャパシティーはないと思います。
ガン治療のモデルケース的な、
あるいは全国の医者の研修施設的な意味合いを感じざるを得ません。
いずれにせよ、現在ガンを患っているすべての患者さんに、
積極的に貢献してくれる病院ではないように思います。
但し、現在の一般的な治療で根治が望めないような状態の患者さんには、
一般的ではない放射線治療や、
まだ日本にはない新薬の治験など、
最先端の、他の病院では受けることのできない治療を行ってもらえる可能性はあると思います。
しかし、多くの場合、
「もはや治療方法はありません」
という、お決まりの文句で片付けられてしまう場合が多いようですが・・・
本来「もはや治療方法がない」患者さんこそ、
それら最先端の病院で診るべきだと考えますが、
なかなか、庶民の望みどおりにはなりません。
しかし、これはある意味仕方がないことです。
それは、
3月28日の「不毛の争いはもう止めます」
3月29日の「医学と科学」
4月21日の「無意味な議論」
をはじめとして、何回も述べてきましたが、
「学問・科学としての医学」と「患者さんのための医療」
との間の違いです。
勿論、根本的にはどちらも人間の幸福を追求するという点ではまったく同じです。
しかし、その方法論が違います。
目の前の犯人だけを追いかける現場の刑事と、
犯罪の構造、その抑止のために努力している本庁の制服組のエリートさんとの
違いのようなものです。
どちらが偉いということはありません。
何故か、日本では制服組の方が経済的な待遇は良いようですが・・・
癌研究会の歴史は、100年近くになるようですが、
1月10日の「抗癌剤治療は有効に効いても長生きできない!?」
をはじめ何回も書いてきたとおり、
抗癌剤治療で、一般的な固形ガン患者さんの延命が可能になってきたのは、
ここ15年程です。
それまで、延命効果すらなった抗癌剤治療を延々と続けてきたからこそ、
数ヶ月といえども現在の延命が可能になりました。
その間に犠牲になられた患者さんがいなければ現在の治療効果は生まれていないはずです。
それは、一介の臨床医には到底できないことです。
目の前の、病に苦しむ患者さんを考えれば、
そのような治療は不可能です。
しかし、その積み重ねがなければ、
我々のような臨床医にとっても、非常に大きな参考になり、
何よりも、現在の患者さんに大きな恩恵をもたらす、
臨床データは得られませんでした。
国立がんセンターもその標榜のとおり、
「人類の悲願である「がん克服」に向けて、全力で取り組んで」
いくことが、その使命であり、
患者さんは、そのために協力する義務もあるのではないでしょうか。
大学病院の玄関には、
「大学病院は、治療を行う医療機関であると同時に、教育機関、研究機関でもある」
旨の、文章が必ず書かれています。
それにより、
「患者さんは、治療を受けるだけではなく、医学生、研修医の教育および医学研究のために協力してくださいね」
という、暗黙の了解を得ています。
患者さんは、誰のための治療であるのか再確認して、
ご自身の治療を受ける最善の病院を、慎重に選択して下さい。
以上 文責 梅澤 充
国立がんセンターについて私の勝手な考えを書きました。
ケッコウ反響もあり、メールを何通か頂きました。
その中で、「癌研病院はドウなのだ」というメールもありました。
癌研病院のホームページをご覧頂ければ一目瞭然であり、
メールを頂いた方には、そのホームページを紹介しました。
私なりの、癌研病院についての考えを書きます。
また、先日書かなかった国立がんセンターの存在意義について書きます。
癌研究会はその基本理念として、
「癌研究会はがん克服をもって人類の福祉に貢献する」
この基本理念達成のために、癌研究会は
研究所、病院および癌化学療法センター等を擁し
1.がんの本態と個性を明らかにし、がんの診断・治療・予防に貢献すると共に、
生命科学の先端を開拓する。
2.優れたがんの診断・治療を実践し、がんを治す。
3.がんの新薬と新しい診断・治療法を開発する。
4.がんの予防研究と一次・二次予防の実践により、がんの発生と死亡を抑える。
5.がんの研究・診療・予防の、国内および国際交流を促進する。
明治41年の設立だそうですから、100年近くも日本のガン治療の先頭に立ち、
日本のそして世界のガン治療を開拓してきたことと思います。
2.優れたがんの診断・治療を実践し、がんを治す。
以外は、現在ガンを患った患者さんには、直接関係ないように思います。この2.とて、現在の患者さんより、将来を見据えてのことだと思います。
この点、国立がんセンターと、その存在意義はあまり変わらないように感じます。
言葉は違えど、目指すところは
「ガン克服という人類の悲願に向けて邁進していく」
ということではないでしょうか。
残念ながら、そこには現在の個々のガン患者さんに対する配慮まで望むことは、
ほとんど不可能ではないかと思います。
たしかに、癌研病院は有明に移転し、病院自体も広くなり、
緩和ケア病棟なども充実したようですが、
癌研病院が抱える膨大な患者さんの数に比較してみると、
まったく満足のいくものではないように思います。
例えば、癌研病院では、毎年700例程度の乳ガンの手術があると聞いたことがありますが、
その再発確率を考えると、最低でも毎年200〜300人の患者さんは、
乳ガン再発で亡くなられる計算になります。
癌研病院の腫瘍内科医が書いている
研修医向けの乳ガンの薬物治療の指導書では、
全身状態の良い時期にしか抗癌剤治療は行わないように、
と明記されています。
すなわち、PS(パフォーマンス ステータス)が3以上の患者さんには、
抗癌剤治療はしてはならないのです。
(PSについては、1月18日の「緩和医療」で説明しました)
そうであれば、相当数の緩和ケアを必要とする患者さんが発生するはずです。
その病院で手術を行った乳ガン患者さんだけでも、
それだけ膨大な数になり、皆さん緩和ケアを必要とするはずですが、
その要望にこたえるだけのキャパシティーはないと思います。
ガン治療のモデルケース的な、
あるいは全国の医者の研修施設的な意味合いを感じざるを得ません。
いずれにせよ、現在ガンを患っているすべての患者さんに、
積極的に貢献してくれる病院ではないように思います。
但し、現在の一般的な治療で根治が望めないような状態の患者さんには、
一般的ではない放射線治療や、
まだ日本にはない新薬の治験など、
最先端の、他の病院では受けることのできない治療を行ってもらえる可能性はあると思います。
しかし、多くの場合、
「もはや治療方法はありません」
という、お決まりの文句で片付けられてしまう場合が多いようですが・・・
本来「もはや治療方法がない」患者さんこそ、
それら最先端の病院で診るべきだと考えますが、
なかなか、庶民の望みどおりにはなりません。
しかし、これはある意味仕方がないことです。
それは、
3月28日の「不毛の争いはもう止めます」
3月29日の「医学と科学」
4月21日の「無意味な議論」
をはじめとして、何回も述べてきましたが、
「学問・科学としての医学」と「患者さんのための医療」
との間の違いです。
勿論、根本的にはどちらも人間の幸福を追求するという点ではまったく同じです。
しかし、その方法論が違います。
目の前の犯人だけを追いかける現場の刑事と、
犯罪の構造、その抑止のために努力している本庁の制服組のエリートさんとの
違いのようなものです。
どちらが偉いということはありません。
何故か、日本では制服組の方が経済的な待遇は良いようですが・・・
癌研究会の歴史は、100年近くになるようですが、
1月10日の「抗癌剤治療は有効に効いても長生きできない!?」
をはじめ何回も書いてきたとおり、
抗癌剤治療で、一般的な固形ガン患者さんの延命が可能になってきたのは、
ここ15年程です。
それまで、延命効果すらなった抗癌剤治療を延々と続けてきたからこそ、
数ヶ月といえども現在の延命が可能になりました。
その間に犠牲になられた患者さんがいなければ現在の治療効果は生まれていないはずです。
それは、一介の臨床医には到底できないことです。
目の前の、病に苦しむ患者さんを考えれば、
そのような治療は不可能です。
しかし、その積み重ねがなければ、
我々のような臨床医にとっても、非常に大きな参考になり、
何よりも、現在の患者さんに大きな恩恵をもたらす、
臨床データは得られませんでした。
国立がんセンターもその標榜のとおり、
「人類の悲願である「がん克服」に向けて、全力で取り組んで」
いくことが、その使命であり、
患者さんは、そのために協力する義務もあるのではないでしょうか。
大学病院の玄関には、
「大学病院は、治療を行う医療機関であると同時に、教育機関、研究機関でもある」
旨の、文章が必ず書かれています。
それにより、
「患者さんは、治療を受けるだけではなく、医学生、研修医の教育および医学研究のために協力してくださいね」
という、暗黙の了解を得ています。
患者さんは、誰のための治療であるのか再確認して、
ご自身の治療を受ける最善の病院を、慎重に選択して下さい。
以上 文責 梅澤 充




