昨日の、「責任は負えません!」とも関連するコトなのですが。
がんセンターや大学病院の先生とは、
「まともにお話ができない。」
「主治医に話を聞いてもらえない。」
ということをよく患者さんから聞きます。
医者に何か言っても、患者さん自身の要望を伝えても、
「責任は負えません」「それはできません」の
一言で片付けられてしまうことが多いようです。
その前に、「何か話をしたり、治療についてお願いする、話を聞いてもらうという雰囲気すら与えてもらえない。」
とも言われます。
何故そのような異常と思われる事態が発生するのか、考えてみました。
医者の資質の問題だろうと考えていましたが、
よく考えると、それだけではないように思います。
たしかに、医者の人格の問題も多少はあるかもしれませんが、
最大の原因は時間だと思います。
現在のガンの治療を考えると絶対的に時間が足りません。
それは、現在の日本の医療制度にも大きな問題はありますが、
患者さんご自身にも大きな問題があります。
5月5日に「5月5日のこどもの日」で書きましたが、
日本人は外国人からも揶揄されるほど、
個性を持っていません。
周囲の他人と同じ方向に進もうとする傾向が非常に強いように思います。
これは、農耕民族のDNAが影響しているそうですが、
その原因はともかく、
日本の患者さんは独自性を持っていません。
ガン治療も一緒です。
「世界中にガンを背負った人間はたくさんいても、
あなたはたった一人しか存在しない人間である。」
ということを忘れてしまっているようです。
「みんなと同じコトをやっていれば安心」
と考えてしまいます。
その結果、○○がんセンターや、癌研病院、大学病院などにだけ
患者さんが集中してしまいます。
病院にはそれぞれ適正なキャパシティがあります。
それらの病院では、確実にそれを超えています。
医者一人に1日10人の患者さんであれば、十分に患者さんの話も聞くことができて、
患者さんが納得のいくまで説明することも可能だと思います。
しかし、そこに100人の患者さんが押しかけたら、
一人一人に時間を割くことは不可能です。
その結果、
「話も聞いてくれない」
「話ができる雰囲気すらない」という状態になります。
名古屋の万博も一日1000人程度ならば、
きっと行きたいところへすぐに行けて、
待つことも無く展示を楽しむこともできたのでしょうけれども、
そこに毎日何万人もの人が押し寄せるのですから、
ニュースでは、人気アトラクションは連日何時間待ちと報道していました。
勿論、へそ曲がりの私は行っていません。
3時間待ってマンモスの頭を30秒見ることが幸せだとは思わないからです。
大阪の万博も行きませんでした。
それは家が貧しく、親に連れて行ってもらえませんでした。
万博は期間が限られ、またそこでしか開催されていませんから、
仕方のないことかもしれません。
しかし、日本にはガン治療ができる病院は何万とあります。
たしかに、がんセンターや癌研病院、大学病院は設備も整っています。
しかし、患者さん一人当たりの設備を考えるとけっして満足のいくものではありません。
町の小規模病院の方がはるかに勝っている場合も少なくありません。
お近くにも、穴場的な素晴らしい病院も相当数あるものと思います。
足とアタマを使えば必ずやご自身に最善の病院が見つかると思います。
そこでは十分に時間を割いて、治療方針を話し合える医者もいるはずです。
また、医者にだってガンは発生します。
そのとき少なくともほとんどの外科医は、
がんセンターで抗癌剤治療を受けようとは考えないと思います。
比較的自由の利く自分の出身大学を選択するかも知れません。
それでも、悲惨なエビデンスしかない標準治療は受けないで他の手段を講じると思います。
また、身近な、自分の経営する、または勤務する診療所や病院で治療を進めるのではないかと思います。
さまざまな知識を持っている医者が選ぶ診療所や病院です。
しっかりとしたガン治療をするはずです。
一極集中は、
「みんなと同じと」という日本人特有の安心感を得られるだけで、
その他は、多くの弊害ばかりが生まれてきます。
一極集中で、患者さんが、病院、医者のキャパシティを超えて、
どんどん勝手に押し寄せてくれば、
そこで働く医者の意識も変わります。
「患者が勝手に押しかけてきて、治療してくれと、言っているのだから、
自分たちがやりたいように治療を進めるのは当たり前だ。
患者の言うことをいちいち聞く必要はない。」
と考えてもまったくおかしくないし、
ある意味当然でもあり、
その医者を責めることはできないと思います。
「話ができない」状態にしている最大の原因は患者さんなのかもしれません。
それでも「みんなと同じ」が良ければ、
それは、我慢するしかないようにも思います。
また、それらの大規模病院は、
5月4日の「郵政民営化、病院民営化?」
5月7日の「癌研究会付属病院」
でも書いたとおり、
その基本理念が、
今、ガンという病に苦しむ患者さんに、手当てを施すこと以上に、
将来のガン治療の進歩を優先していますので、
一人一人の患者さんの話を聞いていこうなどという発想すら存在しないのかも知れません。
その病院が空いていても、
そこの医者と対等に話し合い、治療方法を決定していこうと考えること自体間違いなのかも知れません。
本日は、「責任を負えません!」と同時に、最近「医者が話を聞いてくれない」ということを頻繁に患者さんから聞くようになりましたので、その異常事態の原因について考えてみました。
意外なところに最大の原因があるような気がします。
以上 文責 梅澤 充
がんセンターや大学病院の先生とは、
「まともにお話ができない。」
「主治医に話を聞いてもらえない。」
ということをよく患者さんから聞きます。
医者に何か言っても、患者さん自身の要望を伝えても、
「責任は負えません」「それはできません」の
一言で片付けられてしまうことが多いようです。
その前に、「何か話をしたり、治療についてお願いする、話を聞いてもらうという雰囲気すら与えてもらえない。」
とも言われます。
何故そのような異常と思われる事態が発生するのか、考えてみました。
医者の資質の問題だろうと考えていましたが、
よく考えると、それだけではないように思います。
たしかに、医者の人格の問題も多少はあるかもしれませんが、
最大の原因は時間だと思います。
現在のガンの治療を考えると絶対的に時間が足りません。
それは、現在の日本の医療制度にも大きな問題はありますが、
患者さんご自身にも大きな問題があります。
5月5日に「5月5日のこどもの日」で書きましたが、
日本人は外国人からも揶揄されるほど、
個性を持っていません。
周囲の他人と同じ方向に進もうとする傾向が非常に強いように思います。
これは、農耕民族のDNAが影響しているそうですが、
その原因はともかく、
日本の患者さんは独自性を持っていません。
ガン治療も一緒です。
「世界中にガンを背負った人間はたくさんいても、
あなたはたった一人しか存在しない人間である。」
ということを忘れてしまっているようです。
「みんなと同じコトをやっていれば安心」
と考えてしまいます。
その結果、○○がんセンターや、癌研病院、大学病院などにだけ
患者さんが集中してしまいます。
病院にはそれぞれ適正なキャパシティがあります。
それらの病院では、確実にそれを超えています。
医者一人に1日10人の患者さんであれば、十分に患者さんの話も聞くことができて、
患者さんが納得のいくまで説明することも可能だと思います。
しかし、そこに100人の患者さんが押しかけたら、
一人一人に時間を割くことは不可能です。
その結果、
「話も聞いてくれない」
「話ができる雰囲気すらない」という状態になります。
名古屋の万博も一日1000人程度ならば、
きっと行きたいところへすぐに行けて、
待つことも無く展示を楽しむこともできたのでしょうけれども、
そこに毎日何万人もの人が押し寄せるのですから、
ニュースでは、人気アトラクションは連日何時間待ちと報道していました。
勿論、へそ曲がりの私は行っていません。
3時間待ってマンモスの頭を30秒見ることが幸せだとは思わないからです。
大阪の万博も行きませんでした。
それは家が貧しく、親に連れて行ってもらえませんでした。
万博は期間が限られ、またそこでしか開催されていませんから、
仕方のないことかもしれません。
しかし、日本にはガン治療ができる病院は何万とあります。
たしかに、がんセンターや癌研病院、大学病院は設備も整っています。
しかし、患者さん一人当たりの設備を考えるとけっして満足のいくものではありません。
町の小規模病院の方がはるかに勝っている場合も少なくありません。
お近くにも、穴場的な素晴らしい病院も相当数あるものと思います。
足とアタマを使えば必ずやご自身に最善の病院が見つかると思います。
そこでは十分に時間を割いて、治療方針を話し合える医者もいるはずです。
また、医者にだってガンは発生します。
そのとき少なくともほとんどの外科医は、
がんセンターで抗癌剤治療を受けようとは考えないと思います。
比較的自由の利く自分の出身大学を選択するかも知れません。
それでも、悲惨なエビデンスしかない標準治療は受けないで他の手段を講じると思います。
また、身近な、自分の経営する、または勤務する診療所や病院で治療を進めるのではないかと思います。
さまざまな知識を持っている医者が選ぶ診療所や病院です。
しっかりとしたガン治療をするはずです。
一極集中は、
「みんなと同じと」という日本人特有の安心感を得られるだけで、
その他は、多くの弊害ばかりが生まれてきます。
一極集中で、患者さんが、病院、医者のキャパシティを超えて、
どんどん勝手に押し寄せてくれば、
そこで働く医者の意識も変わります。
「患者が勝手に押しかけてきて、治療してくれと、言っているのだから、
自分たちがやりたいように治療を進めるのは当たり前だ。
患者の言うことをいちいち聞く必要はない。」
と考えてもまったくおかしくないし、
ある意味当然でもあり、
その医者を責めることはできないと思います。
「話ができない」状態にしている最大の原因は患者さんなのかもしれません。
それでも「みんなと同じ」が良ければ、
それは、我慢するしかないようにも思います。
また、それらの大規模病院は、
5月4日の「郵政民営化、病院民営化?」
5月7日の「癌研究会付属病院」
でも書いたとおり、
その基本理念が、
今、ガンという病に苦しむ患者さんに、手当てを施すこと以上に、
将来のガン治療の進歩を優先していますので、
一人一人の患者さんの話を聞いていこうなどという発想すら存在しないのかも知れません。
その病院が空いていても、
そこの医者と対等に話し合い、治療方法を決定していこうと考えること自体間違いなのかも知れません。
本日は、「責任を負えません!」と同時に、最近「医者が話を聞いてくれない」ということを頻繁に患者さんから聞くようになりましたので、その異常事態の原因について考えてみました。
意外なところに最大の原因があるような気がします。
以上 文責 梅澤 充



