5月22日の「内科医と外科医」(2)
に対して、以下のコメントを頂きました。(ブログ上にも出ています)
馬鹿げたことを言う気は毛頭ありません。
同時に「外科医の方が患者さんのことを考えている」などとも思っていません。
内科医も外科医もそれぞれの立場で、
患者さんのためを考えて治療していると思います。
しかし、医者にも様々な立場、役割があります。
街中でひたすら高血圧や風邪の患者さんを診る医者。
大学病院で専門の種類のガンだけを診る医者。
どちらも、それぞれの責務に邁進しているはずです。
「内科医であろうと外科医であろうと患者さんのために治療をするというのが本分」です。
5月22日の「内科医と外科医」(2)の内科医は、
腫瘍内科医を連想して書きました。
その腫瘍内科医のほとんどは、大学病院やがんセンター、癌研病院などの大病院に
勤務されています。
5月4日の「郵政民営化、病院民営化?」
5月7日の「癌研究会付属病院」
などで書いたとおり、
国立がんセンターの設立の目的は、
癌研究会も基本理念は、
「癌研究会はがん克服をもって人類の福祉に貢献する」です。
大学病院も研究機関です。
一般的に大病院といわれる病院は、
大学の派遣病院です。(特定の大学に所属する医者で構成されている病院のこと)
大学病院の医者の目を通して患者さん診ます。
もし目の前の患者さんに合わない、望まない治療であっても、
それが「がん克服」に結びつくのであれば、
けっして良心に恥じる行為ではないはずですし、
目の前の一個人を尊重するより、人類の将来を見据えた崇高な仕事
と考えてもおかしくはないのでは、ないでしょうか。
事実そのとおりかも知れません。
「人はエビデンスによって生きるのでもエビデンスのために生きるのでもない」
そのとおりだと思います。
しかし、人類の将来を考えた場合、
エビデンスを構築する医者も必要なはずです。
かつて、その様な医者がいてくれたからこそ、現在のエビデンスが出現してきて、
4月25日の「標準的抗癌剤治療も有効です」や
昨日の「術後補助抗癌剤治療」で
書いたような治療の進歩が得られ、
現在では多くの患者さんが、その恩恵に与っているわけです。
また、何度も言いますが「○ヶ月長生きできる」という
まったく有り難くないエビデンスとて、
ほんの十数年前まではゼロだったのですから。
長足の進歩です。
それは、大病院の腫瘍内科医といわれる医者の努力に他なりません。
腫瘍内科の医者は、一見、目の前の患者さんには、冷たいように見える、
憎まれ役のような気の毒な立場におかれているのかも知れません。
しかし長い目で見れば、冷たく見える腫瘍内科医のおかげで、
我々の子孫のガンは克服されているかも知れません。
但し、多くの患者さんは、
「将来の患者なんてドウでもいい。今の自分が、ご家族が一番大切」
と考える、私と同じ俗人だと思います。
そうであるならば、
5月16日の「医者と話ができない」で書いたとおり、
「みんなが行くから安心」という、
日本人特有の没個性を排除して、
その病院の目的が何処にあるのかをしっかり見極めて、
世界に一人しかいない、“あなた”という俗人の患者さんに最善の治療をしてくれる病院を探すべきです。
外科における、拡大手術、縮小手術の争い(?)も、
大学やがんセンターなどの大病院同士の争いでした。
そこには、患者さんの個性は無視されます。
それは、その病院の存在目的を考えれば仕方が無いことだと思います。
「あえて踏まねばならないような事を医学とは踏襲しなければならないものなのでしょうか?」
人類が「がん克服」の悲願を達成するまでは、
延々と続くものと思います。
それがなければ、医学の進歩は極めて緩徐なものになってしまいます。
外科治療でも、現在は縮小手術の傾向にありますが、
また何時、「拡大手術の方が優れている」という理論が発生してくるか判りません。
2月7日の「ガン治療と年齢」
5月23日の「難しい相談」で書いた、高齢者のガン治療に対する基本方針も確立はされていません。
言葉は悪いですが、
実験台になられる(た)高齢者のガン患者さんから得られるデータにより、
一般的により多くの患者さんが容認する治療法(手術も含めて)が、
標準治療として確立されてくると思います。
私が教育を受けた母校の外科教室では、
現在は大きく変わってきましたが、
私が在籍していた頃は、
再発ガンでも、外科医が抗癌剤治療を行なっていました。
また、現在の市中病院でも、
外科医が抗癌剤治療を行なっているところも少なくありません。
5月22日の「内科医と外科医」(2)では、
その様な外科医の抗癌剤治療に対する考え方と、
大病院の崇高な理念をお持ちの腫瘍内科医と比較してしまいました。
「内科医と外科医の違い」というより、
「病院の存在目的の相違」といった方が良かったかも知れません。
病院の存在目的を知らないと、
ご自身の目的とする治療に巡り合うことができないばかりか、
酷い目に遭うこともあります。
ご注意下さい。
以上 文責 梅澤 充
に対して、以下のコメントを頂きました。(ブログ上にも出ています)
生きることの本質からいえば、人はエビデンスによって生きるのでもエビデンスのために生きるのでもないわけですよね。内科医であろうと外科医であろうと患者さんのために治療をするというのが本分であれば、QOLを考えた時、患者さんの望まない治療を推し進めなければならないとすれば、それは良心に苦しいことではないでしょうか?そのような事を内科医に強いるの何ですか?外科において拡大手術で見られたような問題を、あえて踏まねばならないような事を医学とは踏襲しなければならないものなのでしょうか?単純に疑問におもいました
「内科医が患者さんのためを考えていない」などと馬鹿げたことを言う気は毛頭ありません。
同時に「外科医の方が患者さんのことを考えている」などとも思っていません。
内科医も外科医もそれぞれの立場で、
患者さんのためを考えて治療していると思います。
しかし、医者にも様々な立場、役割があります。
街中でひたすら高血圧や風邪の患者さんを診る医者。
大学病院で専門の種類のガンだけを診る医者。
どちらも、それぞれの責務に邁進しているはずです。
「内科医であろうと外科医であろうと患者さんのために治療をするというのが本分」です。
5月22日の「内科医と外科医」(2)の内科医は、
腫瘍内科医を連想して書きました。
その腫瘍内科医のほとんどは、大学病院やがんセンター、癌研病院などの大病院に
勤務されています。
5月4日の「郵政民営化、病院民営化?」
5月7日の「癌研究会付属病院」
などで書いたとおり、
国立がんセンターの設立の目的は、
国立がんセンターは、我が国のみならず、世界的ながん対策の中核的な施設として、人類の悲願である「がん克服」に向けて、全力で取り組んでおります。
と謳っております。癌研究会も基本理念は、
「癌研究会はがん克服をもって人類の福祉に貢献する」です。
大学病院も研究機関です。
一般的に大病院といわれる病院は、
大学の派遣病院です。(特定の大学に所属する医者で構成されている病院のこと)
大学病院の医者の目を通して患者さん診ます。
もし目の前の患者さんに合わない、望まない治療であっても、
それが「がん克服」に結びつくのであれば、
けっして良心に恥じる行為ではないはずですし、
目の前の一個人を尊重するより、人類の将来を見据えた崇高な仕事
と考えてもおかしくはないのでは、ないでしょうか。
事実そのとおりかも知れません。
「人はエビデンスによって生きるのでもエビデンスのために生きるのでもない」
そのとおりだと思います。
しかし、人類の将来を考えた場合、
エビデンスを構築する医者も必要なはずです。
かつて、その様な医者がいてくれたからこそ、現在のエビデンスが出現してきて、
4月25日の「標準的抗癌剤治療も有効です」や
昨日の「術後補助抗癌剤治療」で
書いたような治療の進歩が得られ、
現在では多くの患者さんが、その恩恵に与っているわけです。
また、何度も言いますが「○ヶ月長生きできる」という
まったく有り難くないエビデンスとて、
ほんの十数年前まではゼロだったのですから。
長足の進歩です。
それは、大病院の腫瘍内科医といわれる医者の努力に他なりません。
腫瘍内科の医者は、一見、目の前の患者さんには、冷たいように見える、
憎まれ役のような気の毒な立場におかれているのかも知れません。
しかし長い目で見れば、冷たく見える腫瘍内科医のおかげで、
我々の子孫のガンは克服されているかも知れません。
但し、多くの患者さんは、
「将来の患者なんてドウでもいい。今の自分が、ご家族が一番大切」
と考える、私と同じ俗人だと思います。
そうであるならば、
5月16日の「医者と話ができない」で書いたとおり、
「みんなが行くから安心」という、
日本人特有の没個性を排除して、
その病院の目的が何処にあるのかをしっかり見極めて、
世界に一人しかいない、“あなた”という俗人の患者さんに最善の治療をしてくれる病院を探すべきです。
外科における、拡大手術、縮小手術の争い(?)も、
大学やがんセンターなどの大病院同士の争いでした。
そこには、患者さんの個性は無視されます。
それは、その病院の存在目的を考えれば仕方が無いことだと思います。
「あえて踏まねばならないような事を医学とは踏襲しなければならないものなのでしょうか?」
人類が「がん克服」の悲願を達成するまでは、
延々と続くものと思います。
それがなければ、医学の進歩は極めて緩徐なものになってしまいます。
外科治療でも、現在は縮小手術の傾向にありますが、
また何時、「拡大手術の方が優れている」という理論が発生してくるか判りません。
2月7日の「ガン治療と年齢」
5月23日の「難しい相談」で書いた、高齢者のガン治療に対する基本方針も確立はされていません。
言葉は悪いですが、
実験台になられる(た)高齢者のガン患者さんから得られるデータにより、
一般的により多くの患者さんが容認する治療法(手術も含めて)が、
標準治療として確立されてくると思います。
私が教育を受けた母校の外科教室では、
現在は大きく変わってきましたが、
私が在籍していた頃は、
再発ガンでも、外科医が抗癌剤治療を行なっていました。
また、現在の市中病院でも、
外科医が抗癌剤治療を行なっているところも少なくありません。
5月22日の「内科医と外科医」(2)では、
その様な外科医の抗癌剤治療に対する考え方と、
大病院の崇高な理念をお持ちの腫瘍内科医と比較してしまいました。
「内科医と外科医の違い」というより、
「病院の存在目的の相違」といった方が良かったかも知れません。
病院の存在目的を知らないと、
ご自身の目的とする治療に巡り合うことができないばかりか、
酷い目に遭うこともあります。
ご注意下さい。
以上 文責 梅澤 充



