先日旅立たれた患者さんのご家族が、
今までの治療に対するお礼の言葉を言いに来てくれました。
診察日には何年間も毎回一度も欠かさず、
患者さんに同伴されて来られていたご家族です。
その患者さんは経済的にも恵まれたかたで、
また、ご家族は並外れた勉強をされて、
ガン、ガン治療に対する知識も正確にそして豊富にお持ちでした。
その上で様々なリクエストをしてこられました。
全て的を射た注文でしたので、
ご家族のリクエストどおりの、
保険外の治療も十分に行ってきました。
しかし、しぶとい相手でした。
保険の範囲のクスリも、
保険外の治療もことごとく跳ね返してくれました。
病気は悪化の一途を辿りました。
しかし、ご本人にとって幸い自覚症状は最期まで非常に少なく、
永い眠りにつく少し前まで、
ご本人としては、
快適に生活ができていました。
しかも、ご本人は、
ご自身の病状については、
全てご家族と私に任せて、
病態が如何に推移しているのかについては、
まったく知りませんでした。
知ろうとしませんでした。
画像上も確実に悪化、
腫瘍マーカーも右肩上がり、
しかし、自覚症状はほとんど無いため、
ご自身としては、
良い方向に向いている、
少なくとも悪化をしているとは、
思っていなかったようです。
したがって、
ご本人はかなり気楽でした。
私にはそのように見えました。
心配して、苦悩していたのは、
毎回ご一緒に来られ、
全てを理解されているご家族でした。
最期はご家族が準備周到に、
患者さんには内緒で用意していた、
ご自宅近くの病院で、
息を引き取られたそうですが、
「最期の最期までご自身の死を意識していなかった」
と言われていました。
死への恐怖はまったく感じることのない旅立ちだったようです。
最後の最後まで患者さんにに尽くされたご家族であり、
そして苦悩するすがたも、
長い間見てきましたので、
相当のダメージを受けておられると思ったのですが、
以外にもサバサバされており、
『○○が亡くなったことは、
悲しくて仕方ありません。
しかし、あれだけのことをしてもらっての結果ですから、
これは運命で、如何しようもないことです。
先生がいつかブログで書かれていた、
「これでいいのだ」と考えるようにしました。』
とのことでした。
人事を尽くして天命を待つ、
古い言葉ですが、
ガン治療でも、
まったおくそのとおりだと思います。
多くの患者さんの生涯を見ていると、
何回も書いているとおり、
「神様の手の平の上で遊ばれている」
と感じることがあまりにも頻繁にあります。
勿論、神様に逆らって、
人事を尽くさなければなりませんが、
その後の結果は、
「これでいいのだ!」
と考えざるを得ないことばかりです。
可能な限りの手段を尽くしたのであれば、
そう考えなければ、
こころが押し潰されてしまいます。
特に、来られた患者さんのご家族のように、
本当に頭が下がるほど、
患者さんのことを思って、
可能な限りのことをなさってきたご家族では、
あまり考え過ぎることは、
現実の結果以上の苦痛を受けなければなりません。
2月5日の「これでいいのだ!」
では、患者さんのとって救いの言葉だと思うと書きましたが、
「これでいいのだ!」
は残されたご家族を救う呪文でもあるように感じました。
そう考えなければならないご家族はたくさんいるように思います。
以上 文責 梅澤 充
著者に許可無く当ブログの文章をインターネットその他に転記・転載することは堅く禁じます。
今までの治療に対するお礼の言葉を言いに来てくれました。
診察日には何年間も毎回一度も欠かさず、
患者さんに同伴されて来られていたご家族です。
その患者さんは経済的にも恵まれたかたで、
また、ご家族は並外れた勉強をされて、
ガン、ガン治療に対する知識も正確にそして豊富にお持ちでした。
その上で様々なリクエストをしてこられました。
全て的を射た注文でしたので、
ご家族のリクエストどおりの、
保険外の治療も十分に行ってきました。
しかし、しぶとい相手でした。
保険の範囲のクスリも、
保険外の治療もことごとく跳ね返してくれました。
病気は悪化の一途を辿りました。
しかし、ご本人にとって幸い自覚症状は最期まで非常に少なく、
永い眠りにつく少し前まで、
ご本人としては、
快適に生活ができていました。
しかも、ご本人は、
ご自身の病状については、
全てご家族と私に任せて、
病態が如何に推移しているのかについては、
まったく知りませんでした。
知ろうとしませんでした。
画像上も確実に悪化、
腫瘍マーカーも右肩上がり、
しかし、自覚症状はほとんど無いため、
ご自身としては、
良い方向に向いている、
少なくとも悪化をしているとは、
思っていなかったようです。
したがって、
ご本人はかなり気楽でした。
私にはそのように見えました。
心配して、苦悩していたのは、
毎回ご一緒に来られ、
全てを理解されているご家族でした。
最期はご家族が準備周到に、
患者さんには内緒で用意していた、
ご自宅近くの病院で、
息を引き取られたそうですが、
「最期の最期までご自身の死を意識していなかった」
と言われていました。
死への恐怖はまったく感じることのない旅立ちだったようです。
最後の最後まで患者さんにに尽くされたご家族であり、
そして苦悩するすがたも、
長い間見てきましたので、
相当のダメージを受けておられると思ったのですが、
以外にもサバサバされており、
『○○が亡くなったことは、
悲しくて仕方ありません。
しかし、あれだけのことをしてもらっての結果ですから、
これは運命で、如何しようもないことです。
先生がいつかブログで書かれていた、
「これでいいのだ」と考えるようにしました。』
とのことでした。
人事を尽くして天命を待つ、
古い言葉ですが、
ガン治療でも、
まったおくそのとおりだと思います。
多くの患者さんの生涯を見ていると、
何回も書いているとおり、
「神様の手の平の上で遊ばれている」
と感じることがあまりにも頻繁にあります。
勿論、神様に逆らって、
人事を尽くさなければなりませんが、
その後の結果は、
「これでいいのだ!」
と考えざるを得ないことばかりです。
可能な限りの手段を尽くしたのであれば、
そう考えなければ、
こころが押し潰されてしまいます。
特に、来られた患者さんのご家族のように、
本当に頭が下がるほど、
患者さんのことを思って、
可能な限りのことをなさってきたご家族では、
あまり考え過ぎることは、
現実の結果以上の苦痛を受けなければなりません。
2月5日の「これでいいのだ!」
では、患者さんのとって救いの言葉だと思うと書きましたが、
「これでいいのだ!」
は残されたご家族を救う呪文でもあるように感じました。
そう考えなければならないご家族はたくさんいるように思います。
以上 文責 梅澤 充
著者に許可無く当ブログの文章をインターネットその他に転記・転載することは堅く禁じます。