「自己責任」という言葉は、
とある日本人がイラクの危険地帯に勝手に入り込んで、
当然のごとく捕まり人質になったとき、
身勝手な家族が声高に「救出しろ」だ、「自衛隊は引き上げろ」だ、と
全国民を巻き込み大騒ぎをしたときに、
更に、そのなかの大バカ者が、「再度イラクに行く」と言ったときに、
盛んに使われた言葉ですが、
物忘れの早い、否アタマの回転のすこぶる良い
日本人では、すでに遥かかなたに忘れ去れている言葉ではないでしょうか。
私は、「生きていたい」という患者さんしか診ていませんから、
自分ひとりの命に全国民を巻き込み、
しかも、死ぬかも知れないところに再び行くという、
異常さ、身勝手さに、非常に腹が立ち、
今でも良く覚えています。
現在の日本では、一たび何か事件が起こると、
自己の責任を考えるより先に、アメリカ流に何でもかんでも他人の責任を追及する風潮が蔓延しているように感じられてなりません。
一昨日もC型肝炎訴訟の判決がありました。
この裁判は、判決文を読んでみて、
また、日本で肝炎の集団発生を見る10年も前にアメリカFDA(米食品医薬品局)が、
フィブリノゲンの承認を取り消している事実を考えると、
まことに、ごもっともな判決であり、
製薬会社および国の責任が問われても当然だと思います。
肝炎患者さんの自己責任を云々するつもりはまったくありません。
しかし、昨日の新聞に気になる記事が出ていました。
厚生労働省の幹部職員のコメントとして、
「当時、国が必死に考えて判断してきたことが、今になって次々と覆されている。」
「今後、どうやって薬を世に出していけばいいのか・・・」
とため息をついた。
とありました。
誰も、その当時は、悪いことをしているという気持ちは無かったと思います。
正しい仕事をしていると信じていたはずです。(少なくとも私はそう信じたい)
しかし、結果は重大な過失責任を負わされてしまっています。
「今後、どうやって薬を世に出していけばいいのか・・・」この厚生労働省の幹部職員の言葉は、本音だと思います。
そして、多くの日本人に非常に大きな影響を及ぼす言葉です。
このフィブリノゲンのC型肝炎訴訟は、
血液製剤による感染という、エイズ裁判と同様の性質のものであり、
直接ガン治療薬に影響が出るというものではないと思いますが、
これから、厚生労働省に認可を受けなければならない
ガン治療の新薬はたくさんあります。
アバスチン、アービタックス、ターセバなどなど目白押しです。
今でも、咽から手が出るほど使いたいクスリです。
そのクスリの承認を待てずに亡くなられていった患者さんも数え切れません。
それらの薬剤も、日本人での安全性、有効性はまだ確立はされていないはずです。
仮に、確認されたとしても、その確認方法が正しいか否かの判断は誰がどのように行なうのでしょうか。
何十年後かの裁判長でしょうか。
それを考えると、厚生労働省のお役人は、
新薬承認には二の足を踏むことになるのではないかと心配です。
肺ガンに対する分子標的薬イレッサは、
極めて異例のことですが、世界に先駆け日本だけが承認しました。
多くの医者は日本の厚生労働省の珍しい大英断だと、
高く評価しました。
しかし、間質性肺炎という副作用が発現し、
亡くなられた患者さんが出ると、
マスコミを中心にイレッサの大バッシングが始まりました。
そのお陰で、多くの医者は萎縮してしまい、
イレッサは非常に使い難いクスリになってしまいました。
イレッサを積極的に使う医者は激減しました。
たしかにイレッサが発売される前に、
私が得ていた情報にも、
「副作用のない抗癌剤」という謳い文句が付いているものもありました。
したがって、多くの医者が間質性肺炎発現の可能性を知らずに使い始め、
多くの犠牲者が出てしまいました。
しかし、その影で、イレッサのために
死の床から見事に蘇り、社会復帰まで果たすことができた、
犠牲者の何倍何十倍にもおよぶ患者さんが存在することについては、
ほとんど注目されませんでした。
イレッサの一件も、
裁判が起こされているようです。
製薬会社と国の早急な認可を非難しているようです。
私が知りうる範囲では、イレッサ発売当初は、
間質性肺炎がそれほど高頻度に起こることは予想されていなかったように思います。
そのような治験データは存在していないはずです。
日本人と欧米人の合計100名強の患者さんでの治験で(日本人が約半数)、
1名の間質性肺炎の発生報告があったように記憶しています。
副作用を知らずに亡くなられていかれた患者さんは、
本当にお気の毒です。
しかし、その何十倍もの患者さんがイレッサにより救われている事実はどのように解釈すればいいのでしょうか。
日本は先進国の中では、感染症の輸出大国として嫌われ者です。
日本人の考え方は、
「麻疹に罹り不幸にして死ぬことはやむを得ない、
しかし麻疹の予防注射の副作用で死ぬことは許されない」です。
これは、日本の予防注射の普及の遅れの原因になっている考え方です。
たしかに、予防注射の副作用で亡くなられる不幸な方が存在することは事実であり、
お気の毒なことです。
しかし、何百万人にも予防注射を行なえば、
その注射により麻疹にならず、
犠牲になられた方の何百倍・年千倍もの人間が死を免れることができます。
イレッサの保険適応は、発売当初から、
「切除不能肺ガン、および再発肺ガン」です。
切除不能肺ガン、再発肺ガンに対する標準的抗癌剤治療のエビデンスは、
当ブログでも何回も紹介しているとおり、極めて悲惨な数字しか出ていません。
半分の患者さんは確実に10ヶ月以内に死ぬ。
というデータ、エビデンスです。
また、このブログの一番最初の
1月10日「抗癌剤治療は有効に効いても長生きできない!?」
でも書いたとおり、抗癌剤治療では、
長い間、まったく延命効果さえ認められませんでした。
勿論、当時の抗癌剤治療でも、奏効率はゼロではなく、
ガンが縮小し、延命が得られた患者さんも存在していました。
それなのに「平均すると延命効果がない」ということは、
抗癌剤治療により寿命を縮めてしまった患者さんも存在するという事実に他なりません。
すなわち、抗癌剤治療の副作用、言い換えれば「抗癌剤の薬害により死亡」した訳です。
現在でもその副作用により死期を早める患者さんも少なくありません。
無治療の方が長生きできたと考えられる患者さんもたくさんおられます。
すなわち「抗癌剤の薬害」で亡くなられているわけです。
しかし、現在ではその犠牲の上に、僅か数ヶ月といえども、延命が可能になりました。
そして、それをエビデンスとして標準的抗癌剤治療が行なわれています。
標準的抗癌剤治療は私は、イイ治療だとは考えていませんが、
世界的に延命効果が認められた治療であることは間違いありません。
しかし、それを受けたがために「抗癌剤の薬害」で亡くなる患者さんも存在します。
それに対し、それを他人の責任にできるのでしょうか。
ガンは放置すれば死に至る病気です。
その治療により死期を早めることもあります。
それでも、患者さんは何らかの治療方法を選択しなければなりません。
それは、すべて患者さんの自己責任です。
ガン治療は、その性格から考え、
患者さんの自己責任抜きには考えられません。
本日は、一昨日の肝炎訴訟の判決から、
厚生労働省の幹部職員の恐ろしいコメントを新聞で見て、
また、イレッサ訴訟のこともアタマを過ぎり、
患者さんにも自己責任が必要ではないか、
との考えが浮かび勝手なことを書きました。
イレッサ裁判で、ヘンテコな判決が出て、
厚生労働省の動きが更に鈍くならないことを祈ります。
それは、「副作用により亡くなる患者さん」の何倍にもおよぶ、
「クスリが使えないがために亡くなられる不幸な患者さん」を生む結果につながります。
以上 文責 梅澤 充
とある日本人がイラクの危険地帯に勝手に入り込んで、
当然のごとく捕まり人質になったとき、
身勝手な家族が声高に「救出しろ」だ、「自衛隊は引き上げろ」だ、と
全国民を巻き込み大騒ぎをしたときに、
更に、そのなかの大バカ者が、「再度イラクに行く」と言ったときに、
盛んに使われた言葉ですが、
物忘れの早い、否アタマの回転のすこぶる良い
日本人では、すでに遥かかなたに忘れ去れている言葉ではないでしょうか。
私は、「生きていたい」という患者さんしか診ていませんから、
自分ひとりの命に全国民を巻き込み、
しかも、死ぬかも知れないところに再び行くという、
異常さ、身勝手さに、非常に腹が立ち、
今でも良く覚えています。
現在の日本では、一たび何か事件が起こると、
自己の責任を考えるより先に、アメリカ流に何でもかんでも他人の責任を追及する風潮が蔓延しているように感じられてなりません。
一昨日もC型肝炎訴訟の判決がありました。
この裁判は、判決文を読んでみて、
また、日本で肝炎の集団発生を見る10年も前にアメリカFDA(米食品医薬品局)が、
フィブリノゲンの承認を取り消している事実を考えると、
まことに、ごもっともな判決であり、
製薬会社および国の責任が問われても当然だと思います。
肝炎患者さんの自己責任を云々するつもりはまったくありません。
しかし、昨日の新聞に気になる記事が出ていました。
厚生労働省の幹部職員のコメントとして、
「当時、国が必死に考えて判断してきたことが、今になって次々と覆されている。」
「今後、どうやって薬を世に出していけばいいのか・・・」
とため息をついた。
とありました。
誰も、その当時は、悪いことをしているという気持ちは無かったと思います。
正しい仕事をしていると信じていたはずです。(少なくとも私はそう信じたい)
しかし、結果は重大な過失責任を負わされてしまっています。
「今後、どうやって薬を世に出していけばいいのか・・・」この厚生労働省の幹部職員の言葉は、本音だと思います。
そして、多くの日本人に非常に大きな影響を及ぼす言葉です。
このフィブリノゲンのC型肝炎訴訟は、
血液製剤による感染という、エイズ裁判と同様の性質のものであり、
直接ガン治療薬に影響が出るというものではないと思いますが、
これから、厚生労働省に認可を受けなければならない
ガン治療の新薬はたくさんあります。
アバスチン、アービタックス、ターセバなどなど目白押しです。
今でも、咽から手が出るほど使いたいクスリです。
そのクスリの承認を待てずに亡くなられていった患者さんも数え切れません。
それらの薬剤も、日本人での安全性、有効性はまだ確立はされていないはずです。
仮に、確認されたとしても、その確認方法が正しいか否かの判断は誰がどのように行なうのでしょうか。
何十年後かの裁判長でしょうか。
それを考えると、厚生労働省のお役人は、
新薬承認には二の足を踏むことになるのではないかと心配です。
肺ガンに対する分子標的薬イレッサは、
極めて異例のことですが、世界に先駆け日本だけが承認しました。
多くの医者は日本の厚生労働省の珍しい大英断だと、
高く評価しました。
しかし、間質性肺炎という副作用が発現し、
亡くなられた患者さんが出ると、
マスコミを中心にイレッサの大バッシングが始まりました。
そのお陰で、多くの医者は萎縮してしまい、
イレッサは非常に使い難いクスリになってしまいました。
イレッサを積極的に使う医者は激減しました。
たしかにイレッサが発売される前に、
私が得ていた情報にも、
「副作用のない抗癌剤」という謳い文句が付いているものもありました。
したがって、多くの医者が間質性肺炎発現の可能性を知らずに使い始め、
多くの犠牲者が出てしまいました。
しかし、その影で、イレッサのために
死の床から見事に蘇り、社会復帰まで果たすことができた、
犠牲者の何倍何十倍にもおよぶ患者さんが存在することについては、
ほとんど注目されませんでした。
イレッサの一件も、
裁判が起こされているようです。
製薬会社と国の早急な認可を非難しているようです。
私が知りうる範囲では、イレッサ発売当初は、
間質性肺炎がそれほど高頻度に起こることは予想されていなかったように思います。
そのような治験データは存在していないはずです。
日本人と欧米人の合計100名強の患者さんでの治験で(日本人が約半数)、
1名の間質性肺炎の発生報告があったように記憶しています。
副作用を知らずに亡くなられていかれた患者さんは、
本当にお気の毒です。
しかし、その何十倍もの患者さんがイレッサにより救われている事実はどのように解釈すればいいのでしょうか。
日本は先進国の中では、感染症の輸出大国として嫌われ者です。
日本人の考え方は、
「麻疹に罹り不幸にして死ぬことはやむを得ない、
しかし麻疹の予防注射の副作用で死ぬことは許されない」です。
これは、日本の予防注射の普及の遅れの原因になっている考え方です。
たしかに、予防注射の副作用で亡くなられる不幸な方が存在することは事実であり、
お気の毒なことです。
しかし、何百万人にも予防注射を行なえば、
その注射により麻疹にならず、
犠牲になられた方の何百倍・年千倍もの人間が死を免れることができます。
イレッサの保険適応は、発売当初から、
「切除不能肺ガン、および再発肺ガン」です。
切除不能肺ガン、再発肺ガンに対する標準的抗癌剤治療のエビデンスは、
当ブログでも何回も紹介しているとおり、極めて悲惨な数字しか出ていません。
半分の患者さんは確実に10ヶ月以内に死ぬ。
というデータ、エビデンスです。
また、このブログの一番最初の
1月10日「抗癌剤治療は有効に効いても長生きできない!?」
でも書いたとおり、抗癌剤治療では、
長い間、まったく延命効果さえ認められませんでした。
勿論、当時の抗癌剤治療でも、奏効率はゼロではなく、
ガンが縮小し、延命が得られた患者さんも存在していました。
それなのに「平均すると延命効果がない」ということは、
抗癌剤治療により寿命を縮めてしまった患者さんも存在するという事実に他なりません。
すなわち、抗癌剤治療の副作用、言い換えれば「抗癌剤の薬害により死亡」した訳です。
現在でもその副作用により死期を早める患者さんも少なくありません。
無治療の方が長生きできたと考えられる患者さんもたくさんおられます。
すなわち「抗癌剤の薬害」で亡くなられているわけです。
しかし、現在ではその犠牲の上に、僅か数ヶ月といえども、延命が可能になりました。
そして、それをエビデンスとして標準的抗癌剤治療が行なわれています。
標準的抗癌剤治療は私は、イイ治療だとは考えていませんが、
世界的に延命効果が認められた治療であることは間違いありません。
しかし、それを受けたがために「抗癌剤の薬害」で亡くなる患者さんも存在します。
それに対し、それを他人の責任にできるのでしょうか。
ガンは放置すれば死に至る病気です。
その治療により死期を早めることもあります。
それでも、患者さんは何らかの治療方法を選択しなければなりません。
それは、すべて患者さんの自己責任です。
ガン治療は、その性格から考え、
患者さんの自己責任抜きには考えられません。
本日は、一昨日の肝炎訴訟の判決から、
厚生労働省の幹部職員の恐ろしいコメントを新聞で見て、
また、イレッサ訴訟のこともアタマを過ぎり、
患者さんにも自己責任が必要ではないか、
との考えが浮かび勝手なことを書きました。
イレッサ裁判で、ヘンテコな判決が出て、
厚生労働省の動きが更に鈍くならないことを祈ります。
それは、「副作用により亡くなる患者さん」の何倍にもおよぶ、
「クスリが使えないがために亡くなられる不幸な患者さん」を生む結果につながります。
以上 文責 梅澤 充



