毎日、ガンの患者さんと接していると、イロイロなことを考えます。
その一つは、患者さんによる、人生観、生死感の相違です。
また、その人生、生死に対する感覚は、私自身の考えとも大きく違っています。
今日は、ガン、人生観、生死感の人間での違いについて私の考えを書きたいと思います。
ガン、人生観、生死感に対する考え方の人種格差
“生”に対する考え方は、それぞれの人種で違います。
日本人の様に「シニザマを美しく。」また「桜の様な散り方を潔良し。」と考える人種と、欧米人とでは大きく違います。
また、世界にはいまだに「将軍様に捧げる命」などという不思議な思想を持っている民族も存在しているようです。
全く理解できません。
その国民には、素晴らしい教育が子供の頃からなされた結果だと思います。
日本も、自由ばかりを与えるのではなく、多少は子供の頃に窮屈な道徳教育も必要ではないかと考えています。
自由や自分の権利だけを教えられた結果が、六本木のお金持ちの急発展・脱落・逮捕につながっているのではないでしょうか。。。
話は大きくそれましたが、
欧米人の様に「神様から授かった生命を最大限大切にする。」と考える人種では、ガンという病気について全ての、残酷とも言えるエビデンスを知った上で、少しでも延命効果が確認されているのであれば、いくら辛くても、進んで抗癌剤治療を受けるという患者さんが70%を超えるという調査データもあります。
日本では、そのような統計データはありませんし、それに対する調査すら行われていません。
日本では抗癌剤治療の現実が伏せられているのですから当然です。
もし、そのような調査が、日本で行われたら、何%程度の患者さんが、
「辛く苦しく、しかも実りの小さい治療」(2006年1月10日と17日の「癌剤治療は有効に効いても長生きできない」「情報公開」に記載)を「受ける」「受けたい」と答えるでしょうか。
非常に興味深いものがあります。
少なくとも、私自身と私の身内は拒否します。
私は、1987年から1989年までの2年間アメリカのシカゴと言う街の大学で働いていたことがあります。
その当時日本ではまだ、東京にある大学病院でも胃ガンの手術をする患者さんに「ガンではなく胃潰瘍だけど、出血が止まらなくなるから手術をしましょう。」
また乳がんの患者さんに「このシコリはまだガンではないけど、放っておくとガンになるから、手術が必要です。」などという、
“まやかしの説明”が一般的でしたが、アメリカでは、切除不能のガン患者さんに対しても全ての真実を明らかにしていました。
2006年1月16日に説明したような、残酷なまでのエビデンスを全部隠さず説明していました。(もっとも当時は現在ほどハッキリとしたたくさんのエビデンスは存在していませんでしたが・・・・)
はじめは、その落差にビックリしましたが、すぐに納得しました。
それはアメリカの病院には必ずチャペルがあり、十字架に括られたキリスト様が祭られているのです。
全ての真実を聞かされる。
時にはそれは死刑宣告のようなものもあるかも知れませんが、
それは「全て、我らが主イエスの与えし試練」と受け止めるようでした。
実際には、英語音痴の私にはそこまで突っ込んだ会話は理解出来ませんでしたが、その様に感じました。
しかし、クリスマスを祝った1週間後には神社に初詣に行って拍手(カシワデ)を打つ様な、私の様に宗教に対し殆ど節操の無い一般的な日本人に、全てを知らせることが正しいことか否か大いに疑問があります。
従って、日本の医者が、患者さんに対し全てを説明しないで治療をしているのは、その医者が、嘘つきな悪人だからではなく、患者さんに対し、「残酷な絶望的な現実を突きつけるのは、余りにも気の毒だ。」という、思い遣りの精神が基盤にあることは事実だと考えますし、そう信じたいと思います。
但し、言い方を変えて、患者さんにショックを与えないように、真実を伝えることは出来るはずですし、しなければならないとも考えます。
少なくともインフォームドコンセントを口にしているような医者であれば、当然の義務のはずです。
しかし逆に最近では、特に大学病院や○○がんセンターの若い医者などでは、何の前置きもなく、患者さんが心の準備も出来ていないうちに、極めて悲惨な事実だけを冷徹に言い放ち、涼しい顔をしている医者も大勢出てきました。
欧米の影響でしょうが、宗教観、人生観の全く違う人間に対して、もう少し思い遣りのある言い方を考えるべきだと思っています。
アメリカの医療は、学ぶべきところもたくさんあります。
追従するべき内容もあります。
しかし、日本とは、歴史も文化も違います。
第一、医療に対する予算も比較になりません。
それぞれのお国事情があります。
生死という、極めて大きく人間の感情が働く病に対しては、
その国で長年培われた文化・歴史に根ざした医療が必要ではないでしょうか。
そこには患者さんに対する心遣いが絶対に必要ではないでしょうか。
それが、日本の文化であるように思います。
私が、診ていた患者さんもNHKが絶賛する某がんセンターで
「あなたが1年後に生きている確立は“ゼロ”パーセントです。でも、抗癌剤治療を受ければ、何もしないよりは多少は長生きができます。」と宣告され、私のところへ逃げてきました。
私のところへ来る前は、インチキ免疫治療クリニックに行っています。
この宣告は確かにウソではないかも知れません、
しかし、患者さんはそれを聞いたら逃げだし、
“死ぬことがハッキリしているエビデンス”がある治療よりも、
“効果があるというエビデンス”は無い代わりに、
“死ぬことがハッキリしているエビデンス”も無い治療法を必死に探すと思います。
その結果、全くエビデンスの無い、いかがわしいインチキ免疫治療クリニックに辿り着いてしまいました。(そのクリニックからは、私がすぐに救出しました)
残念ながら、その患者さんは私の元で治療を開始後2年と1ヶ月で亡くなられましたが、最期まで入院することはなく、2年間近く仕事も続けられ、ご自身の最期を悟られた時も満足されていました。
その患者さんに対しても、私は、治るとは一言も言いませんでした。
逆に、「治らない。」「ガン同居しましょう。」とは何回も言いました。
しかし、“死ぬ”とは一度も言いませんでした。
言い方、説明の仕方は、いくらでもあると思います。
そして、その言葉に対して、如何に判断するかは、患者さんの人生観、生死感から判断すればいいことだと考えています。
患者さんも、医者の言葉を、余り真面目にそのままストレートに受け取らないで、
ご自身でよく咀嚼してから、心に留めて下さい。
追記
本日も、ブログを探索していたら、
作者は不明ですが、貴重な情報発信基地を見つけました。
「医者から詳しく聞かされない医療情報」と題されたブログです。
http://blog.goo.ne.jp/secondopinion/
少々難しい言葉も使われていますが、重要な内容です。
頑張って理解して肥やしにして下さい。
以上 文責 梅澤 充
その一つは、患者さんによる、人生観、生死感の相違です。
また、その人生、生死に対する感覚は、私自身の考えとも大きく違っています。
今日は、ガン、人生観、生死感の人間での違いについて私の考えを書きたいと思います。
ガン、人生観、生死感に対する考え方の人種格差
“生”に対する考え方は、それぞれの人種で違います。
日本人の様に「シニザマを美しく。」また「桜の様な散り方を潔良し。」と考える人種と、欧米人とでは大きく違います。
また、世界にはいまだに「将軍様に捧げる命」などという不思議な思想を持っている民族も存在しているようです。
全く理解できません。
その国民には、素晴らしい教育が子供の頃からなされた結果だと思います。
日本も、自由ばかりを与えるのではなく、多少は子供の頃に窮屈な道徳教育も必要ではないかと考えています。
自由や自分の権利だけを教えられた結果が、六本木のお金持ちの急発展・脱落・逮捕につながっているのではないでしょうか。。。
話は大きくそれましたが、
欧米人の様に「神様から授かった生命を最大限大切にする。」と考える人種では、ガンという病気について全ての、残酷とも言えるエビデンスを知った上で、少しでも延命効果が確認されているのであれば、いくら辛くても、進んで抗癌剤治療を受けるという患者さんが70%を超えるという調査データもあります。
日本では、そのような統計データはありませんし、それに対する調査すら行われていません。
日本では抗癌剤治療の現実が伏せられているのですから当然です。
もし、そのような調査が、日本で行われたら、何%程度の患者さんが、
「辛く苦しく、しかも実りの小さい治療」(2006年1月10日と17日の「癌剤治療は有効に効いても長生きできない」「情報公開」に記載)を「受ける」「受けたい」と答えるでしょうか。
非常に興味深いものがあります。
少なくとも、私自身と私の身内は拒否します。
私は、1987年から1989年までの2年間アメリカのシカゴと言う街の大学で働いていたことがあります。
その当時日本ではまだ、東京にある大学病院でも胃ガンの手術をする患者さんに「ガンではなく胃潰瘍だけど、出血が止まらなくなるから手術をしましょう。」
また乳がんの患者さんに「このシコリはまだガンではないけど、放っておくとガンになるから、手術が必要です。」などという、
“まやかしの説明”が一般的でしたが、アメリカでは、切除不能のガン患者さんに対しても全ての真実を明らかにしていました。
2006年1月16日に説明したような、残酷なまでのエビデンスを全部隠さず説明していました。(もっとも当時は現在ほどハッキリとしたたくさんのエビデンスは存在していませんでしたが・・・・)
はじめは、その落差にビックリしましたが、すぐに納得しました。
それはアメリカの病院には必ずチャペルがあり、十字架に括られたキリスト様が祭られているのです。
全ての真実を聞かされる。
時にはそれは死刑宣告のようなものもあるかも知れませんが、
それは「全て、我らが主イエスの与えし試練」と受け止めるようでした。
実際には、英語音痴の私にはそこまで突っ込んだ会話は理解出来ませんでしたが、その様に感じました。
しかし、クリスマスを祝った1週間後には神社に初詣に行って拍手(カシワデ)を打つ様な、私の様に宗教に対し殆ど節操の無い一般的な日本人に、全てを知らせることが正しいことか否か大いに疑問があります。
従って、日本の医者が、患者さんに対し全てを説明しないで治療をしているのは、その医者が、嘘つきな悪人だからではなく、患者さんに対し、「残酷な絶望的な現実を突きつけるのは、余りにも気の毒だ。」という、思い遣りの精神が基盤にあることは事実だと考えますし、そう信じたいと思います。
但し、言い方を変えて、患者さんにショックを与えないように、真実を伝えることは出来るはずですし、しなければならないとも考えます。
少なくともインフォームドコンセントを口にしているような医者であれば、当然の義務のはずです。
しかし逆に最近では、特に大学病院や○○がんセンターの若い医者などでは、何の前置きもなく、患者さんが心の準備も出来ていないうちに、極めて悲惨な事実だけを冷徹に言い放ち、涼しい顔をしている医者も大勢出てきました。
欧米の影響でしょうが、宗教観、人生観の全く違う人間に対して、もう少し思い遣りのある言い方を考えるべきだと思っています。
アメリカの医療は、学ぶべきところもたくさんあります。
追従するべき内容もあります。
しかし、日本とは、歴史も文化も違います。
第一、医療に対する予算も比較になりません。
それぞれのお国事情があります。
生死という、極めて大きく人間の感情が働く病に対しては、
その国で長年培われた文化・歴史に根ざした医療が必要ではないでしょうか。
そこには患者さんに対する心遣いが絶対に必要ではないでしょうか。
それが、日本の文化であるように思います。
私が、診ていた患者さんもNHKが絶賛する某がんセンターで
「あなたが1年後に生きている確立は“ゼロ”パーセントです。でも、抗癌剤治療を受ければ、何もしないよりは多少は長生きができます。」と宣告され、私のところへ逃げてきました。
私のところへ来る前は、インチキ免疫治療クリニックに行っています。
この宣告は確かにウソではないかも知れません、
しかし、患者さんはそれを聞いたら逃げだし、
“死ぬことがハッキリしているエビデンス”がある治療よりも、
“効果があるというエビデンス”は無い代わりに、
“死ぬことがハッキリしているエビデンス”も無い治療法を必死に探すと思います。
その結果、全くエビデンスの無い、いかがわしいインチキ免疫治療クリニックに辿り着いてしまいました。(そのクリニックからは、私がすぐに救出しました)
残念ながら、その患者さんは私の元で治療を開始後2年と1ヶ月で亡くなられましたが、最期まで入院することはなく、2年間近く仕事も続けられ、ご自身の最期を悟られた時も満足されていました。
その患者さんに対しても、私は、治るとは一言も言いませんでした。
逆に、「治らない。」「ガン同居しましょう。」とは何回も言いました。
しかし、“死ぬ”とは一度も言いませんでした。
言い方、説明の仕方は、いくらでもあると思います。
そして、その言葉に対して、如何に判断するかは、患者さんの人生観、生死感から判断すればいいことだと考えています。
患者さんも、医者の言葉を、余り真面目にそのままストレートに受け取らないで、
ご自身でよく咀嚼してから、心に留めて下さい。
追記
本日も、ブログを探索していたら、
作者は不明ですが、貴重な情報発信基地を見つけました。
「医者から詳しく聞かされない医療情報」と題されたブログです。
http://blog.goo.ne.jp/secondopinion/
少々難しい言葉も使われていますが、重要な内容です。
頑張って理解して肥やしにして下さい。
以上 文責 梅澤 充



