先日、夜のニュースバラエティー番組で、
サルに似た顔をして、バラエティー番組に出まくっている
中年のオバサンに人気があるというコメディアンかアナウンサー判らない
軽薄な人間が出演していました。
兵庫県明石市の人工砂浜で突然起きた砂浜の陥没事故で
当時4歳の少女が死んだ事件に対して、
行政当局者の4人に対して業務上過失致死が問われた裁判で、
「砂浜陥没による死亡事故を予見することは不可能、4人には過失責任は無い。」
との無罪判決が出ました。
土木工学の専門家の、
「当時の異常な前例の無い陥没事故を予測することは不可能」
との認定を受けての判決です。
たしかに、同事件の民事裁判では、
国と明石市が責任を認めて、
遺族に謝罪し賠償金を支払い和解しています。
しかし刑事裁判では、
立派に無罪判決が出たのです。
それに対し、
裁判官でもないサルのような顔をした軽薄・口軽男が、
「行政当局には明らかに責任がある。司法の判断が間違っている。」
と鼻の穴を膨らませて口角泡を飛ばし絶叫していました。
その男は、興奮して喋ることで、
世のオバサンたちに人気があるようですが、
少々人気が出ると、
何でも言って良いかのように勘違いしているようです。
行政の責任にすることは、
一般庶民受けをするとでも思ったのでしょう。
6月23日の「自己責任」
6月24日の「自己責任」(2)
でも書いたように、
ある事件に対して、自己の責任を考えるより先に、
何でもかんでも他人の責任を追及する風潮に問題はないでしょうか。
この風潮は、ガン患者さんの治療にも直接結びつきます。
とても大切なことなので、再度書きます。
まったく責任は無いと思います。
神様の気まぐれではないでしょうか。
神様には責任を問えませんから、
誰かを生け贄にしなければならないのでしょうか。
このようなニュースを見るたび何時も、思い出すのが、
割り箸で、脳を突き刺し死亡した男の子の事件です。
さかんに、「医者の無罪を不当な判決」だと煽っていたあるマスコミの人間に、
「あの事件で子供が死んだのは、親の責任でしょ、主犯は母親だろ。」
「医者の無罪判決を聞いて泣きじゃくる母親をあれだけ強調するのはおかしい。」
と言ったところ、
その番組を作ったマスコミの人間は、
「実は、私もそのとおりだと思います。」
「私が、子供の時は、棒に付いた飴を舐める時は、こうやって、
棒を横にして舐めなさい、と母親から注意されましたからね、
まして、モノをくわえながら走り回るなんてことをしたら、
親に怒鳴られましたよ。」
と、アッサリ認めていました。
どうも、他人に責任を取らせることで今の日本人は満足するようです。
お子さんを失った悲しみは、察するに余りあります。
しかし、その責任を他人に転嫁するのは、
明らかにお門違いだと考えます。
現在、手術不能の膵ガンで、
ジェムザールを使い順調に経過している患者さんを観ています。
しかし、そのジェムザールが原因と思われる間質性肺炎を合併してしまいました。
イレッサの死亡事故ですっかり有名になった間質性肺炎です。
幸い、1週間ほどの入院で間質性肺炎は無事に軽快し、
事無きを得ましたが、
今後の治療に悩みます。
幸い、保険適応はありませんが経口抗癌剤だけでも
膵ガンの進行は止まり、小康状態が保たれていますが、
いずれそれは効かなくなります。
そのときジェムザールをどうするか?
ステロイドを使い間質性肺炎の発生を抑えながら、
使うのしかありません。
しかし、それを行い間質性肺炎が再発し、
命を落とすようなことになれば、
私の立場はどうなるでしょうか。
患者さんは、大学病院をはじめ3つの病院で
「あと3ヶ月しか持ちません」と宣告された方で、
その3ヶ月が過ぎた現在はとても元気になり、
ご自身の状況を良く判断されていますので、
つまらないことを言い出すような人ではないのですが、
間質性肺炎を合併して入院しただけで、
「何かあったら、出るとこに出てやる」
と息巻くご家族がおられます。
ジェムザールを使わずに亡くなられたならば、
「何故、膵ガンに絶対必要なジェムザールを使わないのだ。」
と言われるでしょう。
もし、ジェムザールを使って間質性肺炎で亡くなられたら、
「何故、危険が判っているクスリを使ったのだ。」
と責めてくるでしょう。
「うちでは診ることはできません。他の病院で診てもらって下さい。」
が、最善の方法でしょうか。
この、責任転嫁の風潮は、
患者さんの治療の幅を大きく縮めます。
ガンが発生したのは、誰の責任でもありません。
そしてその治療の結果は、
ご自身およびご家族でしっかり責任を負われる態度が無いと、
医者は逃げます。
梅澤 充
サルに似た顔をして、バラエティー番組に出まくっている
中年のオバサンに人気があるというコメディアンかアナウンサー判らない
軽薄な人間が出演していました。
兵庫県明石市の人工砂浜で突然起きた砂浜の陥没事故で
当時4歳の少女が死んだ事件に対して、
行政当局者の4人に対して業務上過失致死が問われた裁判で、
「砂浜陥没による死亡事故を予見することは不可能、4人には過失責任は無い。」
との無罪判決が出ました。
土木工学の専門家の、
「当時の異常な前例の無い陥没事故を予測することは不可能」
との認定を受けての判決です。
たしかに、同事件の民事裁判では、
国と明石市が責任を認めて、
遺族に謝罪し賠償金を支払い和解しています。
しかし刑事裁判では、
立派に無罪判決が出たのです。
それに対し、
裁判官でもないサルのような顔をした軽薄・口軽男が、
「行政当局には明らかに責任がある。司法の判断が間違っている。」
と鼻の穴を膨らませて口角泡を飛ばし絶叫していました。
その男は、興奮して喋ることで、
世のオバサンたちに人気があるようですが、
少々人気が出ると、
何でも言って良いかのように勘違いしているようです。
行政の責任にすることは、
一般庶民受けをするとでも思ったのでしょう。
6月23日の「自己責任」
6月24日の「自己責任」(2)
でも書いたように、
ある事件に対して、自己の責任を考えるより先に、
何でもかんでも他人の責任を追及する風潮に問題はないでしょうか。
この風潮は、ガン患者さんの治療にも直接結びつきます。
とても大切なことなので、再度書きます。
官僚的な医者の立場から見れば、
切除不能、再発ガン治療は、
標準的抗癌剤治療を行なっていくことが一番正しいとされている上、
医者にとってはいちばん楽です。
ただただ教科書の指示どおりに治療を遂行し、
クスリの量を間違えるなど、初歩的なミスさえ犯さなければ、
すべてありがたいエビデンスが責任を取ってくれます。
患者さんの運命は、ガンの進行とエビデンスにゆだねることができます。
患者さんがいくら副作用で苦しんでいても、
○○がんセンターの先生のようにコンピューター画面で血液データをチェックし、
患者さんの生命に危険がないことだけを確認して、
病室には行かずに、患者さんの苦しむ様子を見なければ医者の心が痛むこともありません。
患者さんが副作用でいくら吐いても辛くても死ぬことはありません。
生存期間中央値が12ヶ月とされているエビデンスの治療で、
もし患者さんが2ヶ月亡くなられても、
それもエビデンスです。
一方、標準的ではない治療を行なったとき、
すなわちエビデンスが無い治療を行なったときには、
エビデンスのある治療での生存期間中央値が○○ヶ月であった場合、
その数字より長く元気でいてくれれば、
医者は責任を追及されることはないと思います。
しかし、それより短かった場合には、
「何故エビデンスのある治療を行なわなかったのだ」
「エビデンスのある標準的抗癌剤治療を行なっていたら○○ヶ月は生きられたはずだ」
と、責任を追及される恐れがあります。
まったく責任は無いと思います。
神様の気まぐれではないでしょうか。
神様には責任を問えませんから、
誰かを生け贄にしなければならないのでしょうか。
このようなニュースを見るたび何時も、思い出すのが、
割り箸で、脳を突き刺し死亡した男の子の事件です。
さかんに、「医者の無罪を不当な判決」だと煽っていたあるマスコミの人間に、
「あの事件で子供が死んだのは、親の責任でしょ、主犯は母親だろ。」
「医者の無罪判決を聞いて泣きじゃくる母親をあれだけ強調するのはおかしい。」
と言ったところ、
その番組を作ったマスコミの人間は、
「実は、私もそのとおりだと思います。」
「私が、子供の時は、棒に付いた飴を舐める時は、こうやって、
棒を横にして舐めなさい、と母親から注意されましたからね、
まして、モノをくわえながら走り回るなんてことをしたら、
親に怒鳴られましたよ。」
と、アッサリ認めていました。
どうも、他人に責任を取らせることで今の日本人は満足するようです。
お子さんを失った悲しみは、察するに余りあります。
しかし、その責任を他人に転嫁するのは、
明らかにお門違いだと考えます。
現在、手術不能の膵ガンで、
ジェムザールを使い順調に経過している患者さんを観ています。
しかし、そのジェムザールが原因と思われる間質性肺炎を合併してしまいました。
イレッサの死亡事故ですっかり有名になった間質性肺炎です。
幸い、1週間ほどの入院で間質性肺炎は無事に軽快し、
事無きを得ましたが、
今後の治療に悩みます。
幸い、保険適応はありませんが経口抗癌剤だけでも
膵ガンの進行は止まり、小康状態が保たれていますが、
いずれそれは効かなくなります。
そのときジェムザールをどうするか?
ステロイドを使い間質性肺炎の発生を抑えながら、
使うのしかありません。
しかし、それを行い間質性肺炎が再発し、
命を落とすようなことになれば、
私の立場はどうなるでしょうか。
患者さんは、大学病院をはじめ3つの病院で
「あと3ヶ月しか持ちません」と宣告された方で、
その3ヶ月が過ぎた現在はとても元気になり、
ご自身の状況を良く判断されていますので、
つまらないことを言い出すような人ではないのですが、
間質性肺炎を合併して入院しただけで、
「何かあったら、出るとこに出てやる」
と息巻くご家族がおられます。
ジェムザールを使わずに亡くなられたならば、
「何故、膵ガンに絶対必要なジェムザールを使わないのだ。」
と言われるでしょう。
もし、ジェムザールを使って間質性肺炎で亡くなられたら、
「何故、危険が判っているクスリを使ったのだ。」
と責めてくるでしょう。
「うちでは診ることはできません。他の病院で診てもらって下さい。」
が、最善の方法でしょうか。
この、責任転嫁の風潮は、
患者さんの治療の幅を大きく縮めます。
ガンが発生したのは、誰の責任でもありません。
そしてその治療の結果は、
ご自身およびご家族でしっかり責任を負われる態度が無いと、
医者は逃げます。
梅澤 充



