8月25日の「病院の使い分け」で紹介した患者さんが再診で来られました。
胃ガンの術後の患者さんです。
手術をした大学病院で邪険にされ、
不遜な態度に嫌気が差し、
居住地の近くの町田胃腸病院に移りたいと言われて
来られた患者さんです。
その大学病院の主治医に、
「自宅近くの病院でセカンドオピニオンを受けたい。
自分の治療経過を書類にして欲しい。」
と申し出たところ、
「何でそんなことをするのか?」
「そんなものは書かない。」
「この病院で十分に診ることはできる。」
と居丈だけに叱られたそうです。
しかし、それでも患者さんが、
「やはり自宅近くの病院がイイ」と粘ると、
今度は、一転して、
「1年間は、手術をしたこの病院で経過を診させて欲しい。」
と懇願してきたそうです。
何故こんなに変わるのでしょうか。
その患者さんの胃ガンは、
その大学の主任教授が執刀医であり、
若い現在の主治医である医局員としては
最高の上司である主任教授の患者さんを他の病院に行かせたとなると、
医局での立場が危うくなるのかも知れません。
大学病院の医局内の強い縦のつながりの弊害かもしれません。
しかし、その若い主治医が
患者さんのことを思って治療していないことだけは間違いない事実のようです。
その主治医の目は患者さんではなく、
大学・医局という別の方向を向いて治療にあたってるようです。
あるいは、自分の治療が最善であるとでも勘違いをしているのかも知れません。
できるだけ多くの医者の目で診た方が、
より優れた治療を受けることができます。
患者さんのことを考えれば、
セカンドオピニオンを拒否する医者はいないはずです。
8月27日に、
全力投球という以前の問題で、
大学病院の医者の思い上がりを感じます。
私も、大学病院の医者でしたから、
医局のつながり、縛り、
などは十分に理解できるつもりです。
私も大学に席を置いていた時には、
思い上がっていたかも知れません。
また、大学にいるからには教授にならなければ
面白みがありません。
そのためには教授に逆らうこうとはできません。
患者さんの方より医局での立場に目が行ってしまうことも理解できます。
私は、大学勤務の大学院生 兼 研修医の時代に、
当時の主任教授に教授室に呼び出されことがあります。
何を叱られるのかと恐る恐る行ってみると、
いきなり、「ウメ、お前は年回りがイイ、俺の後を継げ」と言われました。
教授は、昼間から酔っ払っていたのか、
何を血迷ったのか判りませんが、
真剣に考えました。
一瞬、教授になろうなどと思いました。
しかし、その前に私の恩師で教授になって欲しい先生を応援し、
そのヒトが教授になり大きく失望しました。
教授になると、こうもヒトは変わるものかと・・・・
それを見て、大学には何の未練もなくなりました。
大学を離れました。
大学を離れるとつまらないシガラミがなくなり自由に行動できます。
また、大学の信じられないほどの薄給よりは、
少しはマシになります。
大学という狭い世界の中で、
井戸の中の蛙になっている医者もたくさんいます。
私も多分そうだったと思います。
言い訳になるかも知れませんが、
それは、ある程度仕方がないことです。
そこのところは、患者さんの方が察して、
誰のための治療なのかを十分に考えて、
上手く病院を利用して下さい。
大学からの派遣医師で成り立っている多くの大病院も
大学病院のような性格も持っています。
ご注意下さい。
何処の病院であっても「患者さんあっての病院」のはずなのですが、
現在の日本の大学、医療事情の問題から、
そうではない実情もたくさんあります。
以上 文責 梅澤 充
胃ガンの術後の患者さんです。
手術をした大学病院で邪険にされ、
不遜な態度に嫌気が差し、
居住地の近くの町田胃腸病院に移りたいと言われて
来られた患者さんです。
その大学病院の主治医に、
「自宅近くの病院でセカンドオピニオンを受けたい。
自分の治療経過を書類にして欲しい。」
と申し出たところ、
「何でそんなことをするのか?」
「そんなものは書かない。」
「この病院で十分に診ることはできる。」
と居丈だけに叱られたそうです。
しかし、それでも患者さんが、
「やはり自宅近くの病院がイイ」と粘ると、
今度は、一転して、
「1年間は、手術をしたこの病院で経過を診させて欲しい。」
と懇願してきたそうです。
何故こんなに変わるのでしょうか。
その患者さんの胃ガンは、
その大学の主任教授が執刀医であり、
若い現在の主治医である医局員としては
最高の上司である主任教授の患者さんを他の病院に行かせたとなると、
医局での立場が危うくなるのかも知れません。
大学病院の医局内の強い縦のつながりの弊害かもしれません。
しかし、その若い主治医が
患者さんのことを思って治療していないことだけは間違いない事実のようです。
その主治医の目は患者さんではなく、
大学・医局という別の方向を向いて治療にあたってるようです。
あるいは、自分の治療が最善であるとでも勘違いをしているのかも知れません。
できるだけ多くの医者の目で診た方が、
より優れた治療を受けることができます。
患者さんのことを考えれば、
セカンドオピニオンを拒否する医者はいないはずです。
8月27日に、
大学病院の方は、「セカンドオピニオンを受ける患者はもう診ないもんね」と言っている、全力投球をできない医師のようですね。
というコメントを頂きましたが、全力投球という以前の問題で、
大学病院の医者の思い上がりを感じます。
私も、大学病院の医者でしたから、
医局のつながり、縛り、
などは十分に理解できるつもりです。
私も大学に席を置いていた時には、
思い上がっていたかも知れません。
また、大学にいるからには教授にならなければ
面白みがありません。
そのためには教授に逆らうこうとはできません。
患者さんの方より医局での立場に目が行ってしまうことも理解できます。
私は、大学勤務の大学院生 兼 研修医の時代に、
当時の主任教授に教授室に呼び出されことがあります。
何を叱られるのかと恐る恐る行ってみると、
いきなり、「ウメ、お前は年回りがイイ、俺の後を継げ」と言われました。
教授は、昼間から酔っ払っていたのか、
何を血迷ったのか判りませんが、
真剣に考えました。
一瞬、教授になろうなどと思いました。
しかし、その前に私の恩師で教授になって欲しい先生を応援し、
そのヒトが教授になり大きく失望しました。
教授になると、こうもヒトは変わるものかと・・・・
それを見て、大学には何の未練もなくなりました。
大学を離れました。
大学を離れるとつまらないシガラミがなくなり自由に行動できます。
また、大学の信じられないほどの薄給よりは、
少しはマシになります。
大学という狭い世界の中で、
井戸の中の蛙になっている医者もたくさんいます。
私も多分そうだったと思います。
言い訳になるかも知れませんが、
それは、ある程度仕方がないことです。
そこのところは、患者さんの方が察して、
誰のための治療なのかを十分に考えて、
上手く病院を利用して下さい。
大学からの派遣医師で成り立っている多くの大病院も
大学病院のような性格も持っています。
ご注意下さい。
何処の病院であっても「患者さんあっての病院」のはずなのですが、
現在の日本の大学、医療事情の問題から、
そうではない実情もたくさんあります。
以上 文責 梅澤 充



