昨日は「楽しいコメント」を書きましたが、
頂いた長文のコメントを再読すると、
とても重要なことを書き忘れていました。
一部抜粋して再掲します。
「100年たっても、理想の統合医療は、姿を現すことはないでしょう。」
「統合医学」なる言葉が存在すること自体間違っています。
医学の目指すところは、
極めて単純「人類の幸福」であるはずです。
(私の大好きな国立がんセンターの謳い文句みたいですが・・・)
その目的のためならば、
洋の東西を問わないことは当たり前。
また、どの部門の人間の知恵も必要とするはずです。
医者だけではありません、生物学者、機械工学専門家、僧侶、落語家、法律家、
スポーツ選手などなどすべての人間の知恵が必要なはずです。
それが、何故か小さな政府ではありませんが、
アッチこっちで、小さな集団を作り、
その部落の仲間だけで自己満足しているように思えてなりません。
部落からはずれている人間は徹底的に無視する。
または、部落同士で水と油のみっともない喧嘩をする。
代替療法という部落の人だって間違いではないはずです。
その長はシッカリした考え方、
すなわち、チョット大げさですが
「人類の幸福のために」知恵を絞っているはずです。
私は、代替療法を否定するつもりは毛頭ありません。
上手く利用するべきだと考えています。
問題は、今の代替療法が、
患者さんが利用するものではなく、
悪徳商人が利用して、金儲けの道具になっていることです。
安保氏という人間は私はお会いしたことはありません。
氏の理論について、
今日は何も言いませんが、
氏の理論が、道具になっていることは事実だと思います。
今の代替療法は、
患者さんのための道具ではなく、
悪徳業者の道具として極めて重宝され、
善良な患者さんが、その道具の間違った使い方の犠牲者になっているのです。
「現医療体制側にいる人間、プライド捨てて、勇気を持って、
頻繁な意見交換が、今後は必要なのでは?」
まさに、そのとおりですが、
9月8日の「大学病院の思い上がり?」でも書いたとおり、
日本の医学を大きく支配している大学という、
部落ではなく、もっと小さなお城の中にいる人々にとっては、
そこの殿様の考えは天の声であり、
それに異論を唱えることなどできないのが現状です。
お城同士のいがみ合いもあります。
戦国時代さながらです。
本来の目的は何処かに飛んで行ってしまっています。
当然ながら、大学の存在そのものは全否定できるものではありません。
改革は必要ですが、大学の存在も絶対に必要です。
その改革には、相当の時間がかかることだと思います。
理想的な大学になる時には、
少なくとも私はすでに存在していないと思います。
良くも悪しくも戦後日本をここまで導いてきたのは自民党です。
半世紀以上まったく戦争を起こさなかった功績は讃えなければならないと思います。
今の日本の医療の基盤を作ってきたのは大学医学部によるところが
相当に大きいと思います。
その自民党も今度の総裁選挙では「一切お金は流れていない」と言われています。
今までは、お金が乱れ飛ぶ世界だったようですが、
大きく変わりました。
それは、民意を尊重しなければ党が存続できない時代になってきたことに気付いてからではないでしょうか。
どんなに動き難い組織でも、
それを動かすのは結局は民意ではないかと考えます。
医学会では、当然患者さんです。
患者さんの協力がなければ医学はまったく進歩しないのです。
また、下世話な話、
ある意味お客さんである患者さんが来なければ病院は成り立たないのです。
話は、大きくズレテしまいましたが、
患者さんが、病気に対する知識を付けて、
何度も書いているとおりシッカリと知識武装をして、
患者主導の治療選択をしていかなければならないと思います。
そのような、患者さん一人一人の自覚・行動が、
「統合医学」などという馬鹿げた言葉を消し去る一番の近道ではないでしょうか。
大学は、患者さんが変わらなければ、
永遠に変わりません。
何も知らない無知な患者さんは無視して、
水と油の馬鹿げた喧嘩は永遠に続くと思います。
再掲したコメントの中で、
大きく変わりつつあります。
保険の壁を無視すれば、診療の幅は大きく広がります。
意味は違いますが、これも、患者さんが自身が、
医療を動かしはじめている、一つの小さな現われかも知れません。
私見では、医療の構造改革には、
先ず、プライベートの医療保険を充実させることのように感じます。
9月12日にモンテ・クリストさんから頂いたコメントに
とても重要なことが書かれていましたので、
再度、書きました。
以上 文責 梅澤 充
頂いた長文のコメントを再読すると、
とても重要なことを書き忘れていました。
一部抜粋して再掲します。
お互いで、星の潰しあいをしていては、
100年たっても、理想の統合医療は、姿を現すことはないでしょう。
今、現在の保険診療制度の、難攻不落の堅い城を、
構造改革することは、至難であるとも、思います。
しかし、現状のガンに苦しむ人々が圧倒的に多いなか、
対処療法だけで、共存するにしても、完治を目指すにしても、
医師自体が、右往左往し、四苦八苦している状況で、
解決できるのでしょうか?
また、医師側は医師側で、多くの保険診療内での防波堤に護られながらも、
多くの患者さんが、合法的に、命を亡くされている現実。圧倒的多数。
要するに、代替医療側にいる人間、
また、現医療体制側にいる人間、プライド捨てて、勇気を持って、
頻繁な意見交換が、今後は必要なのでは?
水と油のケンカは、患者側として、みっともないったらありゃしない。
今、現在の保険診療内の医療が、有効な解決策を見出せない今、
それらを、補強すべく、
東洋医学、あるいは代替医療が出現してくるのは、当然です。
また、それらの新説に、
ここぞとばかりビジネスを企む人々が群がってくるのも、
資本主義経済からいって、当然の事象です。
また、逆に、現在の保険診療制度に巣食う、ビジネスもたくさんあります。
これもまた、現状の資本主義経済からいって、当然の事象です。
「100年たっても、理想の統合医療は、姿を現すことはないでしょう。」
「統合医学」なる言葉が存在すること自体間違っています。
医学の目指すところは、
極めて単純「人類の幸福」であるはずです。
(私の大好きな国立がんセンターの謳い文句みたいですが・・・)
その目的のためならば、
洋の東西を問わないことは当たり前。
また、どの部門の人間の知恵も必要とするはずです。
医者だけではありません、生物学者、機械工学専門家、僧侶、落語家、法律家、
スポーツ選手などなどすべての人間の知恵が必要なはずです。
それが、何故か小さな政府ではありませんが、
アッチこっちで、小さな集団を作り、
その部落の仲間だけで自己満足しているように思えてなりません。
部落からはずれている人間は徹底的に無視する。
または、部落同士で水と油のみっともない喧嘩をする。
代替療法という部落の人だって間違いではないはずです。
その長はシッカリした考え方、
すなわち、チョット大げさですが
「人類の幸福のために」知恵を絞っているはずです。
私は、代替療法を否定するつもりは毛頭ありません。
上手く利用するべきだと考えています。
問題は、今の代替療法が、
患者さんが利用するものではなく、
悪徳商人が利用して、金儲けの道具になっていることです。
安保氏という人間は私はお会いしたことはありません。
氏の理論について、
今日は何も言いませんが、
氏の理論が、道具になっていることは事実だと思います。
今の代替療法は、
患者さんのための道具ではなく、
悪徳業者の道具として極めて重宝され、
善良な患者さんが、その道具の間違った使い方の犠牲者になっているのです。
「現医療体制側にいる人間、プライド捨てて、勇気を持って、
頻繁な意見交換が、今後は必要なのでは?」
まさに、そのとおりですが、
9月8日の「大学病院の思い上がり?」でも書いたとおり、
日本の医学を大きく支配している大学という、
部落ではなく、もっと小さなお城の中にいる人々にとっては、
そこの殿様の考えは天の声であり、
それに異論を唱えることなどできないのが現状です。
お城同士のいがみ合いもあります。
戦国時代さながらです。
本来の目的は何処かに飛んで行ってしまっています。
当然ながら、大学の存在そのものは全否定できるものではありません。
改革は必要ですが、大学の存在も絶対に必要です。
その改革には、相当の時間がかかることだと思います。
理想的な大学になる時には、
少なくとも私はすでに存在していないと思います。
良くも悪しくも戦後日本をここまで導いてきたのは自民党です。
半世紀以上まったく戦争を起こさなかった功績は讃えなければならないと思います。
今の日本の医療の基盤を作ってきたのは大学医学部によるところが
相当に大きいと思います。
その自民党も今度の総裁選挙では「一切お金は流れていない」と言われています。
今までは、お金が乱れ飛ぶ世界だったようですが、
大きく変わりました。
それは、民意を尊重しなければ党が存続できない時代になってきたことに気付いてからではないでしょうか。
どんなに動き難い組織でも、
それを動かすのは結局は民意ではないかと考えます。
医学会では、当然患者さんです。
患者さんの協力がなければ医学はまったく進歩しないのです。
また、下世話な話、
ある意味お客さんである患者さんが来なければ病院は成り立たないのです。
話は、大きくズレテしまいましたが、
患者さんが、病気に対する知識を付けて、
何度も書いているとおりシッカリと知識武装をして、
患者主導の治療選択をしていかなければならないと思います。
そのような、患者さん一人一人の自覚・行動が、
「統合医学」などという馬鹿げた言葉を消し去る一番の近道ではないでしょうか。
大学は、患者さんが変わらなければ、
永遠に変わりません。
何も知らない無知な患者さんは無視して、
水と油の馬鹿げた喧嘩は永遠に続くと思います。
再掲したコメントの中で、
今、現在の保険診療制度の、難攻不落の堅い城を、
構造改革することは、至難であるとも、思います。
大きく変わりつつあります。
保険の壁を無視すれば、診療の幅は大きく広がります。
意味は違いますが、これも、患者さんが自身が、
医療を動かしはじめている、一つの小さな現われかも知れません。
私見では、医療の構造改革には、
先ず、プライベートの医療保険を充実させることのように感じます。
9月12日にモンテ・クリストさんから頂いたコメントに
とても重要なことが書かれていましたので、
再度、書きました。
以上 文責 梅澤 充



