現在では、個々の遺伝子に合わせた治療を指すことも多いのですが、
生活様式、思想信条、そして病気の性質まですべて違う患者さん個々に合わせて行われる治療をテーラーメイド治療といいます。
そのような考え方の治療はかつては推奨されていたように思っていましたが、
12月10日の「がん難民 報道の真意?」でも書いたように、
日本の医療はひたすら画一化に突き進んでいるように思えます。
チョットだけ医療以外に目を向けると、
例えばファッションの世界では、
昔の常識では考えられないような色の毛髪があったり、
指の爪にわざわざお金をかけて絵を描く人もいたり、
センスの無い私には、奇妙・奇天烈としか思えない奇抜な服装と、
個人個人の思いのままにオシャレを楽しんでいます。
食の世界でも、
その個人の嗜好は皆大きく違い、
それぞれの好みに合わせて美食を楽しんでいます。
しかし、人が生きていくという
人間の権利の根幹をなすはずの病気の治療になると、
患者さんの個性を生かすことは許されなくなるようです。
日本人の三分の一はガンで亡くなります。
その治療には自由は許されなくなってきたようです。
さまざまな自由化が叫ばれるなか、
人の生死に関してはその自由を奪おうとする動きが感じられます。
「日本国民全員がガンを患ったら、受ける治療はすべて均一。」
という時代になりつつあるように思います。
日本人の約半分は一生涯のうち一度はガンに罹ります。
そして、国民の三分の一の人間は、その病のために死にます。
それほど重大な病気に対する治療が皆均一であって良いのでしょうか。
「それほど重大な疾病だから、
全国民均一な治療を施されなければならない。」
という事情も十分に分かります。
レベルの低い治療を受けなければならない地域があってはならないのは当然のことです。
最低医療レベルの引き上げは重要なことだと思います。
しかし、今の日本の中の動きは、
最低も最高もない、ただの均一化のように見えます。
少なくとも、ガンに対して「患者さんに合わせた治療の個別化」とは
まったく反対方向に向かっています。
3月10日の「ある腫瘍内科医の考え違い」
3月11日の「ガン治療の地域格差」などで書いたとおり、
誰でも何処でも同じ値段、同じ味で食べることのできる
安価で完全に均一な定食の提供だけを目指しているように思います。
そして、その標準的抗癌剤治療ができなくなると
「もはや治療方法はありません!」
との冷酷・無慈悲な宣告。
たしかに、国民の病気の治療に対しては、
国はある程度のお金は出さなければならず、
そして、それが日本人の半分が罹り、
三分の一が亡くなる病気ですから、
少しでも節約したいという考え方も分からなくはありません。
また、社会に対する生産性が無くなってしまった患者さんにお金はかけたくないという方針も理解できなくはありません。
と、いうよりも、国の政策としては当然のことかも知れません。
しかし、それでは満足できない患者さんも少なくはないはずです。
先日の「がん難民」報道(発表)は、
12月10日に「がん難民 報道の真意?」で書いたとおり、
均一治療に誘導したいという姿勢が露骨に見え、
あの数字は実情をあらわしているとは思えませんが、
「満足するガン治療を求めて彷徨う患者さん」は
日本全国では相当数に上ると思います。
当然ながら満足できない患者さんはどうすればイイのでしょうか。
効果があると信じ込まされて、
とても高額な代替療法に走ってしまう患者さんもいますが、
多くの賢い患者さんでは、
健康保険の範囲での治療を模索しています。
その結果、「がん難民」になられています。
今現在は、まだ標準的な治療でなくても、
例えば標準的には100mg使うところを10mg使うというような
保険の範囲であれば許してもらえますが、
(標準的治療より安ければ許される!)
将来的には、
標準治療からそれた治療では、
お国の世話にならずに、
自分のお金で治療を行うということになるように思います。
すなわち、健康保険は使わずに自費で治療を進める以外に
方法はなくなることが予想されます。
来春に、直腸・大腸ガン治療で保険適応が予定されているアバスチンも
標準的抗癌剤治療との併用でだけ健康保険が認められるようです。
それは、アバスチンでのエビデンスが、
標準的抗癌剤治療の併用でだけ得られているからです。
現在私が、アバスチンを使っている患者さんは
皆さん、とても標準的抗癌剤治療など行える全身状態ではありませんので、
当然ごく僅かな抗癌剤あるいは抗癌剤治療無しでのアバスチン使用です。
しかし、ハッキリと効果は認められています。
日本でアバスチンが保険適応になっても、
標準的抗癌剤治療ができない患者さんは、
指をくわえて見ているだけのようです。
目の前に存在が確認されるガンと
その患者さんの全身状態だけを診れば、
エビデンスなんか、
ドウでもイイように思うのですが、
お上は許してくれないようです。
エビデンスなど無くても、
目の前の患者さんに実際に効果が認められたならば、
それはどんなにありがたいエビデンスより優先されるべきだと思いますが・・・・
日本全国津々浦々何処の病院に行っても、
まったく同じ治療を行ってくれる。
というありがたい時代にひた走っているように思います。
「それがイヤなら、自費で治療してください!」
という天の声が聞こえるようです。
元気なうちから、ガッチリとガン保険に入るしかないのでしょうか・・・・
以上 文責 梅澤 充
生活様式、思想信条、そして病気の性質まですべて違う患者さん個々に合わせて行われる治療をテーラーメイド治療といいます。
そのような考え方の治療はかつては推奨されていたように思っていましたが、
12月10日の「がん難民 報道の真意?」でも書いたように、
日本の医療はひたすら画一化に突き進んでいるように思えます。
チョットだけ医療以外に目を向けると、
例えばファッションの世界では、
昔の常識では考えられないような色の毛髪があったり、
指の爪にわざわざお金をかけて絵を描く人もいたり、
センスの無い私には、奇妙・奇天烈としか思えない奇抜な服装と、
個人個人の思いのままにオシャレを楽しんでいます。
食の世界でも、
その個人の嗜好は皆大きく違い、
それぞれの好みに合わせて美食を楽しんでいます。
しかし、人が生きていくという
人間の権利の根幹をなすはずの病気の治療になると、
患者さんの個性を生かすことは許されなくなるようです。
日本人の三分の一はガンで亡くなります。
その治療には自由は許されなくなってきたようです。
さまざまな自由化が叫ばれるなか、
人の生死に関してはその自由を奪おうとする動きが感じられます。
「日本国民全員がガンを患ったら、受ける治療はすべて均一。」
という時代になりつつあるように思います。
日本人の約半分は一生涯のうち一度はガンに罹ります。
そして、国民の三分の一の人間は、その病のために死にます。
それほど重大な病気に対する治療が皆均一であって良いのでしょうか。
「それほど重大な疾病だから、
全国民均一な治療を施されなければならない。」
という事情も十分に分かります。
レベルの低い治療を受けなければならない地域があってはならないのは当然のことです。
最低医療レベルの引き上げは重要なことだと思います。
しかし、今の日本の中の動きは、
最低も最高もない、ただの均一化のように見えます。
少なくとも、ガンに対して「患者さんに合わせた治療の個別化」とは
まったく反対方向に向かっています。
3月10日の「ある腫瘍内科医の考え違い」
3月11日の「ガン治療の地域格差」などで書いたとおり、
誰でも何処でも同じ値段、同じ味で食べることのできる
安価で完全に均一な定食の提供だけを目指しているように思います。
そして、その標準的抗癌剤治療ができなくなると
「もはや治療方法はありません!」
との冷酷・無慈悲な宣告。
たしかに、国民の病気の治療に対しては、
国はある程度のお金は出さなければならず、
そして、それが日本人の半分が罹り、
三分の一が亡くなる病気ですから、
少しでも節約したいという考え方も分からなくはありません。
また、社会に対する生産性が無くなってしまった患者さんにお金はかけたくないという方針も理解できなくはありません。
と、いうよりも、国の政策としては当然のことかも知れません。
しかし、それでは満足できない患者さんも少なくはないはずです。
先日の「がん難民」報道(発表)は、
12月10日に「がん難民 報道の真意?」で書いたとおり、
均一治療に誘導したいという姿勢が露骨に見え、
あの数字は実情をあらわしているとは思えませんが、
「満足するガン治療を求めて彷徨う患者さん」は
日本全国では相当数に上ると思います。
当然ながら満足できない患者さんはどうすればイイのでしょうか。
効果があると信じ込まされて、
とても高額な代替療法に走ってしまう患者さんもいますが、
多くの賢い患者さんでは、
健康保険の範囲での治療を模索しています。
その結果、「がん難民」になられています。
今現在は、まだ標準的な治療でなくても、
例えば標準的には100mg使うところを10mg使うというような
保険の範囲であれば許してもらえますが、
(標準的治療より安ければ許される!)
将来的には、
標準治療からそれた治療では、
お国の世話にならずに、
自分のお金で治療を行うということになるように思います。
すなわち、健康保険は使わずに自費で治療を進める以外に
方法はなくなることが予想されます。
来春に、直腸・大腸ガン治療で保険適応が予定されているアバスチンも
標準的抗癌剤治療との併用でだけ健康保険が認められるようです。
それは、アバスチンでのエビデンスが、
標準的抗癌剤治療の併用でだけ得られているからです。
現在私が、アバスチンを使っている患者さんは
皆さん、とても標準的抗癌剤治療など行える全身状態ではありませんので、
当然ごく僅かな抗癌剤あるいは抗癌剤治療無しでのアバスチン使用です。
しかし、ハッキリと効果は認められています。
日本でアバスチンが保険適応になっても、
標準的抗癌剤治療ができない患者さんは、
指をくわえて見ているだけのようです。
目の前に存在が確認されるガンと
その患者さんの全身状態だけを診れば、
エビデンスなんか、
ドウでもイイように思うのですが、
お上は許してくれないようです。
エビデンスなど無くても、
目の前の患者さんに実際に効果が認められたならば、
それはどんなにありがたいエビデンスより優先されるべきだと思いますが・・・・
日本全国津々浦々何処の病院に行っても、
まったく同じ治療を行ってくれる。
というありがたい時代にひた走っているように思います。
「それがイヤなら、自費で治療してください!」
という天の声が聞こえるようです。
元気なうちから、ガッチリとガン保険に入るしかないのでしょうか・・・・
以上 文責 梅澤 充



