12月17日の「やっぱりヤラセの架空番組?」
でもチョット書いた患者さんのご家族から相談を受けています。
そのガンにしては、
恐らく日本記録くらいに非常に若い年齢の患者さんです。
現在某国立病院で治療をしています。
私は「その病院での抗癌剤治療は死ぬことを前提とした治療であり、
まだ、その患者さんには根治の可能性も残されており、続けるべきではないと考えます。」と説明しました。
そのことを、ご家族が主治医に話したところ、
「私に治療をさせて欲しい」
と頼まれたそうです。
その主治医の正直さにはビックリしました。
たしかに腫瘍内科医としては、
恐らくはじめてのケースで、
イロイロな治療を試してみたいと考えているのだと思います。
勿論、それは己の探究心を満たすためではなく、
患者さんのために最善を尽くしたいと考えてのことだと信じますが、
「治療をさせて欲しい」はないと思います。
標準的抗癌剤治療は確実に死に至る治療です。
死を前提とした治療です。
昨日の「ガン治療のオッズ」でも書きましたが、
まだ、長い平均余命の残された患者さんでは、
確率は低くとも、先ず第一に根治を目指すべきだと考えます。
そのために最大限の努力をして、
それが叶わないことが確定してしまったならば、
延命することを考えるべきだと思います。
「今まで診てもらった先生に申し訳ないから、セカンドオピニオンなど行けない」
「先生に悪いから、今の病院でいい」
などという患者さんやご家族をよく見ます。
誰のための、誰の病気の治療なのでしょうか。
本当に日本人の優しさ、奥ゆかしさを感じますが、
同時に呆れてしまいます。
病院選び、治療の選択は、
デパートや専門店を選ぶのと同じです。
品物の良さ、値段、お店までの距離などなど、
判断基準はイロイロとあるはずですが、
店員に気兼ねしてお店を決める人はいないと思います。
病院の医者はその病院の一店員に過ぎません。
誰のために治療を行うのか、再度良く考え直した方がいいと思います。
また、「誰のための治療か」という疑問には、もう一つの意味があります。
メールで質問を頂いています。内容をかいつまんで要約します。
少なくとも、患者さんは「生きていたい」という意思はなさそうですから、
患者さんのための治療ではないように思います。
患者さんのためでなければ、
ご家族のための治療ということになりますが、
それが正しいことでしょうか。
12月14日の「抗癌剤治療が不可能な患者さん」で書いたのは、
「まだ生きていたい」と願っているものの、
それが叶わない患者さんです。
ご相談の患者さんは「抗癌剤治療が不可能な患者さん」ではなく、
私ならば、「抗癌剤治療はしない患者さん」です。
人間の根源を司る脳の働きが、
生命を維持するだけの状態にまで低下してしまっている患者さんに対して、
延命治療を行うことに何か意義があるでしょうか。
自分の身内であれば、その状態ではけっして治療は行いません。
その患者さんがお元気なうちに
「最期の最期まで延命治療を行ってくれ」という
遺書(?)でもあれば治療を行うべきなのかも知れませんが、
そのような延命希望をお持ちの方は見たことがありません。
その逆のことをお元気なうちに言われている患者さんは多数知っています。
多くの日本人は「苦しむことなく」「散り際は潔く」と考えているように感じます。
ご家族の満足のためだけの治療は
少なくとも私は行いません。
お断りしています。
誰のための治療か?
それは、言うまでもなく、
医者のためでも、ご家族のためでもありません。
患者さん自身のためです。
患者さんご自身でお考えください。
以上 文責 梅澤 充
追記:12月17日の「やっぱりヤラセの架空番組?」で書いたNHKのことで、
NHKの職員のご家族の方から、
「全国民に均一なガン治療・標準的抗癌剤治療を推進させたい」
という国の思惑が露骨に見える
NHKのガン治療の番組にはとても賛同できませんし、
おかしなところはこれからもドンドン指摘していきたいと思います。
しかし、その他全般については、チョット言い過ぎました。
まじめな職員もたくさん(ほとんど)いるそうです。
お詫びいたします。
でもチョット書いた患者さんのご家族から相談を受けています。
そのガンにしては、
恐らく日本記録くらいに非常に若い年齢の患者さんです。
現在某国立病院で治療をしています。
私は「その病院での抗癌剤治療は死ぬことを前提とした治療であり、
まだ、その患者さんには根治の可能性も残されており、続けるべきではないと考えます。」と説明しました。
そのことを、ご家族が主治医に話したところ、
「私に治療をさせて欲しい」
と頼まれたそうです。
その主治医の正直さにはビックリしました。
たしかに腫瘍内科医としては、
恐らくはじめてのケースで、
イロイロな治療を試してみたいと考えているのだと思います。
勿論、それは己の探究心を満たすためではなく、
患者さんのために最善を尽くしたいと考えてのことだと信じますが、
「治療をさせて欲しい」はないと思います。
標準的抗癌剤治療は確実に死に至る治療です。
死を前提とした治療です。
昨日の「ガン治療のオッズ」でも書きましたが、
まだ、長い平均余命の残された患者さんでは、
確率は低くとも、先ず第一に根治を目指すべきだと考えます。
そのために最大限の努力をして、
それが叶わないことが確定してしまったならば、
延命することを考えるべきだと思います。
「今まで診てもらった先生に申し訳ないから、セカンドオピニオンなど行けない」
「先生に悪いから、今の病院でいい」
などという患者さんやご家族をよく見ます。
誰のための、誰の病気の治療なのでしょうか。
本当に日本人の優しさ、奥ゆかしさを感じますが、
同時に呆れてしまいます。
病院選び、治療の選択は、
デパートや専門店を選ぶのと同じです。
品物の良さ、値段、お店までの距離などなど、
判断基準はイロイロとあるはずですが、
店員に気兼ねしてお店を決める人はいないと思います。
病院の医者はその病院の一店員に過ぎません。
誰のために治療を行うのか、再度良く考え直した方がいいと思います。
また、「誰のための治療か」という疑問には、もう一つの意味があります。
メールで質問を頂いています。内容をかいつまんで要約します。
77歳の父が、抗癌剤治療を続けているときに脳梗塞になり、呼びかけても反応も無く、意思の疎通もできない状態になった。
胃に穴を開けそこから栄養を入れている。
主治医から、今後退院をして抗癌剤治療は行わないと説明された。
父もやはりブログで書かれている「抗癌剤治療が不可能な患者」なのでしょうか。
少なくとも、患者さんは「生きていたい」という意思はなさそうですから、
患者さんのための治療ではないように思います。
患者さんのためでなければ、
ご家族のための治療ということになりますが、
それが正しいことでしょうか。
12月14日の「抗癌剤治療が不可能な患者さん」で書いたのは、
「まだ生きていたい」と願っているものの、
それが叶わない患者さんです。
ご相談の患者さんは「抗癌剤治療が不可能な患者さん」ではなく、
私ならば、「抗癌剤治療はしない患者さん」です。
人間の根源を司る脳の働きが、
生命を維持するだけの状態にまで低下してしまっている患者さんに対して、
延命治療を行うことに何か意義があるでしょうか。
自分の身内であれば、その状態ではけっして治療は行いません。
その患者さんがお元気なうちに
「最期の最期まで延命治療を行ってくれ」という
遺書(?)でもあれば治療を行うべきなのかも知れませんが、
そのような延命希望をお持ちの方は見たことがありません。
その逆のことをお元気なうちに言われている患者さんは多数知っています。
多くの日本人は「苦しむことなく」「散り際は潔く」と考えているように感じます。
ご家族の満足のためだけの治療は
少なくとも私は行いません。
お断りしています。
誰のための治療か?
それは、言うまでもなく、
医者のためでも、ご家族のためでもありません。
患者さん自身のためです。
患者さんご自身でお考えください。
以上 文責 梅澤 充
追記:12月17日の「やっぱりヤラセの架空番組?」で書いたNHKのことで、
NHKの職員のご家族の方から、
どこの会社にもおかしな人間がいるものです。全体を決め付けないでいただけないでしょうか。
私の知る限りの職員達は本当に一生懸命仕事に打ち込んでいます。高邁な理想を目指して真摯な態度で恐らくどこの方にも負けない多忙極まりない日々を番組作りに懸けています。
「全国民に均一なガン治療・標準的抗癌剤治療を推進させたい」
という国の思惑が露骨に見える
NHKのガン治療の番組にはとても賛同できませんし、
おかしなところはこれからもドンドン指摘していきたいと思います。
しかし、その他全般については、チョット言い過ぎました。
まじめな職員もたくさん(ほとんど)いるそうです。
お詫びいたします。



