新年も二日目です。
昨日も、町田胃腸病院に行きましたが、
すでに正月元旦から、
町田胃腸病院にセカンドオピニオンの予約の電話が入っているようです。
「今週(4日5日)はすでにいっぱい、来週以降ならまだ空いている」
と事務員が答えたところ、
「ナンとしても今週中に話を聞きたい、他の勤務病院を紹介して欲しい」
と言われていたそうです。
町田胃腸病院からかなり遠方にお住まいの方のようでした。
同じような考え方で治療をしている病院は多くは無いようです。
現在は、拙著で紹介した埼玉の病院はイロイロと問題があり今は行っておりません。
具体的な問題点については、間も無くご報告します。
現在は、町田胃腸病院以外では、
火曜日と土曜日に墨田区の白鬚橋病院という
当ブログの左袖にリンクしている病院に勤務しております。
そこでも、町田胃腸病院と同様に外来抗癌剤治療を行っております。
そちらもご利用ください。
ところで、この年末年始に、裏・表のコメントおよび直接のメールで
「梅澤のような考え方の治療をもっと多くの病院でしてもらえないものか」
という、希望が何通か寄せられています。
私のガン治療は、結果的に、金沢大学の高橋先生の提唱されている
休眠療法と同じような内容になっています。
それが、普及しない理由はいくつかあります。
一つは、
2006年6月23日の「自己責任」
2006年6月24日の「自己責任」(2)
をはじめ、昨年何回も書いたとおりに、
患者さん側に大きな責任があると思います。
「医療行為によりその結果が不幸なものに終わった場合、
その責任をすべて医者に負わせる。」
この体質が改善されない限り、
医者は自分を守るために、
医者にとって一番安全な治療だけを永遠に続けると思います。
その一番安全な治療を行い、
ガンが患者さんを殺してくれれば
誰も責任はありません。
それを、多くの患者さんが希望するようなエビデンスのない治療を行い、
当然の結果としてガンが患者さんを殺した場合、
「何故エビデンスの無い治療をしたのだ」
と責任を追及される可能性があります。
根治不能なガンは、いずれは最悪の結果が訪れます。
エビデンスのある治療だけを行い、
そのエビデンスどおりに○○カ月以内に患者さんが亡くなってくれれば、
悪いのはガンであり、医者には一切の責任は及びません。
昨年起きた癒着胎盤の手術で患者さんが亡くなったことにより、
その執刀医は逮捕されました。
「癒着胎盤の手術を行ったことが無いのに、執刀して、患者さんを死に至らしめた。」
というのが逮捕理由のようです。
マスコミが散々煽り立てた、一見至極真っ当な罪状です。
しかし、それを額面どおりに受け取めて良いのでしょうか。
「癒着胎盤とは極めて稀な病態であり、
それに対して手術経験のある医者の方が珍しい」
と、産婦人科の医者に聞きました。
そして、この癒着胎盤は手術を行わなければ確実に失血死する病態です。
逮捕された産婦人科医は、
とても運が悪いことに、強い正義感を持っていました。
「患者さんを救ってあげよう」などと
大それた、生意気なことを考えてしまいました。
「こんな田舎では、転送中に間違いなく失血死するだろうけど、
自分は経験が無いから、このまま何処かの大きな病院に送ろう。」
と、普通の医者として当然なことを考え、
「病気が患者さんを死なせてくれる手続き」さえ取れば、
産婦人科医は職務を全うしたことになり、
罪に問われることはありません。
現在の日本の社会では、医者は「逃げるが勝ち」です。
「診ない患者にタタリなし」です。
患者さんのためと分かっていても、
確証の無い治療を行うことは許されない社会のように感じます。
また、もっと酷かったのは、
ワタアメの割り箸を口に刺し、
それが脳に至り、子供が死んだ事件です。
当然のことながら、医者は無罪になりましたが、
何故、医者が責任を追及されなければいけないのでしょうか、
それも刑事事件としてです。
マスメディアは、最愛の子供を失った母親だけを
悲劇のヒロインとして祭りたてて、
医者が無罪になったことへの無念を誇張していました。
「子供に、長い棒状のものを咥えたまま走りまわらせていた」
その親には責任は無いのでしょうか。
子供に対して一種の虐待にはならないのでしょうか。
医者は逮捕されているのに、
何故母親ははじめから責任を追及されないのでしょうか。
子供をピストルで遊ばせておいて、
それが暴発して大怪我をさせておいて、
それを救命できなければ医者の責任になるのでしょうか。
子供にピストルを与え、遊ばせておくことに対しては、
一切責任が発生しないのが
日本の社会通念になっているようです。
すべて、最後の結果だけを受け持つ医者が
他人の責任を背負わされているようです。
昔は、そうではない「美しい国」であったように思います。
現在の日本のこのような社会風潮が続く限り、
患者さんの望むガン治療が広がりを見せることは有り得ないように思います。
自己責任を負わない体質が変化しない限り、
ご自身の望む治療を受けることは無理です。
医者への責任転嫁の姿勢がカケラでも見えたなら
医者はすぐに逃げます。
私にも、逃げている患者さんはいます。
それを望むときには、ご自身でその決意を文章にしたため、
それを主治医に見せる必要があるように思います。
勿論、休眠療法が広がりを見せないのは、
患者さんの自己責任だけの問題ではなく、
医者側の問題もありますが、
長くなりますので、それは後日にまわします。
以上 文責 梅澤 充
昨日も、町田胃腸病院に行きましたが、
すでに正月元旦から、
町田胃腸病院にセカンドオピニオンの予約の電話が入っているようです。
「今週(4日5日)はすでにいっぱい、来週以降ならまだ空いている」
と事務員が答えたところ、
「ナンとしても今週中に話を聞きたい、他の勤務病院を紹介して欲しい」
と言われていたそうです。
町田胃腸病院からかなり遠方にお住まいの方のようでした。
同じような考え方で治療をしている病院は多くは無いようです。
現在は、拙著で紹介した埼玉の病院はイロイロと問題があり今は行っておりません。
具体的な問題点については、間も無くご報告します。
現在は、町田胃腸病院以外では、
火曜日と土曜日に墨田区の白鬚橋病院という
当ブログの左袖にリンクしている病院に勤務しております。
そこでも、町田胃腸病院と同様に外来抗癌剤治療を行っております。
そちらもご利用ください。
ところで、この年末年始に、裏・表のコメントおよび直接のメールで
「梅澤のような考え方の治療をもっと多くの病院でしてもらえないものか」
という、希望が何通か寄せられています。
私のガン治療は、結果的に、金沢大学の高橋先生の提唱されている
休眠療法と同じような内容になっています。
それが、普及しない理由はいくつかあります。
一つは、
2006年6月23日の「自己責任」
2006年6月24日の「自己責任」(2)
をはじめ、昨年何回も書いたとおりに、
患者さん側に大きな責任があると思います。
「医療行為によりその結果が不幸なものに終わった場合、
その責任をすべて医者に負わせる。」
この体質が改善されない限り、
医者は自分を守るために、
医者にとって一番安全な治療だけを永遠に続けると思います。
その一番安全な治療を行い、
ガンが患者さんを殺してくれれば
誰も責任はありません。
それを、多くの患者さんが希望するようなエビデンスのない治療を行い、
当然の結果としてガンが患者さんを殺した場合、
「何故エビデンスの無い治療をしたのだ」
と責任を追及される可能性があります。
根治不能なガンは、いずれは最悪の結果が訪れます。
エビデンスのある治療だけを行い、
そのエビデンスどおりに○○カ月以内に患者さんが亡くなってくれれば、
悪いのはガンであり、医者には一切の責任は及びません。
昨年起きた癒着胎盤の手術で患者さんが亡くなったことにより、
その執刀医は逮捕されました。
「癒着胎盤の手術を行ったことが無いのに、執刀して、患者さんを死に至らしめた。」
というのが逮捕理由のようです。
マスコミが散々煽り立てた、一見至極真っ当な罪状です。
しかし、それを額面どおりに受け取めて良いのでしょうか。
「癒着胎盤とは極めて稀な病態であり、
それに対して手術経験のある医者の方が珍しい」
と、産婦人科の医者に聞きました。
そして、この癒着胎盤は手術を行わなければ確実に失血死する病態です。
逮捕された産婦人科医は、
とても運が悪いことに、強い正義感を持っていました。
「患者さんを救ってあげよう」などと
大それた、生意気なことを考えてしまいました。
「こんな田舎では、転送中に間違いなく失血死するだろうけど、
自分は経験が無いから、このまま何処かの大きな病院に送ろう。」
と、普通の医者として当然なことを考え、
「病気が患者さんを死なせてくれる手続き」さえ取れば、
産婦人科医は職務を全うしたことになり、
罪に問われることはありません。
現在の日本の社会では、医者は「逃げるが勝ち」です。
「診ない患者にタタリなし」です。
患者さんのためと分かっていても、
確証の無い治療を行うことは許されない社会のように感じます。
また、もっと酷かったのは、
ワタアメの割り箸を口に刺し、
それが脳に至り、子供が死んだ事件です。
当然のことながら、医者は無罪になりましたが、
何故、医者が責任を追及されなければいけないのでしょうか、
それも刑事事件としてです。
マスメディアは、最愛の子供を失った母親だけを
悲劇のヒロインとして祭りたてて、
医者が無罪になったことへの無念を誇張していました。
「子供に、長い棒状のものを咥えたまま走りまわらせていた」
その親には責任は無いのでしょうか。
子供に対して一種の虐待にはならないのでしょうか。
医者は逮捕されているのに、
何故母親ははじめから責任を追及されないのでしょうか。
子供をピストルで遊ばせておいて、
それが暴発して大怪我をさせておいて、
それを救命できなければ医者の責任になるのでしょうか。
子供にピストルを与え、遊ばせておくことに対しては、
一切責任が発生しないのが
日本の社会通念になっているようです。
すべて、最後の結果だけを受け持つ医者が
他人の責任を背負わされているようです。
昔は、そうではない「美しい国」であったように思います。
現在の日本のこのような社会風潮が続く限り、
患者さんの望むガン治療が広がりを見せることは有り得ないように思います。
自己責任を負わない体質が変化しない限り、
ご自身の望む治療を受けることは無理です。
医者への責任転嫁の姿勢がカケラでも見えたなら
医者はすぐに逃げます。
私にも、逃げている患者さんはいます。
それを望むときには、ご自身でその決意を文章にしたため、
それを主治医に見せる必要があるように思います。
勿論、休眠療法が広がりを見せないのは、
患者さんの自己責任だけの問題ではなく、
医者側の問題もありますが、
長くなりますので、それは後日にまわします。
以上 文責 梅澤 充



