東京近郊の病院の医療従事者の方からウラのコメントをいただきました。
とても興味深い内容ですので、ご本人が同定されないように、
一部文意を変えずに文章を変更して、抜粋掲載します。
医者の説明不足によるところが大きいと思います。
時々、そのようなご家族に合います。そのたびに反省します。
しかし、ご家族のあまりにも厳しい現状を受け入れることができずに、
「納得ができない」
それを医者に責任転嫁されるご家族もおられます。
「誰かに責任を転嫁したい」
「責任者を見つけることでラクになりたい」
という感覚が日本人にはあるように思います。
無宗教であるが故のような気がします。
ガンで最期を迎えられる患者さん対して、
ほとんどの場合誰も責任はありません。
責任を取ってくれる神様を持たない悲しさから、
見えるものに責任を転嫁するように思います。
しかし、この発想は誰も幸福にはなりません。
厳しい状況のご家族をお持ちの方は、
今のうちから責任の所在を考えていて方が良いと思います。
造影剤を使わないことにより、
大動脈解離を見落として、
それが故に、取り返しのつかないことになった場合、
それを拒否した患者さんは責任を取ることはないでしょう。
その時には、その患者さんは存在していませんし、
何も状況を知らないご家族だけが、
病院に、医者に文句を言ってくるだけです。
せめて、カルテないし他の書面上で、
患者さん自ら、「必要と思われる検査を拒否した」旨の
自筆の署名があれば多少は病院は救われるでしょうけれども、
それがなければ、病院は相当に窮地に追い込まれます。
そして、それを得るための時間などほとんど無いのが現場の医療です。
そうであれば、その患者さんには、
設備、技術は劣っていると思われても、
他の病院に行っていただいた方が、
病院としては安全です。
「診ない患者に祟りなし」です。
その結果「たらい回し」と非難されますが、
法的な問題はあまり発生しません。
現在、日本の医療、病院はそこまで窮地に追い込まれています。
手術が不可能となったガンという病気は、
多くの場合、最悪の結果があまり遠くない時期に訪れます。
その時、納得ができず、不満を訴えるそぶりが少しでも見えるご家族を見たら、
医者は逃げます。
エビデンスが確立されている
標準的抗癌剤治療を行いエビデンスどおりに亡くなれば、
それに対して、いくらご家族が「納得いかない」と騒いでも、
日本での標準治療というお墨付きをもらっている治療ですから、
裁判所の裁定も決まっています。
医者は安心できます。
2006年12月28日の「進むガン治療の一元化」
2006年12月29日の「ラクな治療」
1007年1月2日の「休眠療法は広がらない」
2007年1月3日の「休眠療法が広がらない理由」(2)
などで、何回も訴えてきましたが、
日本では、ガンになったら、
健康保険では一切の選択肢は許されず、
お役所により決められた一本のレールの上だけしか走らない列車に乗せられるだけの治療になっていくものと思います。
私は、これは国策として政府に都合の良いガン治療政策だと思っていましたが、
このコメントにあるように、
日本人の国民性からは、
当然の結果であるようにも思います。
標準ではない治療を望んでそれを受けることができるのは、
保険診療に頼らない、
一部のお金持ちだけに限られてくるように思います。
今年の前半にも承認が予定されている待望のアバスチンも、
標準的抗癌剤治療との併用だけで健康保険が認められるようです。
標準的抗癌剤治療との併用でだけエビデンスが出されていますから当然です。
現在私は、アバスチン単独あるいは少量の抗癌剤と併用しています。
単独で使っても有効なのですが・・・・
日本では標準的抗癌剤治療を拒む患者さんには、
アバスチンは健康保険では使えません。
日本人の国民性から、考えると仕方がないことですね。
ご自身の治療の選択肢を狭めているのは、
患者さん、ご家族ご自身であることもお忘れなく。
以上 文責 梅澤 充
とても興味深い内容ですので、ご本人が同定されないように、
一部文意を変えずに文章を変更して、抜粋掲載します。
・・・・前文省略・・・・・やはり中にはいらっしゃるんです。とにかくどんな治療をしても1分1秒長く生きていてくれるならどんな治療をしてもいいと言われる患者様のご家族が・・・。もちろん私の勤める病院ではそのような治療は出来ないので、患者は去って行きますが、結局TS1 の内服をされながらご自宅で最後のときを迎えられる方のご家族は最後まで納得がいかないまま、になってしまうんです。納得がいかない治療なら、セカンドオピニオンという選択もあるのでしょうが、それをする勇気?もないのです。あんなこともこんなこともすればよかったと言い捨てて退院されたご家族もいました。そんなときはほんとにがっかりします。
先生のブログを呼んで、あらためて患者も医者任せにするのではなく、自分で責任を持つくらいの覚悟が必要なんだと強く言いたいと思ってしまいました。
過剰なほどの医療不振なのでしょうか?先日の救急室での出来事ですが、造影CTを勧められた患者が造影剤の使用を拒否しました。その患者は大動脈解離を疑っての造影CTを拒否しました。それで何かあったらご自分で責任をとるのでしょうか?私はとても不安です。
造影剤の副作用が怖いのはわかりますが、それ以上に大動脈解離のほうが怖いと思います。何度も熱心に説明する医師がかわいそうに思った次第です。
タクシー代わりの救急車を受け、他の患者からは待ち時間が長いと怒られました。
医者には怒らず看護師ばかりに苦情を言ってくる、それが日本人ですね。
医者の説明不足によるところが大きいと思います。
時々、そのようなご家族に合います。そのたびに反省します。
しかし、ご家族のあまりにも厳しい現状を受け入れることができずに、
「納得ができない」
それを医者に責任転嫁されるご家族もおられます。
「誰かに責任を転嫁したい」
「責任者を見つけることでラクになりたい」
という感覚が日本人にはあるように思います。
無宗教であるが故のような気がします。
ガンで最期を迎えられる患者さん対して、
ほとんどの場合誰も責任はありません。
責任を取ってくれる神様を持たない悲しさから、
見えるものに責任を転嫁するように思います。
しかし、この発想は誰も幸福にはなりません。
厳しい状況のご家族をお持ちの方は、
今のうちから責任の所在を考えていて方が良いと思います。
造影剤を使わないことにより、
大動脈解離を見落として、
それが故に、取り返しのつかないことになった場合、
それを拒否した患者さんは責任を取ることはないでしょう。
その時には、その患者さんは存在していませんし、
何も状況を知らないご家族だけが、
病院に、医者に文句を言ってくるだけです。
せめて、カルテないし他の書面上で、
患者さん自ら、「必要と思われる検査を拒否した」旨の
自筆の署名があれば多少は病院は救われるでしょうけれども、
それがなければ、病院は相当に窮地に追い込まれます。
そして、それを得るための時間などほとんど無いのが現場の医療です。
そうであれば、その患者さんには、
設備、技術は劣っていると思われても、
他の病院に行っていただいた方が、
病院としては安全です。
「診ない患者に祟りなし」です。
その結果「たらい回し」と非難されますが、
法的な問題はあまり発生しません。
現在、日本の医療、病院はそこまで窮地に追い込まれています。
手術が不可能となったガンという病気は、
多くの場合、最悪の結果があまり遠くない時期に訪れます。
その時、納得ができず、不満を訴えるそぶりが少しでも見えるご家族を見たら、
医者は逃げます。
エビデンスが確立されている
標準的抗癌剤治療を行いエビデンスどおりに亡くなれば、
それに対して、いくらご家族が「納得いかない」と騒いでも、
日本での標準治療というお墨付きをもらっている治療ですから、
裁判所の裁定も決まっています。
医者は安心できます。
2006年12月28日の「進むガン治療の一元化」
2006年12月29日の「ラクな治療」
1007年1月2日の「休眠療法は広がらない」
2007年1月3日の「休眠療法が広がらない理由」(2)
などで、何回も訴えてきましたが、
日本では、ガンになったら、
健康保険では一切の選択肢は許されず、
お役所により決められた一本のレールの上だけしか走らない列車に乗せられるだけの治療になっていくものと思います。
私は、これは国策として政府に都合の良いガン治療政策だと思っていましたが、
このコメントにあるように、
日本人の国民性からは、
当然の結果であるようにも思います。
標準ではない治療を望んでそれを受けることができるのは、
保険診療に頼らない、
一部のお金持ちだけに限られてくるように思います。
今年の前半にも承認が予定されている待望のアバスチンも、
標準的抗癌剤治療との併用だけで健康保険が認められるようです。
標準的抗癌剤治療との併用でだけエビデンスが出されていますから当然です。
現在私は、アバスチン単独あるいは少量の抗癌剤と併用しています。
単独で使っても有効なのですが・・・・
日本では標準的抗癌剤治療を拒む患者さんには、
アバスチンは健康保険では使えません。
日本人の国民性から、考えると仕方がないことですね。
ご自身の治療の選択肢を狭めているのは、
患者さん、ご家族ご自身であることもお忘れなく。
以上 文責 梅澤 充



