パソコン音痴の私には、トラックバックというシステム(?)がイマイチ判りません。
毎日、私がこのブログをアップしているように見えると思いますが、
実は、その方法は私には全く判らず、パソコン・ITのプロである友人にお願いして、
毎日毎日アップしてもらっています。
勿論、ブログの原稿と図表だけは私が、
Word と Power Point を駆使して作っていますが、
それを、彼がセンス良くアレンジしてくれています。
ところで、そのトラックバックの相手(?)である、
「ガン患者$ミリオネア☆という言葉を創った男のBlog」
を作ったオトコさんのブログ、2月9日の「動物の防衛本能」で、
こそばゆくなるようなお褒めの言葉を頂いてしまいました。
有難いことです。
私としてもオトコさんに賛同する点、というより、
このブログを読んでいる方々にこそ理解して頂きたい点もあります。
しかし、少々誤解もされているようですので、
本日はそのことについて書きます。
先ず、誤解は、
『人間そのものに対しての
「優しさ」のひと言に尽きると思います。』なるクダリですが、背中が、ムズムズします。言い過ぎ、褒め過ぎです。
確かに、私自身、患者さんに対して「優しさ」は、
忘れてはいけないと考えていますが、
私の場合、残念ながら「優しさ」が先ではなく、
「ガンを患った患者さん」を診ていく時、
そのプロとして、「患者というクライアント」が、
何を要求しているのか考えなければなりません。
それは、ほとんど場合、
「辛い思いをせずに、長生きする」ことのはずであると、
勝手に解釈して、クライアントに接しています。
それを、実行していると「優しい」といわれるのであれば有難いことですね。
しかし、昨日(2月10日)に書きましたとおり、
医者として絶対に言ってはいけないことを口走ってしまうこともある愚か者です。
しかし、最近の若いお医者さん(私も若いつもりですが)を見ていると、
「ガン患者さんを診る」のではなく、
「ガンだけしか診ていない」という態度には、
如何なものかと、考えてしまいます。
ところが一方、「病を診るのが医者」なのだから、
「人間を診る」なんてデシャバッタことを考えるな、という意見もあります。
それも、ごもっともです。
次に、このブログの読者にこそ言いたいことを、
オトコさんは書いていてくれます。
それは、
『誰でも、そうかもしれませんが・・・
みんな、急ぎすぎるのです!
その最初のスタートから怯えてしまっているんです。
怯えたままで決断しちゃっているんだと・・・
そんなんじゃ、いい判断できっこない!』
この言葉こそ、まさに私が「ガンですよ」と宣告された患者さんに言いたいことです。
1月27日の「休眠療法〜標準的ではない抗癌剤治療」でも、
1月21日の「患者さんの誤解」でも、
書きましたが、ガンという病気は、患者さんが思うほど、
速く進むものではありません。
立ち止まって、ご自身の治療について、冷静に、あたまを整理して、
ゆっくり考えるくらいの猶予は十分にあります。
「その最初のスタートから怯えてしまっているんです。」
では、ダメです。
怯える必要はまったくありません。
立ち止まって、ゆっくり考えて下さい。
しかし、実は、これは、患者さんだけではなく、
当ブログでも、随分と失礼なことを言ってしまった、
ガン治療の専門医も慌てているのです。
それは、私達は大学の医学部を卒業して、医師国家試験という単純な試験を受けて、
医師免許なるものをお上から授かり、
晴れてお医者さんとして、働けるようになります。
そして、大学病院やある程度の規模を持った大病院で研修医として働きながら、
医療行為を習得していきます。
その過程で、外科医であれば、
ガンが見つかれば、すぐに「手術をしましょう。」と、
患者さんに説明をします。
その様に教育されます。
イロイロなことを言ってしまった腫瘍内科医であれば、
手術不能のガンが見つかれば、
唯一の武器である抗癌剤を使って、
すぐに「抗癌剤治療をはじめましょう」となります。
はじめから、その様に教育されるのです。
患者さんは、そのテンポに乗せられてしまっているところが多分にあります。
それは、その医者が悪いのではなく、
研修医の頃からの教育の産物です。
日本だってかつては、天皇さまに命を捧げることを、
当然の義務であると教育され、それに従って多くの人間が死んでいきました。
今でも同じような思想のお国も存在するようです。
教育の力は極めて偉大です。
私も、外科医として同様でした。普通の教育どおりに・・・
また、手術後の再発に対しても、
「再発 → 抗癌剤治療」と、極めて短絡的に考えていました。
これも、普通の教育どおりに・・・
しかし、1月9日の「このブログを通して語りたいこと」にも書きましたとおり、
現在の標準的抗癌剤治療に虚しさを覚え、
免疫治療の勉強をした時、
自分では、治療をしていると勘違いしていたその免疫治療が、
実は、「ほとんど無治療と変わらない」と気付いた時、
「ガンって無治療でも、大して進まないジャン」と教えられました。
外科治療、抗癌剤治療と両方を経験・実践している医者は少なくありませんが、
その上に、「免疫治療という無治療でガンを診る」ということを経験した医者は、
日本中探しても、ほとんどいないと思います。
「ガンを見つけたら、手段は問わず、ともかく叩く」
ことしか教育されません。
私は、優しい正義の味方ではなく、
「ガンを無治療で診る」という稀有な体験をした医者として、
その目もプラスして、ガン患者さんを診ているだけです。
一般的な医学教育から大きく外れた世界を垣間見たことの賜物です。
「ガン → 抗癌剤治療」と短絡的に考えてしまう、
腫瘍内科医の先生方には、
是非、巷に蔓延る「免疫治療という無治療」も経験して頂きたいと思います。
見方が大きく変わります。
巷のインチキ免疫治療クリニックにも、
現在の標準的抗癌剤治療よりは優れた点がたくさんあります。
「・・・言葉を創ったオトコさん」が現在どのような状況かは判りません。
しかし、私があのブログをトラックバック(?)したのは、
正直全部は読んでいないのですが、あの文面には、
「ガン患者さんとしての暗さが微塵も見えなかった。180度考え方を変えて、
ガンという病気を、むしろポジティブな方向に利用しようとしている。」
ことに、感激したからです。
2月3日の「ワッハハ、ワッハハ、ワッハハ」で書いたとおりの方だと思います。
考え方一つで、ガンの進行は大きく変わります。
このブログにリンクしている、町田胃腸病院のホームページにも出ていますが、
「現在では、皮膚の傷の消毒はしません」
それは、ホームページを読んで頂くと判りますが、
消毒薬なんかよりも、人間の自然治癒力の方が優れているのです。
消毒薬は傷の治癒を妨げるのです。
毒薬の抗癌剤治療とて同様ですが、
勿論、ガンに対しては一般的に、その自然治癒力だけに頼ることはできません。
抗癌剤という“毒薬”の僅かな手助けは絶対に必要です。
そのことだけはお忘れなく!
本日は、こそばゆいお褒めの言葉に対する、お返事でした。
以上 文責 梅澤 充
毎日、私がこのブログをアップしているように見えると思いますが、
実は、その方法は私には全く判らず、パソコン・ITのプロである友人にお願いして、
毎日毎日アップしてもらっています。
勿論、ブログの原稿と図表だけは私が、
Word と Power Point を駆使して作っていますが、
それを、彼がセンス良くアレンジしてくれています。
ところで、そのトラックバックの相手(?)である、
「ガン患者$ミリオネア☆という言葉を創った男のBlog」
を作ったオトコさんのブログ、2月9日の「動物の防衛本能」で、
こそばゆくなるようなお褒めの言葉を頂いてしまいました。
有難いことです。
私としてもオトコさんに賛同する点、というより、
このブログを読んでいる方々にこそ理解して頂きたい点もあります。
しかし、少々誤解もされているようですので、
本日はそのことについて書きます。
先ず、誤解は、
『人間そのものに対しての
「優しさ」のひと言に尽きると思います。』なるクダリですが、背中が、ムズムズします。言い過ぎ、褒め過ぎです。
確かに、私自身、患者さんに対して「優しさ」は、
忘れてはいけないと考えていますが、
私の場合、残念ながら「優しさ」が先ではなく、
「ガンを患った患者さん」を診ていく時、
そのプロとして、「患者というクライアント」が、
何を要求しているのか考えなければなりません。
それは、ほとんど場合、
「辛い思いをせずに、長生きする」ことのはずであると、
勝手に解釈して、クライアントに接しています。
それを、実行していると「優しい」といわれるのであれば有難いことですね。
しかし、昨日(2月10日)に書きましたとおり、
医者として絶対に言ってはいけないことを口走ってしまうこともある愚か者です。
しかし、最近の若いお医者さん(私も若いつもりですが)を見ていると、
「ガン患者さんを診る」のではなく、
「ガンだけしか診ていない」という態度には、
如何なものかと、考えてしまいます。
ところが一方、「病を診るのが医者」なのだから、
「人間を診る」なんてデシャバッタことを考えるな、という意見もあります。
それも、ごもっともです。
次に、このブログの読者にこそ言いたいことを、
オトコさんは書いていてくれます。
それは、
『誰でも、そうかもしれませんが・・・
みんな、急ぎすぎるのです!
その最初のスタートから怯えてしまっているんです。
怯えたままで決断しちゃっているんだと・・・
そんなんじゃ、いい判断できっこない!』
この言葉こそ、まさに私が「ガンですよ」と宣告された患者さんに言いたいことです。
1月27日の「休眠療法〜標準的ではない抗癌剤治療」でも、
1月21日の「患者さんの誤解」でも、
書きましたが、ガンという病気は、患者さんが思うほど、
速く進むものではありません。
立ち止まって、ご自身の治療について、冷静に、あたまを整理して、
ゆっくり考えるくらいの猶予は十分にあります。
「その最初のスタートから怯えてしまっているんです。」
では、ダメです。
怯える必要はまったくありません。
立ち止まって、ゆっくり考えて下さい。
しかし、実は、これは、患者さんだけではなく、
当ブログでも、随分と失礼なことを言ってしまった、
ガン治療の専門医も慌てているのです。
それは、私達は大学の医学部を卒業して、医師国家試験という単純な試験を受けて、
医師免許なるものをお上から授かり、
晴れてお医者さんとして、働けるようになります。
そして、大学病院やある程度の規模を持った大病院で研修医として働きながら、
医療行為を習得していきます。
その過程で、外科医であれば、
ガンが見つかれば、すぐに「手術をしましょう。」と、
患者さんに説明をします。
その様に教育されます。
イロイロなことを言ってしまった腫瘍内科医であれば、
手術不能のガンが見つかれば、
唯一の武器である抗癌剤を使って、
すぐに「抗癌剤治療をはじめましょう」となります。
はじめから、その様に教育されるのです。
患者さんは、そのテンポに乗せられてしまっているところが多分にあります。
それは、その医者が悪いのではなく、
研修医の頃からの教育の産物です。
日本だってかつては、天皇さまに命を捧げることを、
当然の義務であると教育され、それに従って多くの人間が死んでいきました。
今でも同じような思想のお国も存在するようです。
教育の力は極めて偉大です。
私も、外科医として同様でした。普通の教育どおりに・・・
また、手術後の再発に対しても、
「再発 → 抗癌剤治療」と、極めて短絡的に考えていました。
これも、普通の教育どおりに・・・
しかし、1月9日の「このブログを通して語りたいこと」にも書きましたとおり、
現在の標準的抗癌剤治療に虚しさを覚え、
免疫治療の勉強をした時、
自分では、治療をしていると勘違いしていたその免疫治療が、
実は、「ほとんど無治療と変わらない」と気付いた時、
「ガンって無治療でも、大して進まないジャン」と教えられました。
外科治療、抗癌剤治療と両方を経験・実践している医者は少なくありませんが、
その上に、「免疫治療という無治療でガンを診る」ということを経験した医者は、
日本中探しても、ほとんどいないと思います。
「ガンを見つけたら、手段は問わず、ともかく叩く」
ことしか教育されません。
私は、優しい正義の味方ではなく、
「ガンを無治療で診る」という稀有な体験をした医者として、
その目もプラスして、ガン患者さんを診ているだけです。
一般的な医学教育から大きく外れた世界を垣間見たことの賜物です。
「ガン → 抗癌剤治療」と短絡的に考えてしまう、
腫瘍内科医の先生方には、
是非、巷に蔓延る「免疫治療という無治療」も経験して頂きたいと思います。
見方が大きく変わります。
巷のインチキ免疫治療クリニックにも、
現在の標準的抗癌剤治療よりは優れた点がたくさんあります。
「・・・言葉を創ったオトコさん」が現在どのような状況かは判りません。
しかし、私があのブログをトラックバック(?)したのは、
正直全部は読んでいないのですが、あの文面には、
「ガン患者さんとしての暗さが微塵も見えなかった。180度考え方を変えて、
ガンという病気を、むしろポジティブな方向に利用しようとしている。」
ことに、感激したからです。
2月3日の「ワッハハ、ワッハハ、ワッハハ」で書いたとおりの方だと思います。
考え方一つで、ガンの進行は大きく変わります。
このブログにリンクしている、町田胃腸病院のホームページにも出ていますが、
「現在では、皮膚の傷の消毒はしません」
それは、ホームページを読んで頂くと判りますが、
消毒薬なんかよりも、人間の自然治癒力の方が優れているのです。
消毒薬は傷の治癒を妨げるのです。
毒薬の抗癌剤治療とて同様ですが、
勿論、ガンに対しては一般的に、その自然治癒力だけに頼ることはできません。
抗癌剤という“毒薬”の僅かな手助けは絶対に必要です。
そのことだけはお忘れなく!
本日は、こそばゆいお褒めの言葉に対する、お返事でした。
以上 文責 梅澤 充



