昨年の福島の産婦人科医のいわれなき逮捕をはじめ、
最近、医療過誤・ミスだとして、
医者の責任が問われる事件(?)が多発しています。
何回も書いているとおり、
そんなことで医者を逮捕したり、責任追及をしたりしていたら、
近い将来、日本の国から医者はいなくなってしまうと思います。
ところが、これだけ医者の責任が追及される今の日本において、
一つだけ絶対に訴えられない、少なくとも、
今のところ訴えられた事実のない犯罪的な行為があります。
それは、標準的抗癌剤治療だけを行っている病院・医者が
「もはや治療方法はありません」
「あと○ヶ月です」
「ガン治療は止めて、ホスピスに行ってください」
という決まり文句を発することです。
全身状態の悪化をみて、
標準的抗癌剤治療の適応外と判断されたとき、
治療終了に対して切り札として使われる
その絶望的な常套句をいくら乱発しても、
医者は逮捕されることはありません。
この「治療法が無い」のアタマには、
「標準的な」あるいは「エビデンスのある」という枕詞が必要なのですが、
その言葉は多くの場合省略されてしまいます。
枕詞をシッカリと付けて正確に言ってくれればまだしも、
「治療法が無い」だけ言われたら、
それを真に受けてしまう純情な患者さんも大勢出てしまいます。
「もはや治療方法はありません」
「あと○ヶ月です。ホスピスに行ってください」
という、ありがたいお言葉をいただいた後、
年単位で元気で生活されている患者さんを現在何人も診ています。
あるいは、今はお亡くなりになってしまっていても
宣告後、年単位で元気に生活された患者さんはたくさん診てきました。
これらの患者さんの場合、
その主治医の言うとおりにホスピスに行っていたら、
言葉通りになっていたはずです。
○ヶ月で亡くなられていたはずです。
しかし、標準的ではない治療をして何年も生きている。
「業務上過失致死“未遂”」という罪名は無いのでしょうか。
その言葉を発した医者は、
必ず死に至ることが分かっている方向へ患者さんを導こうとしたのです。
すでに、ガンと闘う方法は無いと誤認して、
ガンに対して治療を行うという医者の義務を放棄して、
ガンという病気が患者さんを死に至らしめることを容認したのです。
「未必の故意による殺人未遂罪」は成立しないのでしょうか。
「数ヶ月しか生きていることができない」と判断される患者さんに対し、
治療として、ある薬剤を使ったことで、
その短い寿命を縮めた場合には、
医者は「業務上過失致死罪」に問われる可能性があります。
しかし、医者の勝手な判断で、
患者さんの死期を早めて、
まだ生きることができる患者さんを
死へ導いても罪にはならない・・・・
ガンが患者さんを殺せば誰の罪にもならない。
何か大きな矛盾を感じます。
患者さんのために努力して、
その挙句、結果が良くなかったというだけの理由で、
医者が責任を負わされる現状には耐え難い怒りを感じます。
今の日本の患者さんの自己責任の欠如には呆れることがしばしばあります。
しかし、医者がはじめから義務を放棄し、
その結果、患者さんがその医者の言葉通りの不幸な結末を迎えたときには、
まったくお咎めなし。
たしかに、
「あと○ヶ月です。ホスピスに行ってください」
の言葉をもってして、
過失致死を立件することは不可能でしょう。
しかし、その宣告のあとに、
患者さんが他の治療を受け何年も元気だった場合には、
「未遂罪」は成立するようにも思います。
気の毒な産婦人科医のように、
まじめに働いている医者だけが、
痛い目に遭っている日本の社会に腹が立ちます。
本当に日本は、美しい国なのでしょうか。
以上 文責 梅澤 充
最近、医療過誤・ミスだとして、
医者の責任が問われる事件(?)が多発しています。
何回も書いているとおり、
そんなことで医者を逮捕したり、責任追及をしたりしていたら、
近い将来、日本の国から医者はいなくなってしまうと思います。
ところが、これだけ医者の責任が追及される今の日本において、
一つだけ絶対に訴えられない、少なくとも、
今のところ訴えられた事実のない犯罪的な行為があります。
それは、標準的抗癌剤治療だけを行っている病院・医者が
「もはや治療方法はありません」
「あと○ヶ月です」
「ガン治療は止めて、ホスピスに行ってください」
という決まり文句を発することです。
全身状態の悪化をみて、
標準的抗癌剤治療の適応外と判断されたとき、
治療終了に対して切り札として使われる
その絶望的な常套句をいくら乱発しても、
医者は逮捕されることはありません。
この「治療法が無い」のアタマには、
「標準的な」あるいは「エビデンスのある」という枕詞が必要なのですが、
その言葉は多くの場合省略されてしまいます。
枕詞をシッカリと付けて正確に言ってくれればまだしも、
「治療法が無い」だけ言われたら、
それを真に受けてしまう純情な患者さんも大勢出てしまいます。
「もはや治療方法はありません」
「あと○ヶ月です。ホスピスに行ってください」
という、ありがたいお言葉をいただいた後、
年単位で元気で生活されている患者さんを現在何人も診ています。
あるいは、今はお亡くなりになってしまっていても
宣告後、年単位で元気に生活された患者さんはたくさん診てきました。
これらの患者さんの場合、
その主治医の言うとおりにホスピスに行っていたら、
言葉通りになっていたはずです。
○ヶ月で亡くなられていたはずです。
しかし、標準的ではない治療をして何年も生きている。
「業務上過失致死“未遂”」という罪名は無いのでしょうか。
その言葉を発した医者は、
必ず死に至ることが分かっている方向へ患者さんを導こうとしたのです。
すでに、ガンと闘う方法は無いと誤認して、
ガンに対して治療を行うという医者の義務を放棄して、
ガンという病気が患者さんを死に至らしめることを容認したのです。
「未必の故意による殺人未遂罪」は成立しないのでしょうか。
「数ヶ月しか生きていることができない」と判断される患者さんに対し、
治療として、ある薬剤を使ったことで、
その短い寿命を縮めた場合には、
医者は「業務上過失致死罪」に問われる可能性があります。
しかし、医者の勝手な判断で、
患者さんの死期を早めて、
まだ生きることができる患者さんを
死へ導いても罪にはならない・・・・
ガンが患者さんを殺せば誰の罪にもならない。
何か大きな矛盾を感じます。
患者さんのために努力して、
その挙句、結果が良くなかったというだけの理由で、
医者が責任を負わされる現状には耐え難い怒りを感じます。
今の日本の患者さんの自己責任の欠如には呆れることがしばしばあります。
しかし、医者がはじめから義務を放棄し、
その結果、患者さんがその医者の言葉通りの不幸な結末を迎えたときには、
まったくお咎めなし。
たしかに、
「あと○ヶ月です。ホスピスに行ってください」
の言葉をもってして、
過失致死を立件することは不可能でしょう。
しかし、その宣告のあとに、
患者さんが他の治療を受け何年も元気だった場合には、
「未遂罪」は成立するようにも思います。
気の毒な産婦人科医のように、
まじめに働いている医者だけが、
痛い目に遭っている日本の社会に腹が立ちます。
本当に日本は、美しい国なのでしょうか。
以上 文責 梅澤 充



