本日は、ある有名なアナウンサーの話がラジオから流れているのを聞いて、
無謀な拡大手術を受けて寿命を縮めたと思われる、
そのアナウンサーのことを思い出し、
同時に、私自身忘れ得ない手術の思い出が蘇りましたので、それを書きます。
2月9日『「凶器のメス」と「毒薬の抗癌剤」』
でも、書きましたが、かつてガンに対する外科手術は、
拡大郭清派と縮小手術派の2派に分かれていました。
現在では、QOL重視の縮小手術派が優勢になってきていますが、
昔は、何でもカンでも取れるだけ取る。
という、かなり乱暴な外科医もたくさんおりました。
今では、飲み薬だけで治すことができるようになり、
ほとんど行なわれることがなくなった胃潰瘍や十二指腸潰瘍の外科手術を
盛んに行なっていた時代ですから、
ガン治療を専門に行なっていた外科医は、
「死ぬことはない潰瘍などの良性疾患だって手術をするのだから、
放っておけば死んでしまうガン治療のためなら、拡大手術は当然」
と、こぞって拡大手術に励んでいました。
その様な風潮の中の、もう20数年前になりますが、
私がまだ若かれし外科研修医の頃、
私の先輩である、手術の名人・達人・神様みたいな外科医が行なった、
一例の手術を今でも鮮明に覚えています。
患者さんは30代女性。大腸癌再発で、ガン性腹膜炎。
ガン性腹膜炎とは、平たく言えば、ガンがお腹の中に広がってしまっている状態です。
患者さんは、その再発ガンにより、腸の一部分が閉塞してしまい、
腸の中の食物や腸液の流れが止まってしまう腸閉塞の状態でした。
その様な場合、いくら拡大手術の風潮が強いとはいえ、
普通は、ガンはすでに取りきることはできないと判断して、
ガンのカタマリには手を付けずに、
閉塞している部分より、口側の腸を、腹壁の外に出し、そこから糞便を排泄させる。
すなわち、人工肛門だけを作り、
とりあえず腸閉塞を解除し、
一時的にせよ食事が取れる状態を作ってあげることが最善とされていました。
その様な簡単な手術は、研修医であった私の仕事になります。
その症例の前にも、何例もやらせてもらっていました。
研修医はその様な簡単な手術をこなして、
次第に難易度の高い手術にステップアップしていき、
外科医としての技術を向上させてゆきます。
その様にして、外科手術技術を習得していきます。
外科技術は、どれだけ手術書を読んでも身に付くものではありません。
その患者さんが手術予定に入っていましたので、
私がその手術をさせてもらえるものと、思い込み、
勇んで手術室に入りました。
すると手術名人の大先輩からの意外な一言。
「お前は、麻酔をみろ。」と命令されました。
私の頭はパニックになりました。
「何で、何で、こんな簡単な手術、人工肛門を作るだけなのに、
大先輩とその下のやはりベテラン外科医の二人でやるなんておかしいじゃないの!
ボクにやらせてくれたってイイじゃないの!何で意地悪するの!」
と心の中で叫びながら、
外科とは徒弟制の世界ですから、先輩には絶対服従です。
しぶしぶ全身麻酔をかけました。
今では、考えられないことですが、その当時は外科医が全身麻酔も担当していました。
さらに、その病院では、外科医が全身麻酔をかけ、その後は、看護師に管理を任せ、
自分は、1人で別の看護師を助手に手術を行なう。
ということもしばしばありました。
勿論、麻酔科で研修は受けるのですが・・・・
話しはそれましたが、
麻酔の管理をしながら、「何するのかな〜」
「どれだけ素晴らしい人工肛門をつくるのかな〜」と思いながら、
術野(手術をする部分のこと)を眺めていると、
人工肛門を作るだけの手術だけでは考えられないほど大きくお腹を切りました。
ミゾオチから、恥骨の部分まで。
それも、縦に切るだけではなく、真横にもお腹一面切ってしまいました。
そして、十文字に切り開かれたお腹の壁を、対角線方向にひっくり返し、
その頂点をお腹の切っていない皮膚に縫い付けました。
言葉で表現するのはとても難しいのですが、
要するにお腹が、菱形のような形で、大きくパックリと開かれたのです。
その様な切開方法は、後にも先にもそれ一回きりしか見たこともやったこともありません。
何故、そんなに大きくお腹を開く必要があるのかと眺めていると、
名人の手は、ガンのカタマリにはおかまいなく、
お腹の最深部までドンドン入っていく。
そして、最終的には、ナンと、胃から小腸から大腸まで全部取ってしまいました。
腹膜も全部取ってしまいました。
お腹の中は肝臓だけになりました。
そして、切りっぱなしになり、つなぐところの無い食道の一番端に、
ゴムの管をつなげ、お腹の外に出しました。
すなわち、その患者さんの口から液体が飲み込まれると、そのゴム管を通じて、
直ちに、体外へ排泄されるのです。
患者さんは、物を食べることはできません。
口は取っていませんから、咬んで飲み込むことはできるのですが、
固形物だと、ゴム管に詰まってしまいます。
それよりなにより、物を食べたところで、胃袋から下の小腸も大腸も無いのですから、
何を食べても、栄養は一切吸収されることはありません。
その患者さんは、生涯点滴だけで栄養を補給していくことになります。
その手術は、名人の手により無事終了し、
患者さんは、麻酔からも目覚めました。
お腹の中が空っぽになっていることは知らずに・・・・
その後順調に回復しましたが、当然物を食べることはできません。
高カロリーの点滴が命綱でした。
それでも、数ヶ月は、元気(?)で病院のベットの上だけで、
生活(?)されていました。
その経過中不思議なことがありました。
その患者さんは、手術直後からお腹の中を痛がるのです。
お腹の中には何も無いのに・・・・
これは、手足を切断してしまった人が、しばらくの間、
その失った手足に大きな痛みを感じる、
ファントム現象といわれる症状とよく似ています。
お腹を痛がるも、何とか順調に経過していました。
ところが、4ヶ月目くらいだったかと思いますが、
ナンとガンは、それまで全く見えなかった肺に多発転移再発をきたし、
その病巣は、全身が衰弱しきった患者さんの中で、
いっきに進みアッという間に亡くなられました。
その手術は世界で3例目だったそうです。
名人としては、「何とかガンを治してあげよう」と考えてのことです。
名人は、「生きているからQOLだナンダといえる。
死んでしまったらQOLもクソもない。」
という考え方でしたので、勿論、興味本位の手術ではありません。
しかし、結果的に、人工肛門を作るだけにしておいた方が、
食事を楽しむこともでき、長生きもできたのではないかと思います。
外科医のメスは凶器です。
滑りすぎれば、大きな危害を与えます。
抗癌剤という毒薬も同様です。
凶器も毒薬もガン治療には絶対に必要ですが、
何事もほどほどがよろしいようで…
13回忌を過ぎたそのアナウンサーの手術以後、
無謀な拡大手術はすっかり影を潜めたように感じます。
勿論、私の忘れ得ぬ手術も二度と行なわれていません。
以上 文責 梅澤 充
無謀な拡大手術を受けて寿命を縮めたと思われる、
そのアナウンサーのことを思い出し、
同時に、私自身忘れ得ない手術の思い出が蘇りましたので、それを書きます。
2月9日『「凶器のメス」と「毒薬の抗癌剤」』
でも、書きましたが、かつてガンに対する外科手術は、
拡大郭清派と縮小手術派の2派に分かれていました。
現在では、QOL重視の縮小手術派が優勢になってきていますが、
昔は、何でもカンでも取れるだけ取る。
という、かなり乱暴な外科医もたくさんおりました。
今では、飲み薬だけで治すことができるようになり、
ほとんど行なわれることがなくなった胃潰瘍や十二指腸潰瘍の外科手術を
盛んに行なっていた時代ですから、
ガン治療を専門に行なっていた外科医は、
「死ぬことはない潰瘍などの良性疾患だって手術をするのだから、
放っておけば死んでしまうガン治療のためなら、拡大手術は当然」
と、こぞって拡大手術に励んでいました。
その様な風潮の中の、もう20数年前になりますが、
私がまだ若かれし外科研修医の頃、
私の先輩である、手術の名人・達人・神様みたいな外科医が行なった、
一例の手術を今でも鮮明に覚えています。
患者さんは30代女性。大腸癌再発で、ガン性腹膜炎。
ガン性腹膜炎とは、平たく言えば、ガンがお腹の中に広がってしまっている状態です。
患者さんは、その再発ガンにより、腸の一部分が閉塞してしまい、
腸の中の食物や腸液の流れが止まってしまう腸閉塞の状態でした。
その様な場合、いくら拡大手術の風潮が強いとはいえ、
普通は、ガンはすでに取りきることはできないと判断して、
ガンのカタマリには手を付けずに、
閉塞している部分より、口側の腸を、腹壁の外に出し、そこから糞便を排泄させる。
すなわち、人工肛門だけを作り、
とりあえず腸閉塞を解除し、
一時的にせよ食事が取れる状態を作ってあげることが最善とされていました。
その様な簡単な手術は、研修医であった私の仕事になります。
その症例の前にも、何例もやらせてもらっていました。
研修医はその様な簡単な手術をこなして、
次第に難易度の高い手術にステップアップしていき、
外科医としての技術を向上させてゆきます。
その様にして、外科手術技術を習得していきます。
外科技術は、どれだけ手術書を読んでも身に付くものではありません。
その患者さんが手術予定に入っていましたので、
私がその手術をさせてもらえるものと、思い込み、
勇んで手術室に入りました。
すると手術名人の大先輩からの意外な一言。
「お前は、麻酔をみろ。」と命令されました。
私の頭はパニックになりました。
「何で、何で、こんな簡単な手術、人工肛門を作るだけなのに、
大先輩とその下のやはりベテラン外科医の二人でやるなんておかしいじゃないの!
ボクにやらせてくれたってイイじゃないの!何で意地悪するの!」
と心の中で叫びながら、
外科とは徒弟制の世界ですから、先輩には絶対服従です。
しぶしぶ全身麻酔をかけました。
今では、考えられないことですが、その当時は外科医が全身麻酔も担当していました。
さらに、その病院では、外科医が全身麻酔をかけ、その後は、看護師に管理を任せ、
自分は、1人で別の看護師を助手に手術を行なう。
ということもしばしばありました。
勿論、麻酔科で研修は受けるのですが・・・・
話しはそれましたが、
麻酔の管理をしながら、「何するのかな〜」
「どれだけ素晴らしい人工肛門をつくるのかな〜」と思いながら、
術野(手術をする部分のこと)を眺めていると、
人工肛門を作るだけの手術だけでは考えられないほど大きくお腹を切りました。
ミゾオチから、恥骨の部分まで。
それも、縦に切るだけではなく、真横にもお腹一面切ってしまいました。
そして、十文字に切り開かれたお腹の壁を、対角線方向にひっくり返し、
その頂点をお腹の切っていない皮膚に縫い付けました。
言葉で表現するのはとても難しいのですが、
要するにお腹が、菱形のような形で、大きくパックリと開かれたのです。
その様な切開方法は、後にも先にもそれ一回きりしか見たこともやったこともありません。
何故、そんなに大きくお腹を開く必要があるのかと眺めていると、
名人の手は、ガンのカタマリにはおかまいなく、
お腹の最深部までドンドン入っていく。
そして、最終的には、ナンと、胃から小腸から大腸まで全部取ってしまいました。
腹膜も全部取ってしまいました。
お腹の中は肝臓だけになりました。
そして、切りっぱなしになり、つなぐところの無い食道の一番端に、
ゴムの管をつなげ、お腹の外に出しました。
すなわち、その患者さんの口から液体が飲み込まれると、そのゴム管を通じて、
直ちに、体外へ排泄されるのです。
患者さんは、物を食べることはできません。
口は取っていませんから、咬んで飲み込むことはできるのですが、
固形物だと、ゴム管に詰まってしまいます。
それよりなにより、物を食べたところで、胃袋から下の小腸も大腸も無いのですから、
何を食べても、栄養は一切吸収されることはありません。
その患者さんは、生涯点滴だけで栄養を補給していくことになります。
その手術は、名人の手により無事終了し、
患者さんは、麻酔からも目覚めました。
お腹の中が空っぽになっていることは知らずに・・・・
その後順調に回復しましたが、当然物を食べることはできません。
高カロリーの点滴が命綱でした。
それでも、数ヶ月は、元気(?)で病院のベットの上だけで、
生活(?)されていました。
その経過中不思議なことがありました。
その患者さんは、手術直後からお腹の中を痛がるのです。
お腹の中には何も無いのに・・・・
これは、手足を切断してしまった人が、しばらくの間、
その失った手足に大きな痛みを感じる、
ファントム現象といわれる症状とよく似ています。
お腹を痛がるも、何とか順調に経過していました。
ところが、4ヶ月目くらいだったかと思いますが、
ナンとガンは、それまで全く見えなかった肺に多発転移再発をきたし、
その病巣は、全身が衰弱しきった患者さんの中で、
いっきに進みアッという間に亡くなられました。
その手術は世界で3例目だったそうです。
名人としては、「何とかガンを治してあげよう」と考えてのことです。
名人は、「生きているからQOLだナンダといえる。
死んでしまったらQOLもクソもない。」
という考え方でしたので、勿論、興味本位の手術ではありません。
しかし、結果的に、人工肛門を作るだけにしておいた方が、
食事を楽しむこともでき、長生きもできたのではないかと思います。
外科医のメスは凶器です。
滑りすぎれば、大きな危害を与えます。
抗癌剤という毒薬も同様です。
凶器も毒薬もガン治療には絶対に必要ですが、
何事もほどほどがよろしいようで…
13回忌を過ぎたそのアナウンサーの手術以後、
無謀な拡大手術はすっかり影を潜めたように感じます。
勿論、私の忘れ得ぬ手術も二度と行なわれていません。
以上 文責 梅澤 充



