末期膵がんを宿した患者さんのお友達と称する方から、
メールがありました。
まだ、40代の患者さんのようですが、
「これでもか」とばかりに、
痛めつけられて、
完全に日常生活を失ってしまっているようでした。
膵がんは、
先日の星野仙一氏の訃報でも分かるとおり、
非常に足の速いガンです。
手術ができる確率も低く、
根治手術を受けることができたとしても、
再発確率は非常に高く、
根治はごく希です。
星野仙一氏は、
如何なる治療を受けられたのかは知りませんが、
旅立つ一月前には、
痩せてはいても、お元気そうで、
発病から1年半とは、
標準時間よりずいぶんと長く生活を送られたようです。
しかし、如何なる治療でも、
生存期間中央治値は1年未満です。
それがエビデンスです。
短いということは、
拷問を受ける時間も短いということでもあります。
他の種類の治らないガンでは、
治ることは無いことが分かっていても、
膵がんよりも少し長いイバラの道を歩かされます。
本当に終末期を迎えてはじめて来られる患者さんでは、
むしろ、無理矢理、歩かされなかったほうが、
長い時間を有意義に過ごすことができたのではないかと、
感じてしまうこともしばしばあります。
実際に、末期肺がんに対する標準的に大量の殺細胞性抗癌剤の注入は、
規定回数まで行わずに、
早期に中止するほうが、
長生きができるというエビデンスも出されています。
もちろん、毒が無い分、
遥かに快適な生活を楽しむことができます。
イレッサなどの分子標的薬が使えずに、
殺細胞性抗癌剤がファーストチョイスにされてしまった患者さんでは、
閻魔様のご機嫌伺いのため、
1回だけは辛抱して、
2回目からは、
副作用が軽微なアバスチン程度にしてもらったほうが、
遥かに素敵ないのちの時間を楽しむことができるはずです。
アバスチンの単独は、
立派に健康保険でも認められています。
「ナニは無くてもエビデンス」という閻魔様では、
柔軟な対処はしてもらえないかも知れませんが、
「エビデンスが無い = 効果が無い」
ではありません。
逆に、治らないガンに対するエビデンスは、
確実に死に至るという、
誰も願わないエビデンスです。
そこに至るまでの、
中央値(時間)が示されているだけです。
以上 文責 梅澤 充
著者に許可無く当ブログの文章をインターネットその他に転記・転載することは堅く禁じます。
メールがありました。
まだ、40代の患者さんのようですが、
「これでもか」とばかりに、
痛めつけられて、
完全に日常生活を失ってしまっているようでした。
膵がんは、
先日の星野仙一氏の訃報でも分かるとおり、
非常に足の速いガンです。
手術ができる確率も低く、
根治手術を受けることができたとしても、
再発確率は非常に高く、
根治はごく希です。
星野仙一氏は、
如何なる治療を受けられたのかは知りませんが、
旅立つ一月前には、
痩せてはいても、お元気そうで、
発病から1年半とは、
標準時間よりずいぶんと長く生活を送られたようです。
しかし、如何なる治療でも、
生存期間中央治値は1年未満です。
それがエビデンスです。
短いということは、
拷問を受ける時間も短いということでもあります。
他の種類の治らないガンでは、
治ることは無いことが分かっていても、
膵がんよりも少し長いイバラの道を歩かされます。
本当に終末期を迎えてはじめて来られる患者さんでは、
むしろ、無理矢理、歩かされなかったほうが、
長い時間を有意義に過ごすことができたのではないかと、
感じてしまうこともしばしばあります。
実際に、末期肺がんに対する標準的に大量の殺細胞性抗癌剤の注入は、
規定回数まで行わずに、
早期に中止するほうが、
長生きができるというエビデンスも出されています。
もちろん、毒が無い分、
遥かに快適な生活を楽しむことができます。
イレッサなどの分子標的薬が使えずに、
殺細胞性抗癌剤がファーストチョイスにされてしまった患者さんでは、
閻魔様のご機嫌伺いのため、
1回だけは辛抱して、
2回目からは、
副作用が軽微なアバスチン程度にしてもらったほうが、
遥かに素敵ないのちの時間を楽しむことができるはずです。
アバスチンの単独は、
立派に健康保険でも認められています。
「ナニは無くてもエビデンス」という閻魔様では、
柔軟な対処はしてもらえないかも知れませんが、
「エビデンスが無い = 効果が無い」
ではありません。
逆に、治らないガンに対するエビデンスは、
確実に死に至るという、
誰も願わないエビデンスです。
そこに至るまでの、
中央値(時間)が示されているだけです。
以上 文責 梅澤 充
著者に許可無く当ブログの文章をインターネットその他に転記・転載することは堅く禁じます。