に対して、“ケン”さんからお叱りのコメントをいただきました。
私の書き方の不備による誤解だと思います。
真意が伝わっていなかったと思います。
再掲します。
件名 : 医療とは?
梅澤先生の本日のコメントに対しては少々疑問を抱きます。
医師が行う診断に対して、患者やその家族にも自己責任があるということに対して納得がいきません。
医師から胃腸炎と診断された病名に対して患者や家族のほとんどは何の疑いも持たないはずです。
症状を見て、胃腸炎では無く腹膜炎の疑いを抱かなかったのは家族の責任みたいに言われておりますが、医師が見抜かれなかったものをどうして素人の者が見抜くことができるのでしょうか?
診断というものは全て医師の責任であるものと私は思います。
診断を行うのが医師の役目であり、診断に過誤があった場合は、100%医師の責任だと思います。
ここで言う診断とは、あくまでも確定診断です。確定診断でなければ、過誤とはなりません。
医療の中には治療や加療というものも含まれています。
これに関しては、患者や家族が方法などを選択することができます。
選択することができるものに関しては、患者や家族の責任なども自ずから発生すると思います。
しかし現実は素人では選択しにくい環境にあるものと思えます。
医師を信頼し頼るのがほとんどではないのでしょうか?
もし、患者や家族に責任が発生するとしたら、病院や医師の選択ではないのでしょうか?個人のカルテをセカンドオピニオンやサードオピニオンなどに持っていくことができる。つまり、患者や家族が病院や医師を選ぶことのできる環境が必要でないのかと思います。
治療や加療にはサイエンスや技術的な要因での失敗というものがあります。
その失敗の原因のほとんどは医師サイドに有るものと思われます。
失敗したなら方法は別にしても責任を取るというのは当たり前のことでは無いのでしょうか?
だからエビデンスのきちんと整った治療しか・・・・という話しになってしまい堂々巡りとなってしまいます。
これを解決することができるのは、インフォームド‐コンセントだと小生は考えております。
対面時間が長くなれば、医師との信頼関係を築くことができます。
信頼関係ときちんとした説明責任さえ行っておけば、多くのトラブルは回避することができるのではないのでしょうか?
日本ではこの環境が整備されていないのが残念です。
ただし100%と言い切ってしまったら、
医者はいなくなります。
患者さんが医者にすべてを話さずに、
重大なことを隠すという場合なども少なくはありません。
ケンさんコメントと同時に、昨日別件でメールをいただいた患者さんのご家族から、
以下のようなお話もいただきました。
・・・・・前文省略・・・・・
話は変わりますが、25日のブログで”腹膜炎を見落とす医者はいない”と書かれていますが、私が小さい頃見落とされた本人です。
その時、医者が言った言葉は”食べすぎです。”だそうです。
その後、家に帰っても私が転げまわるほど痛がっていたので、両親が別の病院に連れて行った所、腹膜炎だとわかり、即手術だったそうです。
これはだいぶ昔の話だからでしょうか?
勿論、病気の診断はそのほとんどが医者の責任です。
しかし、このご家族のように、
異変に気付き他の病院へ連れて行く・・・・
はじめの医者は誤診だったのかも知れません。
あるいは、腹膜炎は体動など僅かな変化でも
症状は大きく変わります。
また、消化管の穿孔により、
その瞬間から腹膜炎を発症し激烈な痛みが襲います。
はじめの医者が診た時には、
まだ、腹膜炎といえる状態ではなかったのかもしれません。
普通の医者は「食べ過ぎ」と腹膜炎と間違えることはありません。
腹膜炎という病気は、
まして、死が差し迫ったような状態の腹膜炎で、
患児が「胃腸炎というような状態」でいることなど、
一般的にはありえないことだと思います。
少なくとも、私の20数年間の外科医としての経験からは
想像ができません。
誤診したとされる小児科医も私と同世代ですから、
想像もしなかったのだと思います。
ガン末期の“癌性腹膜炎”ではその限りではありませんが…
その場合、診断がついたとしても助かりません。
「医師から胃腸炎と診断された病名に対して患者や家族のほとんどは何の疑いも持たないはずです。」
死に瀕した腹膜炎に対して、
いくら素人といえども何の疑いも持たないでいられるような状態など、
一般的はありえず、
極めて稀だということです。
私が、言いたかったのは、
常識ではありえないことを、
診断できなかったことに対してまでも、
責任を負わされなければならないのか、
まして、刑事事件として立件・書類送検されるべき事象なのか、
それを、責める権利が患者さんには存在しているのか、ということです。
また、警察官、検察官が如何にそれを判断するのかにも大きな疑問があります。
私はかつて、中学2年生の女児の腹膜炎を診たことがあります。
お臍の右下に限局性の腹膜炎を起こしていました。
虫垂炎と診断して、
即手術を行おうと思ったのですが、
後輩の外科医がその女の子に
「キミ、最近エッチしたのは何時?」
と、突然聞きました。
何をバカなことを聞くのかと驚いたところ、
アッサリと「おとといだったかな・・・」との返事が返ってきました。
虫垂炎ではなく、
卵管炎の可能性も出てきました。
よくよく話を聞くと、
頻繁に不特定多数の男性と性交渉を重ねていることが分かりました。
子宮外妊娠でもおかしくありません。
結局、虫垂炎よりも卵管炎の可能性が高くなり、
その後は婦人科医にお願いしました。
最終的には手術は行わなかったようです。
その子を病院へ連れてきた父親は警察官でした。
患児よりも先に、娘の腹痛について私と話をしたのは、
その警察官の父親でした。
警察官であることはカルテの表に保険の種類が書かれていますので
最初から判っていました。
当時から性行動の低年齢化は知ってはいましたが、
まさか、こんな幼い子供が・・・・
警察官のムスメが・・・・
と、まったく、疑いませんでした。
虫垂炎と誤診して手術を行っていたら、
私も刑事事件として立件され、
書類送検 → 起訴 → 塀の中
だったのでしょうか。
この話はオチもあります。
その警察官は、
診断が遅いことに腹を立て、診察室に入り込んできて
「何をグズグズしているんだ、まだ判らないのか!」と文句を言ってきましたが、
「お嬢さんの頻回な性交渉からの卵管炎、
子宮外妊娠の可能性もあり診断に難渋している」
旨、説明すると、凍り付いていました。
話は逸れましたが、
あの、新聞記事を見た、
腹膜炎という病態を知らない一般の方々は、
タダ一方的に、
「医者の誤診で4歳の女の子が死んだ」
とだけしか、受け取らないのではないでしょうか。
あの記事の奥底には、
極めて複雑なそして重要な事情が隠されているはずです。
しかし、マスコミはそれをオモテには出しません。
日本人が大好きな水戸黄門様の勧善懲悪ストーリーのとおり、
医者を、「善良な庶民を苦しめる悪代官か越後屋」に仕立て上げ、
「それがお上の手で捕まった」という筋書きだけを
作り上げているように思えてなりません。
このマスコミの姿勢は、
医療にかかわる報道すべてにいえるような気がします。
医療報道を見るときには
裏には何かが隠されていると考えて、見てください。
マスコミが大好きな、
否、患者受けする「夢の新薬」「画期的な治療法」
などはけっして鵜呑みにしないでください。
以上 文責 梅澤 充



