多くの場合一人の患者さんには何人ものご家族、肉親がおられます。
そして、皆さん、思い思いに患者さんの病気のことを心配されています。
一人の患者さんの病態・病状について
何人ものご家族が代わる代わる聞きにくるご家族もいます。
それぞれ、同一のことを言っているつもりですが、
テープレコーダーではないので、
その言い回しは、多少は違っているはずです。
その時、同じ意味を持つ言葉でも、
文字の並びの違いから受け取り方・理解も違ってきます。
患者さんを紹介してきた、
元の主治医の紹介状に
「患者には、胃の悪性腫瘍と説明してあります」
と書いてあったので、
患者さんに
「これから、最善と思われる胃ガンの治療をしましょう」
と話したところ、
患者さんの血相が変わり、
「私は、ガンだなんて言われていません。
悪性腫瘍ができている、と言われています。」
といわれてしまいました。
患者さんのアタマの中では
「悪性腫瘍 = ガン」
ではないのです。
あるいは、悪性腫瘍とは如何なるものかは不明であるも、
「ガン」とは考えたくないという意識が働いているものと思われます。
漠然と「ガン」という病名からは逃れたい、
という潜在意識の現われのように思います。
医者は客観的に事実だけを伝えます。
それに対して、患者さんやご家族のその解釈には、
主観や希望的な要素が多分に入り込んできて、
医者が伝えたい内容がかなり修飾されてしまいます。
説明内容を咀嚼するときに、
希望的な方向だけではなく、
悲観的予測ばかりが入り込んでくる患者さん、ご家族もいます。
たった一つの事実に対して
このようにさまざまな考え、思惑が入り乱れて
人それぞれの解釈がなされますから、
それぞれの方のアタマの中に思い描かれるその病気の本態は、
いろいろなかたちに姿を変えて存在することになります。
毎日いただく相談のメールの中には、
年老いたご両親の片方が、ガンになるも、
自分は遠方で主治医の話を聞きに行くことはできず、
その高齢の親御さんが、主治医から聞いたという話を持ち込まれる方も少なくありません。
その話は多くの場合、真実とは大きくかけ離れています。
医者が発した、患者さんの病状、今後の治療方針についての説明は、
ご高齢のご家族で、
しかも長年連れ添った伴侶に対する並々ならぬ感情により、
冷静、客観的な咀嚼はまったく不能な状態で、
事実が大きく修飾されてしまいます。
そのたっぷりと感情の込められた内容だけが
遠方のご家族に電話だけで伝えられることになります。
これは、ご高齢の方に限りません。
最悪の場合には人間の命を脅かす病気に対して、
シッカリとした知識がない方が、
感情を抜きに冷静に受け止めることは、
なかなか難しいことだと思います。
それが、人から人へ伝われば、
はじめの医者の言葉など、
跡形もなく消え去ります。
正確な情報などまったく存在しなくなります。
一つの真実に対して、
ご自身の感情を含んでそれを理解することは当然のことです。
しかし、他人の感情により修飾されてしまった話を真実であると勘違いすると、
話はとでもない方向へ進みます。
本日もご家族の又聞きだけを頼りに、
治療の相談に来られた患者さんのご家族がおりましたが、
まったくの無駄足でした。
というより、
考えられる可能性一つ一つについて、
Aの場合ならば選択肢はこれとこれ、
Bの場合ならば考えられる治療は、
標準的にはこれこれだけど、それよりこの方針が良いと思います。
Cの場合は・・・・・
と、考えられること全部について説明しなければならずとても疲れました。
また、本日、TS-1でジンマシンの副作用が出たので
「TS-1を止めるように」とお話した患者さんのご家族から、
「本人は、TS-1と同時に飲んでいるモービックもタガメットも、
副作用を予防するクスリだから当然同時に止めると言っているが、それでいいのか」
との問い合わせがありました。
タガメット、モービックがTS-1の副作用防止などとはまったく言ってはいません。
それぞれのクスリの役割については必ず詳しく説明しているのですが、
年配の患者さん、ご家族では真実を把握する能力はその程度の場合がしばしば見られます。
ご自身の思うとおりに真実を曲げて解釈してしまう典型的なケースです。
病気、治療、その成績などの重要な項目については、
又聞きではなく、
必ずご自身の耳で主治医に確認してください。
以上 文責 梅澤 充
そして、皆さん、思い思いに患者さんの病気のことを心配されています。
一人の患者さんの病態・病状について
何人ものご家族が代わる代わる聞きにくるご家族もいます。
それぞれ、同一のことを言っているつもりですが、
テープレコーダーではないので、
その言い回しは、多少は違っているはずです。
その時、同じ意味を持つ言葉でも、
文字の並びの違いから受け取り方・理解も違ってきます。
患者さんを紹介してきた、
元の主治医の紹介状に
「患者には、胃の悪性腫瘍と説明してあります」
と書いてあったので、
患者さんに
「これから、最善と思われる胃ガンの治療をしましょう」
と話したところ、
患者さんの血相が変わり、
「私は、ガンだなんて言われていません。
悪性腫瘍ができている、と言われています。」
といわれてしまいました。
患者さんのアタマの中では
「悪性腫瘍 = ガン」
ではないのです。
あるいは、悪性腫瘍とは如何なるものかは不明であるも、
「ガン」とは考えたくないという意識が働いているものと思われます。
漠然と「ガン」という病名からは逃れたい、
という潜在意識の現われのように思います。
医者は客観的に事実だけを伝えます。
それに対して、患者さんやご家族のその解釈には、
主観や希望的な要素が多分に入り込んできて、
医者が伝えたい内容がかなり修飾されてしまいます。
説明内容を咀嚼するときに、
希望的な方向だけではなく、
悲観的予測ばかりが入り込んでくる患者さん、ご家族もいます。
たった一つの事実に対して
このようにさまざまな考え、思惑が入り乱れて
人それぞれの解釈がなされますから、
それぞれの方のアタマの中に思い描かれるその病気の本態は、
いろいろなかたちに姿を変えて存在することになります。
毎日いただく相談のメールの中には、
年老いたご両親の片方が、ガンになるも、
自分は遠方で主治医の話を聞きに行くことはできず、
その高齢の親御さんが、主治医から聞いたという話を持ち込まれる方も少なくありません。
その話は多くの場合、真実とは大きくかけ離れています。
医者が発した、患者さんの病状、今後の治療方針についての説明は、
ご高齢のご家族で、
しかも長年連れ添った伴侶に対する並々ならぬ感情により、
冷静、客観的な咀嚼はまったく不能な状態で、
事実が大きく修飾されてしまいます。
そのたっぷりと感情の込められた内容だけが
遠方のご家族に電話だけで伝えられることになります。
これは、ご高齢の方に限りません。
最悪の場合には人間の命を脅かす病気に対して、
シッカリとした知識がない方が、
感情を抜きに冷静に受け止めることは、
なかなか難しいことだと思います。
それが、人から人へ伝われば、
はじめの医者の言葉など、
跡形もなく消え去ります。
正確な情報などまったく存在しなくなります。
一つの真実に対して、
ご自身の感情を含んでそれを理解することは当然のことです。
しかし、他人の感情により修飾されてしまった話を真実であると勘違いすると、
話はとでもない方向へ進みます。
本日もご家族の又聞きだけを頼りに、
治療の相談に来られた患者さんのご家族がおりましたが、
まったくの無駄足でした。
というより、
考えられる可能性一つ一つについて、
Aの場合ならば選択肢はこれとこれ、
Bの場合ならば考えられる治療は、
標準的にはこれこれだけど、それよりこの方針が良いと思います。
Cの場合は・・・・・
と、考えられること全部について説明しなければならずとても疲れました。
また、本日、TS-1でジンマシンの副作用が出たので
「TS-1を止めるように」とお話した患者さんのご家族から、
「本人は、TS-1と同時に飲んでいるモービックもタガメットも、
副作用を予防するクスリだから当然同時に止めると言っているが、それでいいのか」
との問い合わせがありました。
タガメット、モービックがTS-1の副作用防止などとはまったく言ってはいません。
それぞれのクスリの役割については必ず詳しく説明しているのですが、
年配の患者さん、ご家族では真実を把握する能力はその程度の場合がしばしば見られます。
ご自身の思うとおりに真実を曲げて解釈してしまう典型的なケースです。
病気、治療、その成績などの重要な項目については、
又聞きではなく、
必ずご自身の耳で主治医に確認してください。
以上 文責 梅澤 充



