に対して、長文の表コメントをいただきました。
「ガンで死ぬことは許されても、
薬害で死ぬことは許されない」
という、イレッサ裁判の原告のホームページでの主張を見て、
今も続いているその裁判の原告は、
ガン治療の現場で毎日ガン患者さんと接している人間の感じ方とは、
ずいぶんとかけ離れている、と感じ、
私自身のその偏見も手伝ってかなり歪んで裁判の真相を捉えて、
それを、勝手にこのブログで書いてきたような気がします。
そのお詫びの意味も込めまして、
投稿いただいたコメントを再掲いたします。
件名 : 少しだけ話させてください
私は、イレッサ訴訟に関わっている者です。
(原告ではありません。)
世間の多くの皆さんは、イレッサ裁判を、「貴重な薬を一個人が勝手なわがままからなくそうとしている」のだと受け取られているようですが、それは誤解です。
イレッサ裁判は、間質性肺炎で亡くなった方のご遺族が、なぜ家族が死ななければならなかったのか、その理由を突き止めたい、という思いから始まったものです。
そして、原告となった方の望みは、今後少しでも安全な薬を提供してもらいたい、というものです。
最終的に裁判で、イレッサに有効性アリと判断されたら、それもまた原告にとって一つの答えです。
逆に、イレッサに有効性ナシと判断されたら、イレッサの乱用は禁止、しかし既に服用されているがん患者の方々のためには、メーカに供給継続を義務付ける、ということを、裁判では訴えています。
今では、イレッサの副作用も認知されており、使う人は自己判断で、ということになっているようですね。
ですが、原告のご家族がイレッサを服用されていた当時は、イレッサが正に「夢の新薬」としてもてはやされ、副作用も少ないと言われていた頃だったのです。
原告は、もがき苦しみながら亡くなったご家族を前に、「こんなはずじゃなかったのに」という思いにさいなまれたことでしょう。
その後、イレッサにも副作用があることが(医療関係の方には副作用の無い薬がないことは当然でしょうが・・・)一般的にも認知されました。
原告にとっては正に寝耳に水です。
「重篤な副作用は無い」と言われ、また、そう信じてきたのですから。
原告は、ご家族が亡くなったことの責任の所在を、明らかにしたいと考えるようになりました。
そして、裁判を提起するにあたり、先ずはその責任の所在を、薬を売ったメーカや薬を承認した国に問うてみることになりました。
マスコミ等、他にも責任を問い得る対象はいますが、先ずは薬の元締めから、ということです。
原告は、自分と同じように、最愛の家族を苦しみながら死なせるような思いをする人は増やしたくない、という思いで裁判を提起したのです。
ですが、ニュースでは、まるで原告が考えなしに家族の死をイレッサのせいにしているかのように報道されてしまいます。
そして、そのことで、多くの人、特に現在イレッサを服用されている方々や、医療関係者の方々から、批判を浴びることとなってしまいました。
原告は、そのことに大変胸を痛め、傷ついています。
「自分が訴訟を起こしたせいで、イレッサを服用できずに死ぬ人がいるのか」
「自分のやったことは間違っているのか」・・・
しかし、前述の通り、イレッサ裁判の目的は、イレッサを無意味になくすことではなく、人一人が亡くなったことの責任の所在を明らかにするものです。
その中で、イレッサの有効性の有無が、抗がん剤の承認方法が、焦点となっているのです。
軽々しくは言えませんが、イレッサの有効性の有無が明らかになった方が、多くの方にとってもプラスなのではないでしょうか。
決して、抗がん剤の承認を遅らせたり、医療現場に横槍を入れるようなことが目的ではないことを、ご理解いただきたいものです。
ぜひ、暖かく裁判の結果を見守っていて欲しいのです。
長々と申し訳ありません。
世間の方々の受けとらえ方と、裁判の目的とが、あまりにもかけ離れているように思えたので、思わず書かせていただきました。
不適切な表現がありましたら、どうぞご容赦下さい。
「原告の逆恨み」だけのように誤解していましたが、
それだけではないようですので、
反省します。
ただ一点、
たしかに不幸な副作用・間質性肺炎で亡くなられた患者さんが多発したのは、
「副作用の無い夢の新薬」という
無責任に作られたキャッチフレーズが一人歩きしていた時期であり、
まさに騙まし討ちのようで、
その点は、お気の毒だったとは思います。
しかし、副作用でご家族をなくされた裁判の原告の方々、
および亡くなられたご本人は、
現在のイレッサの副作用情報を知っていたならば、
それを使うことを拒否したでしょうか。
そして、数ヶ月後に必ず訪れる肺ガンによる死を、
ただ座して待つ道を選択したのでしょうか。
今となっては答えは出ないでしょうが、
疑問に思います。
多くの方が、
身内の人間であれば、
黙ってガンに殺されていく姿を見たいとは思はないような気がします。
1月29日にも書きましたが、
これからも、「夢の新薬」はゾロゾロと登場してきます。
分子標的薬です。
第一弾がアバスチンです。
先日承認され、まもなく薬価収載がなされて事実上使えるようになると思います。
その次が、エルロチニブ、次がセツキシマブ、ラパチニブ・・・・
目白押しです。
副作用も同様にゾロゾロと出てくると思います。
従来の、正常細胞と同時にガン細胞も殺傷しようという、
細胞毒である抗癌剤の場合は、
はじめから「毒」と分かっていますから、
副作用が出るのは当たり前であり、気が楽です。
しかし、分子標的薬は
ガン細胞の特定部位にだけ作用させてその細胞だけを障害しようという
新しい概念のクスリであり、
副作用が出ない可能性もありますが、
人間にはその使用経験がありませんから、
副作用も未知です。
私自身、ハーセプチン(乳ガン以外)アバスチン、アービタックスなどは
多くの患者さんですでに使っていますが、
すべての患者さんではありませんが、
確実に延命効果はあると感じています。
今後出てくる、いずれの新薬も、
効果は当然認められていますので、
それを使う意義は少なくないと思います。
しかし、必ず無知の副作用は存在し、
その結果責任は、
先日の5月2日の「責任は取れません!?」
で書いたような無責任な医者は勿論のこと、
誰も、その責任は負えません。
製薬会社も関係ないと思います。
自己責任あるのみです。
自己責任の取れる患者さんだけが、
その恩恵にも与ると思います。
以上 文責 梅澤 充




