「そんな量では効かない」
「減量したら意味がない」
この言葉は何回聞かされたか判りません。
勿論、患者さんからの伝え聞きです。
さらに、「抗癌剤は標準量を使わなければ意味がない。」
「量を減らすと、効果は出ずに、副作用だけが出てしまう。」
などという記事が新聞にも出ていたそうで、
それも、ここ数日何人もの患者さんから伝え聞きました。
皆さんその言葉が真実ではないことを実感している方々です。
それを言ったり、新聞で書いている医者は、
エビデンスを唯一の治療の根拠、
金科玉条・黄門様の印籠にしているはずです。
しかし、「そんな量」のエビデンスは一切出されていません。
それに、彼らは、
大学の医学部を卒業して医者になってから、
標準量の抗癌剤治療だけしか行った経験はないはずです。
「そんな量」の抗癌剤治療は行ったことは無いはずです。
6月25日の「延命効果の無い抗癌剤治療」でも書いたとおり、
まったく延命効果の認められない、
しかも副作用だけが表に出てくる大量の抗癌剤を使った治療だけを、
延々と行ってきた先生方です。
医者も一科学者です。
(私は科学者である前に、医者でありたいと思っていますが・・・・)
科学者として、
自分に経験も無く、
さらにエビデンスもまったく無い治療に対して、
「効果が無い」「効かない」と決め付けて良いものでしょうか。
少なくとも科学者であれば、
自分の目で確認してから、
「効かない」と言って欲しいものです。
何故、すべての患者さんに標準的な最大耐用量が最適なのでしょうか。
目の前の、世界にタダ一人の患者さんに対して、
標準という平均値だけが最適であるとの
その根拠は何処にあるのでしょうか。
もしお酒に標準量があったならば、
恐らく私の場合には、
標準量の10倍程度飲まないと、
“効いて”くれなのではないかと思います。
また、下戸ではその標準量で
致命的な泥酔状態に陥る人間もいるはずです。
抗癌剤もまったく同じです。
たまたま治験に参加した人間のガンに対して、
標準とされる量を使ってみたら、
数ヶ月の延命効果が得られたというだけです。
ガン細胞も人間の個性も
すべてバラバラな患者さん全員に合った標準量などが
存在するはずがありません。
そんな数字が身長と体重だけから算出できるわけがありません。
4つの血液型だけですべての人間の性格を決めるようなものです。
たしかに、「効く・効かない」を
科学的な言葉として捉えたときには、
2006年1月10日の「抗癌剤治療は効いても長生きできない!?」
で説明したとおり、
「効く」とは、
延命効果とは関係なく、
ガンの一時的な(4週間以上)縮小が得られなければなりませんので、
抗癌剤の量を少なくしたときには、
当然ながら縮小効果は小さくなります。
したがって「効かない」という表現はある程度は正解かもしれません。
しかし、患者さんにとっての「効く」は、
長生きをすることだと思います。
昨日、「患者家族さん」から、
嬉しいコメントを頂きましたが、
「治療方法が無い= 標準的抗癌剤治療ができない」
という状態から、
年単位で長生きされている患者さんはたくさんおられます。
皆さん「効かない量」「そんな量」の抗癌剤での治療です。
中には、血液中の抗癌剤の濃度を考えたならば、
理論的にはガンの縮小があるとは思えないような量の抗癌剤でも、
立派にガンの縮小が認められることもあります。
そこには恐らく、
「量を少なくした抗癌剤によって活性化された免疫力」が
関与しているのであろうと推測されます。
そのメカニズムも動物実験の段階ですが、
解明されてはきました。
しかし、人間の身体もガンも、
一介の医者などには、想像もできないほど複雑怪奇な存在だと思います。
医者が持っている知識なぞ、
その巨大で極めて精巧な物体のごく僅かな部分だけだと思います。
現在のガン治療は「群盲象をなぜる」の状態ではないでしょうか。
医者にできることは、
個々で性質の違うその緻密で複雑怪奇な物体の状態を
可能な限り注意深く観察して、
不都合な方向に向かわないように注意していくことだけだと考えます。
自分たちが持っている極めてチッポケな常識だけに捕らわれていたら、
その先入観に支配されて、
重大なことを見落としてしまうように思います。
それが現在の標準的抗癌剤治療である様に思えてなりません。
以上 文責 梅澤 充
「減量したら意味がない」
この言葉は何回聞かされたか判りません。
勿論、患者さんからの伝え聞きです。
さらに、「抗癌剤は標準量を使わなければ意味がない。」
「量を減らすと、効果は出ずに、副作用だけが出てしまう。」
などという記事が新聞にも出ていたそうで、
それも、ここ数日何人もの患者さんから伝え聞きました。
皆さんその言葉が真実ではないことを実感している方々です。
それを言ったり、新聞で書いている医者は、
エビデンスを唯一の治療の根拠、
金科玉条・黄門様の印籠にしているはずです。
しかし、「そんな量」のエビデンスは一切出されていません。
それに、彼らは、
大学の医学部を卒業して医者になってから、
標準量の抗癌剤治療だけしか行った経験はないはずです。
「そんな量」の抗癌剤治療は行ったことは無いはずです。
6月25日の「延命効果の無い抗癌剤治療」でも書いたとおり、
まったく延命効果の認められない、
しかも副作用だけが表に出てくる大量の抗癌剤を使った治療だけを、
延々と行ってきた先生方です。
医者も一科学者です。
(私は科学者である前に、医者でありたいと思っていますが・・・・)
科学者として、
自分に経験も無く、
さらにエビデンスもまったく無い治療に対して、
「効果が無い」「効かない」と決め付けて良いものでしょうか。
少なくとも科学者であれば、
自分の目で確認してから、
「効かない」と言って欲しいものです。
何故、すべての患者さんに標準的な最大耐用量が最適なのでしょうか。
目の前の、世界にタダ一人の患者さんに対して、
標準という平均値だけが最適であるとの
その根拠は何処にあるのでしょうか。
もしお酒に標準量があったならば、
恐らく私の場合には、
標準量の10倍程度飲まないと、
“効いて”くれなのではないかと思います。
また、下戸ではその標準量で
致命的な泥酔状態に陥る人間もいるはずです。
抗癌剤もまったく同じです。
たまたま治験に参加した人間のガンに対して、
標準とされる量を使ってみたら、
数ヶ月の延命効果が得られたというだけです。
ガン細胞も人間の個性も
すべてバラバラな患者さん全員に合った標準量などが
存在するはずがありません。
そんな数字が身長と体重だけから算出できるわけがありません。
4つの血液型だけですべての人間の性格を決めるようなものです。
たしかに、「効く・効かない」を
科学的な言葉として捉えたときには、
2006年1月10日の「抗癌剤治療は効いても長生きできない!?」
で説明したとおり、
「効く」とは、
延命効果とは関係なく、
ガンの一時的な(4週間以上)縮小が得られなければなりませんので、
抗癌剤の量を少なくしたときには、
当然ながら縮小効果は小さくなります。
したがって「効かない」という表現はある程度は正解かもしれません。
しかし、患者さんにとっての「効く」は、
長生きをすることだと思います。
昨日、「患者家族さん」から、
嬉しいコメントを頂きましたが、
「治療方法が無い= 標準的抗癌剤治療ができない」
という状態から、
年単位で長生きされている患者さんはたくさんおられます。
皆さん「効かない量」「そんな量」の抗癌剤での治療です。
中には、血液中の抗癌剤の濃度を考えたならば、
理論的にはガンの縮小があるとは思えないような量の抗癌剤でも、
立派にガンの縮小が認められることもあります。
そこには恐らく、
「量を少なくした抗癌剤によって活性化された免疫力」が
関与しているのであろうと推測されます。
そのメカニズムも動物実験の段階ですが、
解明されてはきました。
しかし、人間の身体もガンも、
一介の医者などには、想像もできないほど複雑怪奇な存在だと思います。
医者が持っている知識なぞ、
その巨大で極めて精巧な物体のごく僅かな部分だけだと思います。
現在のガン治療は「群盲象をなぜる」の状態ではないでしょうか。
医者にできることは、
個々で性質の違うその緻密で複雑怪奇な物体の状態を
可能な限り注意深く観察して、
不都合な方向に向かわないように注意していくことだけだと考えます。
自分たちが持っている極めてチッポケな常識だけに捕らわれていたら、
その先入観に支配されて、
重大なことを見落としてしまうように思います。
それが現在の標準的抗癌剤治療である様に思えてなりません。
以上 文責 梅澤 充



