昨日の「何処にでもある話」の続きになりますが、
「定量の抗ガン剤を投与するか・全く投与しないか、といった
All or Nothingの考え方に執着する理由がよくわかりません。」
その理由は昨日書いたとおりだと思います。
ところで現在の抗癌剤治療は、
何処に行っても本当にAll or Nothing です。
All の標準的抗癌剤治療だけです。
何故、Nothingとの中間は無いのでしょうか。
それは、昨日の答えと同じで、
ただエビデンスが無いの一言に尽きます。
しかし、そのAll とはいかなるものか、再度考えてみます。
抗癌剤治療には50年以上の歴史がありますが、
その歴史の中で、
長い間、抗癌剤治療には延命効果は認められませんでした。
そしてAll を嫌う多くの患者さんが恐れる副作用は、
その歴史がはじまって以来、
現在まで延々と続いています。
乳ガン、卵巣ガンでは比較的早い時期から延命効果は確認されていましたが、
胃ガン、大腸ガン、肺ガンなど他のガンでは、
十数年前まで、抗癌剤治療に延命効果はありませんでした。
いまだに延命効果のハッキリしていないガンもあります。
延命効果は無いにもかかわらず、
副作用だけは確実に患者さんを苦しめるていました。
ガン細胞という、
人間の正常な細胞の兄弟のような細胞を殺す毒薬を使う
抗癌剤治療では、
副作用をゼロにすることは不可能です。
そして、現在まで、
その身内のようなガン細胞を可能な限りたくさん殺すために、
その毒薬を如何に大量に使うかだけが考えられてきました。
しかし、その大量に体内に入れられた抗癌剤は、
必ずしもガン細胞を殺してくれるとは限りません。
副作用は当たっても外れても皆平等に訪れます。
しかし、外れてしまった大量の抗癌剤は、
確実にガンを悪化させます。
患者さんの寿命を縮めます。
その事実は、前述のとおり、
つい最近まで、
抗癌剤治療を行った患者群と無治療の患者群において、
生存期間に差が出なかったことを見ても明らかです。
生存期間に差が出ないにもかかわらず、
辛い副作用を伴う治療を行う根拠になっていたものは、
抗癌剤治療を行ったグループの中には、
楽な無治療グループの患者さんよりも、
「長生きができる患者さんが僅かながら存在していた」ことのはずです。
もしそれが、無かったのであれば、
つい最近になり、抗癌剤治療を行った患者群で、
生存期間の延長が認められるようになる前に行われていた治療は、
ほとんど犯罪行為ということになります。
長生きできる患者さんが存在しているにもかかわらず、
平均すると無治療群の患者さんと同じになってしまう。
これは、抗癌剤治療を行うも、
無治療群の患者さんよりも短命で終わってしまった患者さんが、
抗癌剤治療により延命できた患者さんと
同等に存在していたことを意味します。
現在では、抗癌剤治療による生存期間の延長は、
多くのガン治療で確認されてエビデンスとなっていますが、
効かなかった患者さんでは、
寿命を縮める事実には変わりはありません。
抗癌剤治療が、
寿命を縮める可能性も多分にあるのですから、
Nothing の無治療も正当化されます。
寿命を縮める可能性があるのが、
All である標準的抗癌剤治療であり、
それが故に Nothing の無治療が許されるのであれば、
寿命を縮める可能性の低い、
ごく小量の抗癌剤を使った治療は認められてもよさそうなものだと思います。
昨日のメールに書かれていた主治医は、
「低濃度の抗ガン剤には副作用だけあり効果がない。毒になるだけなので」
などと馬鹿げたことを言っているようですが、
抗癌剤ははじめから毒薬であるという認識を持って開発されていますから、
必ず毒性試験がなされています。
標準的に大量に使った時と、
ごく少量で使った時では、
その毒性は大きく違います。
主治医はご存知無いのでしょうか。
たしかに、ガンの縮小を唯一の治療効果と考える、
抗癌剤の臨床試験では、
ごく少量の抗癌剤治療では、
標準的に大量の抗癌剤を使う治療に比較して
「効果が無い」(効果が小さい)ことは事実だと思います。
しかし、仮に効果が小さくても、
寿命を縮める副作用も間違いなく小さいですから、
延命効果は確実に期待できることになると思います。
事実、ごく小量の抗癌剤だけをつかった治療では、
エビデンスで示されている生存期間中央値より
短い寿命で終わる患者さんはほとんどいません。
「もはや治療方法はありません。あと○ヶ月です」
と、お決まりの宣告後にガン難民になってから来られた患者さんでも、
その○ヶ月より短くなる患者さんは、
見たことがありません。
早く、All とNothing の中間治療が普及することを期待します。
以上 文責 梅澤 充
「定量の抗ガン剤を投与するか・全く投与しないか、といった
All or Nothingの考え方に執着する理由がよくわかりません。」
その理由は昨日書いたとおりだと思います。
ところで現在の抗癌剤治療は、
何処に行っても本当にAll or Nothing です。
All の標準的抗癌剤治療だけです。
何故、Nothingとの中間は無いのでしょうか。
それは、昨日の答えと同じで、
ただエビデンスが無いの一言に尽きます。
しかし、そのAll とはいかなるものか、再度考えてみます。
抗癌剤治療には50年以上の歴史がありますが、
その歴史の中で、
長い間、抗癌剤治療には延命効果は認められませんでした。
そしてAll を嫌う多くの患者さんが恐れる副作用は、
その歴史がはじまって以来、
現在まで延々と続いています。
乳ガン、卵巣ガンでは比較的早い時期から延命効果は確認されていましたが、
胃ガン、大腸ガン、肺ガンなど他のガンでは、
十数年前まで、抗癌剤治療に延命効果はありませんでした。
いまだに延命効果のハッキリしていないガンもあります。
延命効果は無いにもかかわらず、
副作用だけは確実に患者さんを苦しめるていました。
ガン細胞という、
人間の正常な細胞の兄弟のような細胞を殺す毒薬を使う
抗癌剤治療では、
副作用をゼロにすることは不可能です。
そして、現在まで、
その身内のようなガン細胞を可能な限りたくさん殺すために、
その毒薬を如何に大量に使うかだけが考えられてきました。
しかし、その大量に体内に入れられた抗癌剤は、
必ずしもガン細胞を殺してくれるとは限りません。
副作用は当たっても外れても皆平等に訪れます。
しかし、外れてしまった大量の抗癌剤は、
確実にガンを悪化させます。
患者さんの寿命を縮めます。
その事実は、前述のとおり、
つい最近まで、
抗癌剤治療を行った患者群と無治療の患者群において、
生存期間に差が出なかったことを見ても明らかです。
生存期間に差が出ないにもかかわらず、
辛い副作用を伴う治療を行う根拠になっていたものは、
抗癌剤治療を行ったグループの中には、
楽な無治療グループの患者さんよりも、
「長生きができる患者さんが僅かながら存在していた」ことのはずです。
もしそれが、無かったのであれば、
つい最近になり、抗癌剤治療を行った患者群で、
生存期間の延長が認められるようになる前に行われていた治療は、
ほとんど犯罪行為ということになります。
長生きできる患者さんが存在しているにもかかわらず、
平均すると無治療群の患者さんと同じになってしまう。
これは、抗癌剤治療を行うも、
無治療群の患者さんよりも短命で終わってしまった患者さんが、
抗癌剤治療により延命できた患者さんと
同等に存在していたことを意味します。
現在では、抗癌剤治療による生存期間の延長は、
多くのガン治療で確認されてエビデンスとなっていますが、
効かなかった患者さんでは、
寿命を縮める事実には変わりはありません。
抗癌剤治療が、
寿命を縮める可能性も多分にあるのですから、
Nothing の無治療も正当化されます。
寿命を縮める可能性があるのが、
All である標準的抗癌剤治療であり、
それが故に Nothing の無治療が許されるのであれば、
寿命を縮める可能性の低い、
ごく小量の抗癌剤を使った治療は認められてもよさそうなものだと思います。
昨日のメールに書かれていた主治医は、
「低濃度の抗ガン剤には副作用だけあり効果がない。毒になるだけなので」
などと馬鹿げたことを言っているようですが、
抗癌剤ははじめから毒薬であるという認識を持って開発されていますから、
必ず毒性試験がなされています。
標準的に大量に使った時と、
ごく少量で使った時では、
その毒性は大きく違います。
主治医はご存知無いのでしょうか。
たしかに、ガンの縮小を唯一の治療効果と考える、
抗癌剤の臨床試験では、
ごく少量の抗癌剤治療では、
標準的に大量の抗癌剤を使う治療に比較して
「効果が無い」(効果が小さい)ことは事実だと思います。
しかし、仮に効果が小さくても、
寿命を縮める副作用も間違いなく小さいですから、
延命効果は確実に期待できることになると思います。
事実、ごく小量の抗癌剤だけをつかった治療では、
エビデンスで示されている生存期間中央値より
短い寿命で終わる患者さんはほとんどいません。
「もはや治療方法はありません。あと○ヶ月です」
と、お決まりの宣告後にガン難民になってから来られた患者さんでも、
その○ヶ月より短くなる患者さんは、
見たことがありません。
早く、All とNothing の中間治療が普及することを期待します。
以上 文責 梅澤 充



