Dr.Maradona と名乗る、
恐らく先輩外科医からコメントをいただきました。
ちょうど
昨日の「教育も、医療も」で書いた、
医療の荒廃の現実、将来展望についてのご指摘です。
Dr.Maradona氏 とは、
きっと“神の手”を持つ外科医だと拝察します。
外科医の減少に関して
将来希望する医師が減少しているのは何も産婦人科、小児科に限ったお話ではありません。外科に限らず、脳外科や救命医などもその数がさらに減少の一途を辿っております。その理由は激務であること、プライベートな時間もないこと、勤務時間に見合った報酬は貰えない事、などが具体的にあると思います。いわゆる時間の取れるといわれている科(実際にはどうか分かりませんが精神科、眼科、皮膚科など)の医師達との不透明な生活格差があります。
私が医師になりたての頃は、まだ救命にかける医師達は憧れ的な存在で、その場に居合わせただけで仕事に誇りを持って働いていた人達が多く存在していたと思います。それを横目で見ながら、自分も医師として大きくなっていきたいと願ったものです。かくいう私も15ヶ所以上の公立病院、大学を経て今に至りますが、最近特に感じることは社会構造の変化が、遂に医療福祉をも蝕みつつあるという現状です。これに対しては今の若い研修医達はさらに敏感で、始めは外科系を志していた若者が研修を終える頃には楽な科を選び始め、はたまた保健所の所長などを始めから希望して道を諦めて行くのを多数見かけました。私達の時代には例えば保健所勤務などは基礎研究者で臨床を出来ない人か、仕事を途中で断念したために一線に復帰できない人達が行くような印象がありましたが、今では立派な就職口となっています。これでは外科系の医師達は年老いていくばかりで、まさに「医療崩壊」が加速していくのみと思います。
さらに恐るべき事は、実はこの由々しき医療現場の事態は一般にはほとんど、いや全くといって良いほど知られていないという事です。現在がこういう状況であれば、その医師達が第一線を担う10年後、20年後はどうなってしまうのでしょうか?
政府や役人の政策はこうした医療崩壊の現状をよく理解したうえで、国民全体を守っていくには経済回復以外にもっと守らなければならないインフラ(教育、福祉、医療、建築)があることを理解するべきと思います。これらが保てなくなった国に、国民は何を期待して生きていけるというのでしょう。雑多に書いてしまいすみません。私も最近年をとったためでしょうか。普段口に出せないことを書き込むことで済ましているように思います。
何時かも、書きましたが、
町田胃腸病院の近隣の医科大学では、
医学部卒業生百数十名中、
精神科志望者が30名のところ、
外科志望者はゼロという衝撃的な結果が出ていました。仕事量が多く、リスクばかり高く、
報酬は低い外科を志望する奇特な医学生は、
ますます減少することと思います。
本日セカンドオピニオンに来られた、
大腸ガンの肝臓転移病巣に対して、
根治切除手術を受けるという患者さんも、
手術予定は来年の2月にならないと無理という予約状況です。
そこの病院でセカンドオピニオンを受けるまでにも2ヶ月待たされたそうです。
現在でも、
切除が可能か否かの限界の大きさです。
来年の2月までに少しでも増大が認められたならば、
手術は不可能になります。
すなわち、その患者さんのガンの根治への夢は断たれます。
「それまで、増大させないで欲しい」と相談に来られました。
その手術を受ける予定の病院では、
神の手を持つといわれる外科医がおり、
人気が高すぎることが原因ですが、
他に手術ができる病院が無いから、
そこに人気が集中します。
神の手を持つ外科医は、
本来そこの病院だけではなく、
もっとたくさんの病院にいたはずです。
しかし、修練を怠れば神様にはなれません。
現在の外科勤務医の置かれた環境で、
修練に手を抜かずに努力していくことはほとんど不可能です。
医者自身の生活も犠牲にしなければなりません。自分を犠牲にしてまで努力をして、
その挙句に訴えられる。そんな馬鹿げた道を進むお人好しはいません。
一方、仕事がラクで収入の多い美容外科医は
ドンドン増えています。
彼らの報酬は一般の外科医とは比較になりません。
ケタが違います。
経済的に豊かになると、
競争原理が働き
他者を出し抜き、
さらに豊かになろうとして、
他には無い付加価値をつけるため、
その技術は切磋琢磨され一気に進歩します。
資本主義社会の良い面が如実に現れてきます。
最新の医療機器もドンドン導入されます。
将来は「美しい人だらけの日本」になることでしょう。とても楽しみです。
しかし、現行の保険医療制度の下では、
ガン治療に最新兵器などを
下手に導入すれば、
その借金で病院倒産の危機にも陥ります。
今の日本の医療には、
病院も若い医者も切磋琢磨できる土壌すらありません。
コメントご指摘の、
閑職であったはずの保健所所長が
人気職種になっている実態にも現れています。
(ちなみに保健所所長は医師免許が無ければなれません)9時5時で週休2日、
夏休みもタップリの仕事には、
私も憧れます。
なれるものならなりたい・・・・
これからの日本の医療はどうなっていくのか、
本当に心配です・・・・
以上 文責 梅澤 充
テレビは信用できません
バッチさま
私も、ひたすら自分の病気の真実を知りたいと思って、いろいろ調べているうち、深みにはまってきた、という感じです(^_^;)
テレビにかぎらず、マス・メディアが流す情報は、取材不足だったり、単に受け狙いだったり、故意に特定の情報をピックアップしたりと、様々の理由により「ゆがんでいることが普通」です。
これを、メディア・バイアスというそうです。
癌関連の情報も、バイアスがかかり放題ですので、よほど注意しないと、誤った判断をしてしまうことでしょう。
ある本(※)に「氾濫する科学情報を識別するための十カ条」というのが載っていまして、大変示唆に富んでいるのでご紹介します。
食品に関するものですが、医療にも十分応用がきくと思います。
<引用開始>
1.懐疑主義を貫き、多様な情報を収集して自分自身で判断する
2.「○○を食べれば・・・」というような単純な情報は排除する
3.「危険」「効く」など極端な情報は、まず警戒する
4.その情報がだれを利するか、考える
5.体験談、感情的な訴えには冷静に対処する
6.発表された「場」に注目する。学術論文ならば、信頼性は比較的高い
7.問題にされている「量」に注目する
8.問題にされている事象が発生する条件、とくに人に当てはまるのかを考える
9.他のものと比較する目を持つ
10.新しい情報に応じて柔軟に考えを変えてゆく
<引用終>
癌医療の場合、特に「こうすれば治る」のたぐいは、真っ先に疑うべき情報でしょうね。
※『メディア・バイアス』(松永和紀著:光文社新書)
2007-09-25 火 23:12:27 /URL /まいくま /
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まいくま様
まいくま様
貴女の書きこみに、いつも本当に感心しております。勉強をしておられるのですね・・・見習いたいと思います。
放射線での書き込みは、ネットで私が拙い調べ方をするなら貴女のコメントを読ませていただいたほうが早いなか・・と(^-^
況してや診療報酬や保険の仕組み・・等、私にはわからない事ばかり。
そんな私でも、せめて自分のガンの事は知りたい・・そう思いつつも、聞きなれない難しい言葉の羅列に、嫌気がさしてしまいます。
あの神の手に感心し感激し・・でも私でも「あれからあの患者はどうしたのだろう・・」の思いは今もあります。
悲しいかな、あれだけの手術に耐えても、ガンはおとなしくはしてないのでしょう。
99個の多発転移は、他臓器にも間違いなく既に転移してるのでは・・と思いますし
再度肝臓にも又・・・と。
ただ術前に医師が、患者にそれらの説明をしなかったとは、考えられません。
様々なリスクを承知し、完治は望めるはずもなく・・・それらを全て知りながら、多発したガンを
執れるものなら執りたい!彼を最後の砦として患者が手術を切望した場合、手術も選択肢のひとつになり得る場合もあるのかも知れませんね。
生きる希望を繋げる意味合いからも・・
そんな手術を執刀してくれる医師は多くはいないでしょうが・・・
問題はその後の経緯を伝えない事ですね。視聴料を取るNHKなら、尚更です!
あれでは「手術さえすれば!」と短絡的に患者が考え、殺到するのは必至ですよね。
どうもこの手の番組は、大なり小なりそんな側面がある気がします。
NHKではなかったのですが、24歳で乳がんの逝った女性の番組も、随分と視聴率を意識した構成のような気がしました。
彼女を診た国立がんセンターのその後の対応も「ホントかよ!!」と思いました。
ドラマは又「ガン=死」を前提に作られたものが多く、抗癌剤の副作用の壮絶演技は
一昔前かな??の感も否めません。無論病状も副作用も様々ですから一概には言えませんが。
もっと誠実に真実を伝える番組を観たいものです。
2007-09-25 火 18:09:48 /URL /バッチ /
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戦後のスローガンはみんなが豊かに、お腹いっぱいご飯が食べたい。と、みなが頑張りました。ところが、ショウヤの甚六といろはカルタでいうように、お金持ちの子供はボンクラになり、無論食うにも困らず必死に働いたりしません。確実に格差社会が広がって貧乏でハングリーな子供もたくさんいます。離婚率が高くて、様々な理由で食事を満足に取れていない子もいます。つらいことですがそうしてまた、よみがえるといいです。地方住まいで本当の貧乏を経験し、『清貧の思想』で楽しく乗り切っていましたが、真実の危機に直面し、『貧乏は悔しい。』って、心底思うようになりました。私は一生懸命働きます。それでも医療費には十分ではないでしょう。
『いまどきの若者は』というくだりは古代遺跡にも記されていたようです。そしてお金持ちが増えたため『庄屋の甚六』という言葉がイロハカルタから消えました。甚六は目立たない存在になったからです。私も甚六でした。
頭の芯がキーンとするほど働くって、そんなに情熱を注げるって、すばらしい。患者からは本当にありがたいことです。
2007-09-25 火 07:38:58 /URL /mikan /
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神の手はよいが
バッチさま
いつもコメント興味深く拝見させていただいています。
7月のその放送は私も見ました。
私の感想は「とんでも番組だ!」でした。
その医師が肝臓手術の神様であろうことには異議はありません。
私が違う感想をもったのは、膵臓癌の肝転移、しかも50個も多発しているケースに、手術を行ってしまったことです。
開けてみたら最終的に99個の癌を取りきった、ということでした。
番組は手術後しばらく経ち、患者さんがベッドに起きあがれるようになって「良かったね」というところで終わっていました。
さて、その患者さんは、今でも再再発なく、元気にしておられるのでしょうか?
それだけ多発していれば、もはや全身に転移可能性の高いことは明らかです。
局所を取りきったところで、根治の確率は非常に低いことでしょう。
その状態で、侵襲度の高い手術を行うことにどれだけの意味があるのでしょうか?
もちろん、選択肢としてあっても構いません。ただ、あのアプローチは極めてレアなものであることを、NHKはまったく説明せず、「神の手」を礼賛する番組の作りでした。
知識のない患者が見れば、あの病院に殺到し、やっても意味がない確率が高い、厳しい手術を受けることになるのだろうな、と思い、ぞっとした次第です。
2007-09-25 火 07:36:50 /URL /まいくま /
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外科医は・・
NHKでプロフェショナルという番組があります。その放映で7月頃だったでしょうか、
ある外科医を紹介していました。専門は肝臓、いわゆる神の手です。彼の主義は「365日 24時間 医者であれ」彼の仕事に対する姿勢に圧倒され、感激し・・・
神の手は才能だけでなく、努力に裏打ちされたもの。でもこれからの若い医師には無理だろうな・・が実感。彼に私生活などないでしょうね、きっと。彼がどの位の報酬を受けているかは知りませんが、彼自身は使う暇がないのでは(^-^)
医療の花形、憧れであった外科医。でも
実際の現場は最も人の死に近い壮絶な現場なのでしょう。
常日頃の鍛錬を要求され、激務であり、リスクも高い・・それに見合った報酬がなければおかしい。無論外科医だけではありませんが。
言い換えれば
激務やリスクの高い分野の医師への高い報酬が当然なら、努力してお金持ちになった患者が、最新鋭の医療を自費で受けられるのも、いわば当然の権利なのでしょう。
いつどの様になるかわからないガン、保険治療が行き詰まった時、自費なら治療の選択肢が広がる。延命の可能性が拡がる・・
今からお金をしっかり貯めなくてはいけませんね。
しかし、しかし・・ガンになり、リンパ浮腫になり・・その為に今まで使ったお金を、主人に笑われながら先日思わず計算しちゃいました(^-^)
ちなみにリンパ浮腫は、高額なマッサージ器や1時間一万円の手技のマッサージ、圧力ストッキング・・一切保険適応はありません。完治もありません(−−;)
体にも心にも痛いガン、そして後遺症・・やはり健康は何よりの財産ですね。でも病気をしたら頼りになる武器のひとつはお金!も現実(^へ^)
2007-09-24 月 23:56:49 /URL /バッチ /
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今までの流れからみると、
3K労働は賃金の安い外国人
労働者へ移っています。肉体労働
掃除、ウエイトレスからはじまり、
介護、コンピュータ技師、技術系まで。
産業の空洞化から、技術、技能、才能の
空洞化まで進むのでしょうか。。。
2007-09-24 月 21:18:44 /URL /みかん /
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