先週、手術不能な肺ガンが発見された患者さんが相談に来られました。
関西から遥々東京のハズレ町田まで来られました。
(新横浜乗換えで横浜線一本です。)
すでに肺ガンに対する標準的抗癌剤治療が、開始されていましたが、
私の拙著「間違いだらけの抗癌剤治療」(KKベストセラーズ)をお読みになり、
これからの方針についてセカンドオピニオンを得たいということで来院されました。
何度も書きますが、私は、
標準的抗癌剤治療が間違った治療、
適切でない治療だとは、まったく考えていません。
唯一、エビデンスのしっかりした治療です。
そのエビデンスを患者さんがしっかり理解した上で、
その治療を受けられるのであれば、
まったく問題のない最善の治療です。
問題は、その極めて重要なエビデンスを、
必ずしも患者さんが満足するとは思えないエビデンスを
患者さんに正確に説明することなく、
強引に標準的抗癌剤治療を押し進めてしまう医者の姿勢です。
幸い、その患者さんは、兄弟に医者がおり、正確な情報を把握されていました。
しかし、当然ながらそのエビデンスには納得されず、
現在の、ほとんど自覚症状のない、全身状態のイイ時間を過ごしたい。
と考えての、ご相談でした。
さらに、その患者さんの悩みは、
標準的抗癌剤治療を6回繰り返す予定でしたので、
その治療期間中の「6ヶ月間の休職が必要」と判断され、
その旨の診断書が出されていることでした。
患者さんは、今年の9月に定年退職の予定だそうです。
ご本人は、「それまで何とか仕事を続けたい。」というご希望でした。
半年間辛い思いをして、10年間元気で生活できるのであれば、
その治療はけっして間違った方針ではないでしょう。
しかし、過去に何回も書いてきたとおり、
そのような都合のよいエビデンスはまったく存在しません。
1月15日「ガン医療の現場で使われる言葉 エビデンスEBM(Evidence)」で書いたとおりです。
現在の、自覚症状をほとんど伴わないガンの増大を抑えて、
自由に生活できる時間を可能な限り長く維持する方が、得策だと思います。
これは、私だけの特殊な価値観でしょうか。
多くの患者さんがそちらの方を望んでいるのではないでしょうか。
幸い、そのご相談の患者さんは、1回目の標準的抗癌剤治療では、
「副作用をまったく感じなかった。」と言われていました。
話を聞くと健康食品をたくさん飲まれていました。
理由はまったく判りませんが、健康食品を服用していると、
大幅に抗癌剤治療の副作用が軽減される事実をしばしば目にします。
1月28日「仏作って魂いれず」で紹介した、
現在、私が標準的抗癌剤治療を行なっている唯一の患者さんも、
健康食品を飲まれているためか、
まったく副作用らしきものが見られません。
ある種の健康食品には、抗癌剤治療の副作用を軽減する働きは確実に存在するように感じます。
話はそれてしまいましたが、
いくら軽減されたとはいえ、副作用がなくなる訳ではありません。
蓄積されていく副作用もあります。
回を重ねていけば、ガンと戦わなければならない大切な身体に、
大きなダメージを残していきます。
だからこそ、「6ヶ月の休職が必要」という診断書が登場するのです。
エビデンスを金科玉条とした標準的抗癌剤治療を行なうという大義名分のもとに、
元気な、全身状態の極めて良好な患者さんの
「定年退職までの6ヶ月間働きたい。」という切ない希望を簡単に奪い去っていいものでしょうか。
人間にとって、働く、仕事をするということは、
ただ単に、生きるための糧・収入を得る、ということだけではないはずです。
そこには、生甲斐、社会に貢献しているという満足感など、
人間として、人生の充実感があるはずです。
ガン患者さんにとって、肉体的に大きくエネルギーを消耗するような仕事は、
もしかすると、あまりいいことではないのかも知れません。
しかし一般的なデスクワークであれば、
生甲斐・遣り甲斐を奪ってしまう方が、
病気に対しても大きくマイナスに作用するのではないでしょうか。
仕事をしないで、治療に専念していたら、
考えることは病気のことだけになってしまいます。
辛く厳しい副作用に耐えながら標準的抗癌剤治療を受けている間、
その病気に対してどのように考えるでしょうか。
その、辛い副作用の影に明るい将来は輝いて見えるのでしょうか。
真っ暗な世界しか見えないのではないでしょうか。
この患者さんの話を聞いて、ますます、
普通に働きながら、
ガン患者としてではなく、
一般の社会人として、
仕事の片手間にガン治療を続ける
ことの意義をあらためて感じました。
もっとも、ガンが大きく進行してしまって、
そのガンの存在により、日常生活に大きな制限を受け、
仕事に就くことなど不可能な状態では、
一時的に多少つらくても、
そのガンの存在による苦痛を取り去るために、
多めの抗癌剤を使って治療することは必要だと思います。
しかし、1月18日の「緩和医療」で書いた、
パフォーマンス ステータス(PS)で0 〜 1,2 という、何不自由なく生活できる、
全身状態の良好な患者さんに対して行なう治療ではないように思います。
ところが、標準的抗癌剤治療はPSが0 〜 1,2の患者さんに限定して、
行なうように推奨されています。
それは、そのエビデンスを得るための治験の対象患者さんが、
PS 0 〜 1,2 であったために、それ以上に全身状態の悪い患者さんでは、エビデンスはないからです。
誠に皮肉な話です。
本日は、ガン患者さんが働くことの意義いついて私の考えを勝手に書きました。
以上 文責 梅澤 充
関西から遥々東京のハズレ町田まで来られました。
(新横浜乗換えで横浜線一本です。)
すでに肺ガンに対する標準的抗癌剤治療が、開始されていましたが、
私の拙著「間違いだらけの抗癌剤治療」(KKベストセラーズ)をお読みになり、
これからの方針についてセカンドオピニオンを得たいということで来院されました。
何度も書きますが、私は、
標準的抗癌剤治療が間違った治療、
適切でない治療だとは、まったく考えていません。
唯一、エビデンスのしっかりした治療です。
そのエビデンスを患者さんがしっかり理解した上で、
その治療を受けられるのであれば、
まったく問題のない最善の治療です。
問題は、その極めて重要なエビデンスを、
必ずしも患者さんが満足するとは思えないエビデンスを
患者さんに正確に説明することなく、
強引に標準的抗癌剤治療を押し進めてしまう医者の姿勢です。
幸い、その患者さんは、兄弟に医者がおり、正確な情報を把握されていました。
しかし、当然ながらそのエビデンスには納得されず、
現在の、ほとんど自覚症状のない、全身状態のイイ時間を過ごしたい。
と考えての、ご相談でした。
さらに、その患者さんの悩みは、
標準的抗癌剤治療を6回繰り返す予定でしたので、
その治療期間中の「6ヶ月間の休職が必要」と判断され、
その旨の診断書が出されていることでした。
患者さんは、今年の9月に定年退職の予定だそうです。
ご本人は、「それまで何とか仕事を続けたい。」というご希望でした。
半年間辛い思いをして、10年間元気で生活できるのであれば、
その治療はけっして間違った方針ではないでしょう。
しかし、過去に何回も書いてきたとおり、
そのような都合のよいエビデンスはまったく存在しません。
1月15日「ガン医療の現場で使われる言葉 エビデンスEBM(Evidence)」で書いたとおりです。
現在の、自覚症状をほとんど伴わないガンの増大を抑えて、
自由に生活できる時間を可能な限り長く維持する方が、得策だと思います。
これは、私だけの特殊な価値観でしょうか。
多くの患者さんがそちらの方を望んでいるのではないでしょうか。
幸い、そのご相談の患者さんは、1回目の標準的抗癌剤治療では、
「副作用をまったく感じなかった。」と言われていました。
話を聞くと健康食品をたくさん飲まれていました。
理由はまったく判りませんが、健康食品を服用していると、
大幅に抗癌剤治療の副作用が軽減される事実をしばしば目にします。
1月28日「仏作って魂いれず」で紹介した、
現在、私が標準的抗癌剤治療を行なっている唯一の患者さんも、
健康食品を飲まれているためか、
まったく副作用らしきものが見られません。
ある種の健康食品には、抗癌剤治療の副作用を軽減する働きは確実に存在するように感じます。
話はそれてしまいましたが、
いくら軽減されたとはいえ、副作用がなくなる訳ではありません。
蓄積されていく副作用もあります。
回を重ねていけば、ガンと戦わなければならない大切な身体に、
大きなダメージを残していきます。
だからこそ、「6ヶ月の休職が必要」という診断書が登場するのです。
エビデンスを金科玉条とした標準的抗癌剤治療を行なうという大義名分のもとに、
元気な、全身状態の極めて良好な患者さんの
「定年退職までの6ヶ月間働きたい。」という切ない希望を簡単に奪い去っていいものでしょうか。
人間にとって、働く、仕事をするということは、
ただ単に、生きるための糧・収入を得る、ということだけではないはずです。
そこには、生甲斐、社会に貢献しているという満足感など、
人間として、人生の充実感があるはずです。
ガン患者さんにとって、肉体的に大きくエネルギーを消耗するような仕事は、
もしかすると、あまりいいことではないのかも知れません。
しかし一般的なデスクワークであれば、
生甲斐・遣り甲斐を奪ってしまう方が、
病気に対しても大きくマイナスに作用するのではないでしょうか。
仕事をしないで、治療に専念していたら、
考えることは病気のことだけになってしまいます。
辛く厳しい副作用に耐えながら標準的抗癌剤治療を受けている間、
その病気に対してどのように考えるでしょうか。
その、辛い副作用の影に明るい将来は輝いて見えるのでしょうか。
真っ暗な世界しか見えないのではないでしょうか。
この患者さんの話を聞いて、ますます、
普通に働きながら、
ガン患者としてではなく、
一般の社会人として、
仕事の片手間にガン治療を続ける
ことの意義をあらためて感じました。
もっとも、ガンが大きく進行してしまって、
そのガンの存在により、日常生活に大きな制限を受け、
仕事に就くことなど不可能な状態では、
一時的に多少つらくても、
そのガンの存在による苦痛を取り去るために、
多めの抗癌剤を使って治療することは必要だと思います。
しかし、1月18日の「緩和医療」で書いた、
パフォーマンス ステータス(PS)で0 〜 1,2 という、何不自由なく生活できる、
全身状態の良好な患者さんに対して行なう治療ではないように思います。
ところが、標準的抗癌剤治療はPSが0 〜 1,2の患者さんに限定して、
行なうように推奨されています。
それは、そのエビデンスを得るための治験の対象患者さんが、
PS 0 〜 1,2 であったために、それ以上に全身状態の悪い患者さんでは、エビデンスはないからです。
誠に皮肉な話です。
本日は、ガン患者さんが働くことの意義いついて私の考えを勝手に書きました。
以上 文責 梅澤 充



