昨日の「最高の贈り物」に対して
たくさんのコメントいただきました。
ありがとうございました。
私は、まだガンにはかかっていませんので(多分・・・・)
ガン患者さんの本当の気持ちなど分かりません。
しかし、他の患者さんが良い経過を辿っていることを知ると
そこから元気をもらえるようですね。
素晴らしい関係だと思います。
逆に、一緒に戦っている患者さんに
不幸な機転が訪れると、
本当に悲しまれます。
この感覚は健常な人間では、
けっして知ることのできない貴重なものだと思います。
また、コメントの中で、
命の重さについて、
様々な意見があるようですが、
お叱りを覚悟で言えば、
私は、命の重さはみな同じではないと思っています。緊急災害時の「トリアージ」という言葉があります。
多くの人命を奪うような災害時に
救命の順序を決めるための基準のようなものです。
限られた医療資源のなかで、
最大限に有効にそれを活用しようとするものです。
そのときには、残念ながら切り捨てられる患者さんもいます。その順位付けは、
ガン治療の現場でも当然存在すると思います。現在の、特に日本での医療資源は無限ではありません。
大きな制約があります。
現在、私が診ることができる患者さんも
飽和状態に近くなってきました。
現在でも、かなり私自身の時間を犠牲にしています。
それは、好きでやっていることであり、
自慢することではありませんが、
本当に飽和状態になってしまったときには、
すべての患者さんに一様に手抜きをするわけにはいきません。
診るべき患者さんに順番は存在していると思います。
「一人の命の重さには違いは無い」といわれます。
しかし、どちらを優先するかは言いませんが、
一人の患者さんだけしか診る時間がないのであれば、
80歳のお年寄りと、
40代の患者さんを同一にみるべきではないと思います。
するべきではないと考えます。
このことについては、
まだまだたくさん書きたいのですが時間がありません。
終わりにします。
本日はこれから入院患者さんを診て、
家に帰り、昨日の美酒を味わいたいと思います。
たくさんのコメントありがとうございました。
以上 文責 梅澤 充
しばらく閲覧しないでいるうちに、他のことで騒動になっている様子で驚きました。
私の無責任なコメントに気分を害された方がいらしたら本当にごめんなさい。
梅沢先生、ご迷惑お掛けしてしまい本当に申し訳ありませんでした。
2007-10-31 水 11:17:38 /URL /そら /
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いろいろな知恵の集まる書き込みを
先生のブログに期待されてる方は当然皆さん知恵が欲しくて知恵を期待しているのですよ。
個人的な感情から知恵は生まれません。
そのことを心得て書き込みするべきです。
今まではそらさんのような書き込みはありませんでしたよね。
もし個人の感情や愚痴を重要視するのならご自分たちで掲示板を立ち上げられたらいかがですか?
治療に関することや感謝、或いは先生に対する反対質問でこの場を借りて書き込みされるのとは違うでしょう、そらさんは。
2007-10-26 金 15:39:45 /URL /プー /
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こうして、、患者同士で話し合える場は
大病院にはありません。イワンヤ、
標準治療以外を薦めることなど、
絶対もらすこともできません。
癌の知識がとても狭窄に限られたものに
現状ではなっています。そして、それしか
知ることができずに、お決まりの治療?
にみなが入ります。
だから、自己中でもこうして話すのは
良いのではないでしょうか?イロイロな
知恵が集まります。
患者や家族同士で情報も辛い気持ちも
正直に持ち寄って、解決できれば
先生へのメールも結局減ったようです。
人と人の間には悩みや苦しみを緩和させる
緩衝材があるのですね。なんでも
話しましょう!がん患者ではない先生には
判らないことも、分かり合えることが
ありますし。
みんなの目標はただ一つ。
元気にしぶとく生き抜くことです。
2007-10-26 金 13:07:50 /URL /mikan /
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信頼関係?
思いやりでしょう。
先生の返信を今かと待ってらっしゃる患者さんが沢山おりますよ。
あなたはこのことをどのように考えますか?
すごく自己中心にしか見えませんけど。
あなたの中での感情はここで公開しなければならないのですか?
一秒でも先生の時間を治療のほうにまわしてあげてください。
2007-10-26 金 02:39:43 /URL /プー /
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2007-10-25 木 23:54:36 / / /
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支離滅裂です
そらさんへ
そらさん、人間10年も付き合うと、どんな人でも口に出せない色んな感情があると思います。
そらさんも10年後・・きっと同じ様に先生の中で、いろんな思いが駆け巡ると思います。
10年後を楽しみに♪
文字にすると何だかむなしいですが、私の気持ちがほんのちょっぴりでもそらさんに届いて欲しいです(^^ゞ
私は最近思うのです、私の従兄弟が若干20歳で交通事故で突然私の目の前から去っていきました。
彼はきっと両親に何か言いたかったでしょう。
友人に何か伝えたかったでしょう。
それを思うと、癌であっても私は幸せなのかも知れないと。
健康な時には考えなかった事をよく考えます。特に日々の子供たちの何気ない仕草や言葉、笑顔など今まで、気にもとめなかった事が今では宝物です。
この事に気づいただけでも私は幸せだと最近思います。
ガンなのに幸せって変ですが。
そう思いながらも、不安はあるんですよ。
泣く事もあります。
それでも涙が出るだけ幸せなんだとも思います。矛盾していますね人間は。
何だかよく分からないコメントになりましたが・・・
梅澤先生、以前セカンドオピニオンでお世話になりました田舎の女性です。
抗がん剤をやめて半年、何も異常なく毎日過ごしています。
贅沢を言えば、髪の毛がないので早く生えて来て欲しいです。
そらさん、10年後・・こちらのブログでお会い出来る事を楽しみにしていますm(__)m
2007-10-25 木 19:02:24 /URL /りゅうくんまま /
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桜子さま そらさま
涙なしには読めませんでした。
たいへんありがとうございます。
どうせ嫌われている(笑)患者ですので、これからも自分らしく向き合っていきます。
先生
先生のブログを勝手に私物化してしまい、大変申し訳ございませんでした。
お体を大切になさってくださいませ。
決して煩わせるだけが目的で書きこんだわけではありませんが
先生の親衛隊(笑・・嫌味ではありません。うらやましいくらいの信頼関係を敬服申し上げます)の方々には大変不快だったであろう、書き込みを心からお詫び申し上げます。
申し訳ありませんでした。
2007-10-25 木 18:51:24 /URL /ohana /
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>私は、命の重さはみな同じではないと思っています。
私の一言でお騒がせしたようです。命の順位と言う言葉で表したら、緊急時、殺人者の死刑判決等、そのあたり詳細にかかわってくるとすれば、当然あり得ることです。
しかし、あの場で、先生にほんの少しでいいから聞いて欲しかったことは、同じがん患者を診られる中で、私情を含んだくだりがあったからです。年齢、かわいそう、生活苦、不幸の度合いを比較されたようでした。人は人に言えない言わない見えない見える、そんな不幸や苦労を抱えながら生活しています。
患者である私は、医師に患者同士の中でかわいがられる!?(このあたりの表現がうまくできなくて・・・)度合いの差をつけられたくないだけのことです。先生も人間ですが、それが、見えて欲しくないだけのことです。やはり、患者である私のわがままかなのなあ。
私も若年患者層です、結構かわいそうな子です。だから可愛がって、なんて先生に言えません。やはりやきもちなんでしょうか。
2007-10-25 木 16:56:16 /URL /そら /
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ohanaさん、Harry Potterの1巻にこんなくだりがあるのをご存知ですか?
みぞの鏡という章なんですが、この鏡の前に立ったHarryが見たものは、自分の両親といっしょに立っている自分でした。小説でこの鏡は校長先生によってこう説明されています。「この鏡は、心の奥底の願いを写すもの」だと。Harryは物心着く前に両親を失っていて、家族を知らないので、そう見えるのです。
そして、校長先生は「しかしながら、この鏡は知恵も真実も与えてくれない。人はこの鏡が見せたことが真実、もしくは可能なことではないのに、その前で時間を費やし、人をおかしくしてしまう。」と言って、Harryの前からその鏡を隠していまします。
変な例えですが、私は以前この鏡を見ていたのかもしれないと思うことがあります。がんという病気と闘わなければいけないとき、どうしても希望がいると思うのです。患者さんはもちろんだと思います。
家族も同じです。私はずっと看病している間、彼が元気になることだけを願い、元気になった姿を思いがんばりました。そう思うことで、厳しい現実から逃げていました。そして、自分にできる我慢はすべてしようと、医者のいうとおり、がんばりました。一瞬、彼は私たち家族のもとに帰ってきました。でも、思いもよらないことで、彼は私たちの前からいなくなりました。
私が再び母のがんと闘わないといけなくなったとき、私はわからないことはどんな小さいことでも、主治医に徹底的に聞くことにしました。恐いからと聞かないでいること、面倒だと思われるからと従順でいることは、患者を危険にさらします。そして、同じく不安を抱えている患者家族の気持ちが伝わらないと思ったからです。
「神経質な患者」書かれておられるとのこと。私の母のカルテにはおそらく、「面倒な娘のいる患者」とでも書かれているでしょう。気にすることはありませんよ。
厳しい現実かもしれません。
つらいこともあるでしょう。
でも、自分を守れるのは自分しかいないです。
きっとどこかに味方がいます。
梅澤先生のHPも、私には大きな支えです。
負けないで下さいね。
2007-10-25 木 11:09:01 /URL /桜子 /
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神様とお医者様に選ばれる人はごくわずかです。
私の主治医のカルテには「神経質な患者」と書かれてあり、
看護師の申し送り事項には「医師との折り合い悪し」と大書してあります。
そして、これから奏功性のない治療が始まろうとしています。
「勉強しなさい」と励まされて聞きかじりで知識を得ると面倒がられてしまう現実があります。
食い下がると待合室では聞き耳を立てられる修羅場が生じます。
それでも専門医にすがるしかない現実に、セカンドオピニオンをどのように得るかを今はひそかに画策しています。
たぶん絶対多数の患者はここまでの心労なく
言われるままの治療なのでしょう。
それはそれで主治医との関係はうまくいくのでストレスは少ないでしょうね。
選ばれない人間として、命は平等ではないことを実感する日々です。
前日の批判されてしまったコメントに共感すること多々でした。
そして、また、すさまじい批判を浴びることを覚悟しつつ。。。。
2007-10-24 水 20:31:17 /URL /ohana /
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2007-10-24 水 17:47:13 / / /
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2007-10-24 水 16:14:26 / / /
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2007-10-24 水 14:51:46 / / /
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