先日、60歳代の母親のガン治療について、相談に来られたご長男と、
イロイロお話しをしている時に、「今診てもらっている主治医が若い。」
という話題になりました。
ガンという、命に直結する病気に対して、
医者の技量の優劣よりも、医者の年齢による考え方の差異は、
その治療を行なう上で大きな差になって現われてくるように思います。
私ごとを、言うと、
私は、大学を卒業し外科医への道を選択しましたが、
その時、教授から与えられた研究テーマは、「消化器の生理」でした。
今は、クスリだけで十分にコントロールできるようになり、
ほとんど行われなくなりましたが、
当時はまだ、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の外科手術が盛んに行なわれていた時代でした。
そして私の研究は、消化器の生理学から、如何なる手術を行うことがベストなのか、
また、手術を行わなくてもよいのは、どの様な症例なのかを解析する仕事でした。
手術のための消化器の生理を研究テーマにしていました。
当時、私の入局した第2外科は、その良性疾患の外科手術では
日本で一番活気のある教室でした。
20年前の日本外科学会のシンポジウムでは、
「日本の十二指腸潰瘍手術は、慈恵医大第2外科に追従してゆく」
というような内容の結論が出されたくらいでした。
その様な環境の中で、私はガンの外科治療にはあまり熱心ではありませんでした。
消化器生理の研究で博士号を取得し、そのままアメリカに行き、
そこでも、消化器の研究をしてきました。
平成元年に帰国後、はじめて多くのガン患者さんに接することになり、
その時から、ガン治療の臨床での実践が始まりました。
当時はまだ、30代前半でした。
当然まだ、医者としても、人間としても、それまで歩んできた時間より、
これからの人生の方が、遥かに長いことが予測される時代でした。
その当時は、外科医として「手術でガンを治す」ということばかりを考えていました。
外科医は、再発してしまったらお終い。外科医の負け。
勝負はそこまででした。
手術ができない、または再発したら、どうせダメなんだから、と
いわゆる標準的抗癌剤治療を、ほとんど意味の無いことだと薄々気付きながら、
手術の片手間仕事として行ってきました。
それしかないから仕方が無い。
何もしない訳にはいかないから、
標準的なことだけはしておこう。
それだけの気持ちで、「人の命・人生」という極めて重いことは、
あまり考えずに、お気の毒な患者さん、としか考えずに黙々と仕事を続けていました。
患者さんのご家族には、
「治ることはない。しかし治療法はこれしかない。」
とだけ説明して・・・・
しかし、それを続けていると同時に、自分自身も歳を取ってくると、
「命・人生」に対する考え方が、少しずつ変化してきたような気がします。
長生きできないことが判っていながら、
標準的抗癌剤治療の副作用で苦しんでいる患者さんを診ていると、
これでいいのか?
という疑問が薄っすら沸いてきたように感じます。
何時、如何なる状況でその様な意識が芽生えたかは定かではありません。
しかし、今考えると、自分が歳を重ねると同時に、
生きていることの重要性という、当たり前のことが、
重く感じられるようになってきたように思われます。
話は逸れますが、
今から11〜12年前に、妻と二人の子供を殺して横浜港に沈めた野本岩男という
日本中を騒がせた医者がいたことを覚えている方も多いと思います。
今、彼は無期懲役で服役中のはずですが、
その事件の時、私は彼と同じ病院で働いていました。私の先輩の病院です。
当時マスコミは、「医者なのに3人もの人間を殺した」と大騒ぎをしていましたが、
医者だから、
命のはかなさを毎日診ている医者だから、
人間を殺すことができた、のではないかと感じました。
それに今思うと、彼は私より若く当時30歳前後だったと思います。
人間の死を毎日見ていて、しかし、それを仕事としてしか受け取ることができず、
人の命に対する特別な感情を持っていない、
持つだけの余裕のない時期の医者だからこそ、
簡単に人の命を自らの手で奪うこともできたのではないかと思います。
話を戻しますと、
歳を重ねていき、今までの歩みより、これから終着点までの方が
遥かに近くなってくると、
「人の命」に対する考え方は、変わってきました。
そんな中で、「これでいいのか?」が、
心の中で、ますます大きく膨れ上がり、次第に
「悪あがきでも、何でもいい、もう少し長生きさせることはできないのか?」
という考えが発生してきました。
それをはっきり意識するようになってから、
抗癌剤治療と合い対峙していると考えていた免疫治療を勉強してみようと、
考えるようになり、実行しました。
その結果、巷の免疫治療はほとんどインチキだということを認識させられました。
しかし、免疫を殺す治療をしてしまうと、人間は長生きしない。
ガン治療において免疫力を温存しておくことは極めて重要である。
という2点だけは真実であると思われます。
命にかかわる病気を診る医者も、
その年齢により、命・生命に対する考えかた、
その重要性の認識は大きく変化していくものと思います。
これから、平均で50年以上生きることが約束されている医者から見た、
患者さんの5年と、
あと20年だけしか残されていない医者から見た、5年とは、
同じ5年でも、大きく違います。
少なくとも、私の場合、昔感じていた命の重さと
今感じるその重さは、大きく違っています。
「生きていることの大切さ」に対する認識が違えば、
おのずと、その治療方針には大きな違いが出てくるはずです。
若い医者が悪い、良くないなどと言う気は毛頭ありません。
私が、若い時に、人以上に幼く、幼稚な思考回路しか持っていなかった
アホな医者であっただけかもしれません。
しかし、若い医者と話をしていると、そこには、
昔の幼稚な自分を見つけることはしばしばあります。
ご自分の、あるいは大切なご家族の命・人生について相談するには、
それなりの人生経験を積んだ医者の方がイイかも知れません。
もっとも、標準的抗癌剤治療が至高の治療であると、
大学卒業と同時に教え込まされている腫瘍内科医の先生には、
何を話しても通じないかもしれませんが…
腫瘍内科医には、井戸の中から這い上がって、世間を見てもらいたいと思います。
本日は、中年太りも気にならず、野菜レスの食生活。塩辛いもの大好き。
酒もタバコも好き放題!
自分自身の生に対する執着がほとんど無い人間が、
無責任に、また、生意気にも、命に対する考えを書いてしまいました。
以上 文責 梅澤 充
イロイロお話しをしている時に、「今診てもらっている主治医が若い。」
という話題になりました。
ガンという、命に直結する病気に対して、
医者の技量の優劣よりも、医者の年齢による考え方の差異は、
その治療を行なう上で大きな差になって現われてくるように思います。
私ごとを、言うと、
私は、大学を卒業し外科医への道を選択しましたが、
その時、教授から与えられた研究テーマは、「消化器の生理」でした。
今は、クスリだけで十分にコントロールできるようになり、
ほとんど行われなくなりましたが、
当時はまだ、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の外科手術が盛んに行なわれていた時代でした。
そして私の研究は、消化器の生理学から、如何なる手術を行うことがベストなのか、
また、手術を行わなくてもよいのは、どの様な症例なのかを解析する仕事でした。
手術のための消化器の生理を研究テーマにしていました。
当時、私の入局した第2外科は、その良性疾患の外科手術では
日本で一番活気のある教室でした。
20年前の日本外科学会のシンポジウムでは、
「日本の十二指腸潰瘍手術は、慈恵医大第2外科に追従してゆく」
というような内容の結論が出されたくらいでした。
その様な環境の中で、私はガンの外科治療にはあまり熱心ではありませんでした。
消化器生理の研究で博士号を取得し、そのままアメリカに行き、
そこでも、消化器の研究をしてきました。
平成元年に帰国後、はじめて多くのガン患者さんに接することになり、
その時から、ガン治療の臨床での実践が始まりました。
当時はまだ、30代前半でした。
当然まだ、医者としても、人間としても、それまで歩んできた時間より、
これからの人生の方が、遥かに長いことが予測される時代でした。
その当時は、外科医として「手術でガンを治す」ということばかりを考えていました。
外科医は、再発してしまったらお終い。外科医の負け。
勝負はそこまででした。
手術ができない、または再発したら、どうせダメなんだから、と
いわゆる標準的抗癌剤治療を、ほとんど意味の無いことだと薄々気付きながら、
手術の片手間仕事として行ってきました。
それしかないから仕方が無い。
何もしない訳にはいかないから、
標準的なことだけはしておこう。
それだけの気持ちで、「人の命・人生」という極めて重いことは、
あまり考えずに、お気の毒な患者さん、としか考えずに黙々と仕事を続けていました。
患者さんのご家族には、
「治ることはない。しかし治療法はこれしかない。」
とだけ説明して・・・・
しかし、それを続けていると同時に、自分自身も歳を取ってくると、
「命・人生」に対する考え方が、少しずつ変化してきたような気がします。
長生きできないことが判っていながら、
標準的抗癌剤治療の副作用で苦しんでいる患者さんを診ていると、
これでいいのか?
という疑問が薄っすら沸いてきたように感じます。
何時、如何なる状況でその様な意識が芽生えたかは定かではありません。
しかし、今考えると、自分が歳を重ねると同時に、
生きていることの重要性という、当たり前のことが、
重く感じられるようになってきたように思われます。
話は逸れますが、
今から11〜12年前に、妻と二人の子供を殺して横浜港に沈めた野本岩男という
日本中を騒がせた医者がいたことを覚えている方も多いと思います。
今、彼は無期懲役で服役中のはずですが、
その事件の時、私は彼と同じ病院で働いていました。私の先輩の病院です。
当時マスコミは、「医者なのに3人もの人間を殺した」と大騒ぎをしていましたが、
医者だから、
命のはかなさを毎日診ている医者だから、
人間を殺すことができた、のではないかと感じました。
それに今思うと、彼は私より若く当時30歳前後だったと思います。
人間の死を毎日見ていて、しかし、それを仕事としてしか受け取ることができず、
人の命に対する特別な感情を持っていない、
持つだけの余裕のない時期の医者だからこそ、
簡単に人の命を自らの手で奪うこともできたのではないかと思います。
話を戻しますと、
歳を重ねていき、今までの歩みより、これから終着点までの方が
遥かに近くなってくると、
「人の命」に対する考え方は、変わってきました。
そんな中で、「これでいいのか?」が、
心の中で、ますます大きく膨れ上がり、次第に
「悪あがきでも、何でもいい、もう少し長生きさせることはできないのか?」
という考えが発生してきました。
それをはっきり意識するようになってから、
抗癌剤治療と合い対峙していると考えていた免疫治療を勉強してみようと、
考えるようになり、実行しました。
その結果、巷の免疫治療はほとんどインチキだということを認識させられました。
しかし、免疫を殺す治療をしてしまうと、人間は長生きしない。
ガン治療において免疫力を温存しておくことは極めて重要である。
という2点だけは真実であると思われます。
命にかかわる病気を診る医者も、
その年齢により、命・生命に対する考えかた、
その重要性の認識は大きく変化していくものと思います。
これから、平均で50年以上生きることが約束されている医者から見た、
患者さんの5年と、
あと20年だけしか残されていない医者から見た、5年とは、
同じ5年でも、大きく違います。
少なくとも、私の場合、昔感じていた命の重さと
今感じるその重さは、大きく違っています。
「生きていることの大切さ」に対する認識が違えば、
おのずと、その治療方針には大きな違いが出てくるはずです。
若い医者が悪い、良くないなどと言う気は毛頭ありません。
私が、若い時に、人以上に幼く、幼稚な思考回路しか持っていなかった
アホな医者であっただけかもしれません。
しかし、若い医者と話をしていると、そこには、
昔の幼稚な自分を見つけることはしばしばあります。
ご自分の、あるいは大切なご家族の命・人生について相談するには、
それなりの人生経験を積んだ医者の方がイイかも知れません。
もっとも、標準的抗癌剤治療が至高の治療であると、
大学卒業と同時に教え込まされている腫瘍内科医の先生には、
何を話しても通じないかもしれませんが…
腫瘍内科医には、井戸の中から這い上がって、世間を見てもらいたいと思います。
本日は、中年太りも気にならず、野菜レスの食生活。塩辛いもの大好き。
酒もタバコも好き放題!
自分自身の生に対する執着がほとんど無い人間が、
無責任に、また、生意気にも、命に対する考えを書いてしまいました。
以上 文責 梅澤 充



