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2008-04-08 火 00:10:48 / / /
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ありがとうございます
みなさま、いろいろとありがとうございます。
皆様のお気持ちが伝わってきます。
三月末日から約一週間実家に行き、そして今日帰ってきました。そのあいだパソコンもなかったので、こちらを拝見する事もできませんでした。
母と会って、何気なく、何度も語りかけ、「死にたい」という気持ちの中にも、でも「すこしは現状維持のまま元気でいたい」という姿勢を見出す事ができるようになりました。
とはいえ、他の病院を考える事はまったく無いようです。家族の誰かが、強引に話を進めれば、もしかしたら可能なのかもしれません。
しかし、今のところ、セカンドオピニオンや、転院の話をすると苦悩の色を見せます。そして、これ以上心理的苦痛の期間をのばしたくないと言います。
今通っている病院は、実家からも近いようで遠いです。そして私は関東の実家からはかなり離れた東北地方に住んでおります。
実家に行く前に、内緒で今の大病院の相談室または主治医に相談し、私だけでセカンドオピニオンをうけに行こうかと計画しましたが、実際には帰省中にはどうしてもそのチャンスが得られず、それに関しては何もできずに帰ってまいりました。
みなさんのご意見を拝見させていただくたびに、心が激しく動揺します。
でも、反対する父を押し切り、嫌がる(?)母を引きずって行って、結果として更に心のダメージを与えてしまうことになってしまったら・・・・と思うと、どうしても強引にことを進める事もできません。
家族として、今現在、そして、これから先のことを思うと、毎日が恐ろしいです。
心が張り裂けそうになります・・・。
私は・・
セカンドオピニオンを受けてみたい。
そして、「本当はあるかもしれない可能性」、を確かめてみたい・・・。
でも、「患者本人の選択権」も、あるような気がして・・・・。
実際、自分自身の行動がままならない状況なので、この状態のまま動きがとれないということもあるのですが・・・
「何が一番母にとって幸せなのか」、
今、わかりかねています。
ただひとついえることは、
今後、
近い未来において、
医者が
「もうなんの手立てもありません」
というようなことは、言わなくなる日がくるのではないかと、、、、
「根治は難しくても、まだまだ生きていける可能性は大いにありますよ」と、
言ってもらえる時代がくるのではないかと・・・
思っています。願っています。
どんな組織的な大病院であっても。
コメントを書いてくださった方々のお気持ち、よくわかります。そして、理解もしています。
今自分は、もちろんできることに最善を尽くします。
そして、母がもっとも幸せでいられるように、心を尽くしたいと思っています。
このままセカンドオピニオンは、受けられないかもしれません。そのような気もいたします。
それでも仕方がない、、、、と思うのは、
私の完全なる誤りなのでしょうか・・・。
ただ、こういう複雑な気持ちにいる中でも、自分が納得できるように、動こうとは思っています。
自分が遠隔地にいるということだけでもなかなか思うようになりませんが、実家から一時間半もかかる今の病院が、緊急搬送先だということも少し疑問ですので、その辺の事からも調べたり、他の急変時対応病院について問い合わせたり、したりと思っています。
セカンドオピニオンをうけるような積極的な行動というよりは、外掘りからの足場かためになってしまいますが・・・。
それでもしないよりいいでしょう。
親身で治療にあたっているお医者様も、とてもお疲れでしょう。
患者ご本人も、本当にさぞかし辛いのでしょう。
そして、支えている家族も、これまた、深い心の苦しみを抱えて日々を過ごしているのでしょう。
どうかみなさまが、
すこしでも希望のあたたかい光を感じる事ができますように・・・。
2008-04-06 日 17:29:09 /URL /tulsii /
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死にたい=生きたい
tulsiiさんへ
末期がん患者の母を持っています。告知された余命は過ぎて今は3種類目の抗がん剤治療中です。うちも「死にたい」と言っていました。
家族には絶えられない言葉ですよね。変われるものなら変わりたい。
以前は「死にたい」といわれると「じゃ私も死ぬ」「それはだめ!」という会話でした。
本を読んだり講習を受けたりするうちに知ったことですが、患者の言う「死にたい」は、「生きたい」なのだそうです。
これを知っただけで、私の心は少し楽になりました。
「死にたい」と言われたら「母はまだ生きていたいんだ」と心の中で変換します。私は、ですが。
このことで、「死にたい」と言われて絶句してしまうこともなくなりました。
「そう…でもそんなこと言われたら悲しい。生きていて欲しい。大好きだから。」と言えるようになりました。
何の役にも立たないかもしれませんが、同じく患者のそばにいる者としての気持ちが気になって書きました。無理だけはしないでくださいね。
2008-03-31 月 12:45:44 /URL /aki /
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tulsii さま
tulsii さま
私も同じような気持ちで過ごしていた日々がありました。
八方塞がりで、このまま亡くなるのを待たねばならないと思うと、
悔しくて堪りませんでした。
父も、セカンドオピニオンを受けに行くと主治医に
見放されるのではないかと考えていました。
お医者様の言うことが正しい、患者にとって最善の治療を
勧めている、と父は思っていました。
その大きな病院の先生に見放されたら、もしもの時に
誰に診てもらえばいいのか、と思っていました。
tulsii さま、主治医の方とよく話し合いをされて、
お母様に内緒でセカンドオピニオンを受けに行かれては
いかがでしょうか。
風さまのおっしゃるとおり、お母様は生きていたのです。
だから、死を受け入れられず、気持ちを切り替えられないのでは
ないかと思います。
緩和ケアだけではなく、急変した時に対応可能な病院は
ありませんか?治療に関しても、お母様の副作用の現れ方をみながら
臨機応変な対応をとってくださる病院がありませんか?
私も父が転院するにあたって、主治医から、
「そんな病院聞いたことが無い。がんの専門病院ではないが、
それでもいいんですね?」と、言われました。
何を指して専門病院というのかは、わかりません。
しかし、現在通院している病院は、がん治療をメインに行っている
病院であり、父が万一の状況に陥っても対応できる病院である
ということがセカンドオピニオンでわかっておりました。
主治医とて全てをわかっているわけではないのです。
自分の知っていることが、全てだと思っているだけです。
私も父に休眠療法を受けてもらうのに、兄や姉に理解して
もらうのが大変でした。もし、休眠療法を受けてから父が亡くなったら…。
標準治療を受けていれば良かったと責められたでしょう。
本人や家族を納得させるのは大変ですが、できる事をして下さい。
お母様だけのためではありません。tulsii さまのためでもあります。
私は自分が後悔したくないから、父に勧めました。
どんなに生きていて欲しいか今は伝わらなかったとしても、
いつかわかってくれると思っていました。親子ですから。
tulsii さま、上手く伝えられませんが、
ご家族で素敵な時間が持てるよう、祈っております。
2008-03-31 月 10:39:59 /URL /まゆみ /
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tulusiiさまへ
お母さまは死にたくないのですよ。
生きていたいから衝撃を受けて悲しみに沈んでいらっしゃるのですよ。
どうか一緒に落ち込まないでください。
ベクトルを後ろに向けないでください。
本当のお母さまのお気持ちに沿ったベクトルを
tulusiiさまこそ失わないよう、踏ん張ってください。
支えてくれる家族がいるということは本当に幸せなことです。
心からうらやましく思います。
どうぞお母さまを辛さの迷路から導いてさし上げてくださいね。
2008-03-30 日 20:56:44 /URL /風 /
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文面に書き出すこともできない、人にも言えない、そんな苦しみを数回経験してきました。死を宣告されたときもあった。助からないとあきらめかけた苦い苦い経験もした。それでも私はあきらめなかった。死にたくなったときもあったけれど、死にたいなんて人には言えなかった。身内にも言わなかった。意地でも生きたいという気持ちのほうが強かったです。死にそうな寸前のとき、心の中で自然に叫んでいました。『おかあさん、おとうさん助けて!』
そして、まゆみさんのおっしゃる通りです。
2008-03-30 日 17:03:18 /URL / /
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母の気持ち
まゆみさま
どうもありがとうございます。
私とて、相当迷っております。
セカンドオピニオンをききにいきたい。
でも、母の「今の」気持ちは・・・「長く生きたくない。どうせ絶対になおらないのだから、だったら一刻も早く死にたい。」
「まわりのみんなにも辛い思いを長くさせるのもいやだ」・・というものなのです。
父も、「今、覚悟のできた穏やかな状態のままで、母をそっと逝かせてあげたい。母もそれを望んでいる」と言って泣くのです。だから、そっとしておいてほしいと。母にへんな希望をもたせないでくれ、と!
気持ちが揺れてしまっては、成仏できないような気がするから、と言うのです!!
私はとても苦しいです。
母は死にたがっている。
でもそれは、最初に頭から「あなたは死ぬ」というようなことをインプットされてしまったからだと思っています・・・。
「少しでも治る可能性があるのなら、なんだってやった」と、今でも、父も母もふと口にします。
それが両親の気持ちを物語っていると思います。
しかし、なんだか、そこのところに、ほんの少しのずれ、というか大きな解釈のずれ?がある様な気がしてなりません。
「治らなくても」 「がんと共存したまま」
少なくとも、まだ生きていける可能性があるのに・・・。そういうことは、両親はもともと知識として持っていませんし(私も、梅澤先生の本を読むまで知りませんでした)、今はもう、私がどう説明しても、「ただただ、死なせてください」みたいな感じなので、話もできません・・。
がんと共存して・・・ということが、まだ概念にないのです・・・。
それに、母は、これからさき、生き延びたとしても、毎週毎週通院する事や、そしてそのたびに「検査結果」に怯える生活をしなければならないということを、もっとも恐れているようです。
なんだか、その気持ちもわかります・・・。
こんかいの「死の宣告」・・・。たぶんこころがすで張り裂けてしまったのだと思います。
そしてまた、もし次の治療をするにしても、そのうちもう一度、「死の宣告」・・・はっきり宣告されるようなことはないにしても、「自覚」をすることは免れないでしょう・・・。それも、、、、、
なんだかとても辛いのではないかと・・・。
生きて欲しい、でも、気持ちの上でこれ以上苦しまないで欲しい・・・
ほんとうに矛盾した変な葛藤の中にいます。
だから、今、とても複雑な思いです。
(それに、セカンドオピニオンをききにいくというと、今の主治医から見放されるのではないかと、父も母も、ものすごく心配していると言う事もわかりました。)
そして、自宅で緊急事態に陥った場合、どこに搬送してもらえるのか、と言う事も心配しています。
今、がんセンターからは、急変などした場合は、すぐにそのがんセンターに搬送してもらうように、と指示が出ています。でも、家から1時間半もの距離なんですが・・・。
そうでないと、その患者に対する処置が他ではわからないから、という説明だそうです。
そういう場合の事も、父は心配しています。だから、セカンドオピニオンをうけ、いざ通う病院を変えてしまったら、そういう時にはどうなるのだろうと・・・・・。
そして、緩和ケアも、病院を変えてしまったら、どうなるのかと・・・・。一度転院してしまったら、もうそこでは緩和ケアをしてもらえないのではないかとか・・・・いろいろな不安が・・・・。
(今の病院では、すでに、「緩和ケア」の話題が中心になっているくらいですから!ごはんにも何の制限もないし・・・。痛み止めはどんどん出すと言っています。私は、それもなんだかこわいですし、食事の件も、いくら治らない病気だからと言っても、やはりそれでも身体にいいような食事を推奨してもらいたいものだと思うのですが・・・・!)
2008-03-30 日 12:38:42 /URL /tulsii /
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tulsii さんへ
tulsiiさんのお気持ち、少しは理解できます。
父が、昨年夏に思いもしなかった、
末期の胆管がんを宣告されました。
お母様はご自身が置かれた状況を理解するのに
時間がかかっておられます。
前向きな気持ちを取り戻すには時間と家族の助けが必要です。
しかし、今始めた治療がお母様にとって適切かどうか、
他にどのような選択肢があるかについては早急に
セカンドオピニオンを受けていただいた方がよろしいと思います。
父は標準治療を受けたのち、休眠療法を行う病院へ転院しました。
現在の主治医に、「この抗がん剤の量でも骨髄抑制が強く出ているので、
今頃標準量での治療は継続できなかったでしょう。」と言われました。
生存期間中央値は7.6か月。宣告から8か月経ちましたが、
体内にがんはあれど、
不変のまま元気に通院しています。
もし、父が亡くなっても、私は後悔しないでしょう。
がんでも父は笑っていて、おいしくご飯を食べています。
父と話をする時間も遊びに行く時間も思い出を作る時間も、
まだあります。いつまで続くか判らないけれど、
父が納得する治療を受け、病気でも父らしく生活できているからです。
その父を見ている私たち家族は、今この時間が与えられた事に
感謝しています。親孝行をする時間を与えられたと思っています。
tulsiiさん、辛いことと思いますが、しっかりとお母様を支え、
今できる事、そして最善と思われる事をなさってください。
長文失礼致しました。
2008-03-29 土 20:37:12 /URL /まゆみ /
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文字の訂正です
先ほど投稿したものです。投稿の後半、「医師に洗脳させて」は「医師に洗脳されて」のまちがいです・・。他にも間違いがありましたが、、、とりあえず、ここだけ訂正しておきます・・。すみません。
2008-03-29 土 14:11:50 /URL /tulsii /
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なすすべが無い / そして抗がん剤治療
ずっと、悪夢の中にいるような、そしてなにかもやもやした、すっきりしない大きな矛盾を包括したその暗黒の中で、家族全員が苦しんでいます、今。
「絶対に治らないガン」と宣告された家族です。
でも、きのうから抗がん剤治療が始まりました。承諾書(?)には、「延命」と書いてあったようです。
お医者様いわく・・
「もはや、なすすべはありません。絶対になおらないでしょう。余命は・・・言いたくないです・・。でも、一週間や二週間では死ぬというわけではないです・・。」・・・
でも「この抗がん剤治療で、一年程生きていらっしゃった方もいます。」という説明。
宣告をうけてから、今日で4日目。
私には、もう1ヶ月くらいたったように感じています・・。
この数日、ずっと心の中で、何かの矛盾を感じ、模索し続けていました。
そして、さっき、ふと・・・。
そう・・・「もうなすすべがない、手術もなにもできません。絶対に治りません」で完結しまっていることがまちがっている。。。
そうではなくて、「根治は今の医療ではできないけれど、しかし、状態を保つ努力をしなばらまだ生きることは可能ですよ」くらいには、
言って欲しかった・・・。
だって、だったらなぜ抗がん剤治療をするのですか?
何のために?
長く生きられないとしても、少しは健康状態を保ちつつ生活できる可能性があるからこそ、抗がん剤治療をするのでしょう??
だったら、そのように説明して欲しかった!
宣告を受けたことを報告してきた母の第一声は「ママはもう死ぬから!」でした。
もし、こういう言い方にかえてくれていたならば、母や父は、今頃、もっと違う表情をしていたにちがいない。
だって、がんが発覚するまで、「普通に楽しく生活」していたのだから。
がんの疑いが出たあと、落ち込みながらも、「からだがよたよたになっても、夫と一緒にいてあげたい、だからがんばる」、って心から言っていた母。
でも、その「絶対になおりません」というガンの宣告を受けてからは、「一刻も早く死にたい。もうやりのこしたこともない」に、一転してしまいました。
早く死にたい。といい、自殺までしたいといっているのです・・・(ただ、こわくてできないけど、と。。)
////
抗がん剤治療をうけるにあたって、私も短い時間内に必死でしらべ、その恐ろしさを知ってしまいました。でも、もう治療が始まる時間・・・・。それこそ、「なすすべも」ありませんでした。
身体が震える思いで、昨日一日を過ごしました。でも夕方、母が処方された抗がん剤についてネットで調べ、それが比較的副作用が少ないと、「書かれていた」のをいくつか発見し、そしてお見舞いにいってきた人に点滴の量を目分量で教えていただいて、それがそんなには多くない量だとではないかと、一応思うところまでいって、、、、
やっと、少しだけ、安心できました。
安心して、涙がでました。
でも、今具体的にはその薬の量がこれこれこのくらいだとは、書きたくありません。
私が必死で調べた限りでは、「ちょっと安心」しただけであって、専門家がみればすぐに、それが多いのか少ないのか、わかることです。もはや、私は、それを知りたくない・・・。だって、もう、母は受けてしまったのだもの・・。
「とりあえずそのことについては安心した」この状態でいたい、少しは・・。
なぜなら、患者本人でない私自身、もう、身も心もつぶれてしまいそうだからです。
「治りません、でも、まだ生きることはできる可能性はありますよ」と、言ってくれていたら・・・。
そうであれば、心臓と脳の血管障害で何度も手術している父と、「生命的確立」は同じではないですか?
父だって、ストレスがたまれば、いつ血管がつまって生死にかかわる発作がおきるかわからないのです。
でも、別に「死ぬしかない」という重い重い(ばかげた)恐怖を毎日背負って生きているわけではありません。
今日は調子がいいとかいって、すこぶるご機嫌で毎日を過ごせていました。
だったら、母だって、同じではなかったのか・・・?
長くはないだろうという不安は逃れられないだろうけれども、それでも、「死ぬだけ」なんていう恐ろしい言葉からは、逃れて、一日を、心から楽しむ事ができたはずなのに・・・・。いまやまるで死刑囚です・・・。
死ぬまでの同じ一日一日を、
心から明るく過ごせるのか、
心の底からの絶望とともに生きるのか、
大きく線引きをされてしまいました。
私は、これからなんとか、母と父が、だれにとっても同じ重さである一日一日を、今のような絶望ではなくて、希望とともに過ごせるようなるように力を尽くしたいと思っています。
これで、父と母と、やっと対等になったね!って、、。いつ発作が起きて倒れるかも知れない父と、すでにそういう病が発見された母と・・・。同じ・・・。
同じだから、父と同じように、今度はお互いが同じ立場になっただけで、普通に絶望のない毎日を過ごしていいんだよ、という願いをこめて・・。
がんセンターの医師に洗脳させてしまった母を、私がもっと正しい道へと「洗脳しなおして」やりたいと思います。
同じ一日、心が張り裂けそうな苦しみから逃れさせてあげたい。
2008-03-29 土 14:02:55 /URL /tulsii /
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>ガン治療に絶対はありません。
絶対という言葉で、枠内におさめてしまう発想。
>先手、先手にことを進めていくべきです。
自分のできる範囲で考え、行動、対処していけば、後悔も少なくすみそう。気持ちすっきり。
自分の気に入ったことや、気がすむことを選択していけば、時にはやり残したというような後悔も感じることもあるでしょうが、やったあとの後悔は気分も違うかな。自分が探し出してやってみたことは免疫力アップにつながるかも。人に指図されるのが嫌いな自分にはぴったり。発見という感動力。
癌という病気にしても、他のつらいことにしても、他の人に自分のi痛みや気持ちをわかってもらえないというもどかしさにしても、孤独に耐えることにしても、自分といかに向き合うかを教えられているような気がしてなりません。
2008-03-27 木 23:50:17 /URL /み /
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最大耐量を算出するためになされた治験から、標準治療が成り立っているのですよね。
抗がん剤の”暗黒の時代”といわれていた頃から考えれば、3割奏効という数値は夢のような数値かもしれません。
もちろん分子標的薬が奏効している、慢性骨髄性白血病などは、10年一昔のように治療が様変わりしています。
多くの方がグリベックで救われています。
しかし、私が母の抗がん剤治療を薦められたとき医師から受けた奏効率は3割でした。
私は主治医に向かって顔をしかめてしまいました。
声には出しませんでしたが、内心”7割もの不奏効の治療?!”と愕然としました。
そんな標準治療を続けている先生方には、「押してだめなら、引いてみな。」とでも言ってあげたくなります。
耐量そのままだと、7割不奏効。
何がその7割不奏効の正体なのか、考えてみてほしいです。
ガンそのものを小さくすることばかりに目がいって、そのガンのある身体が弱ってしまっていないでしょうか。
どんどん引いてみて、その毒性が身体を痛めつけないまで引いてみて、治療されてみてはどうでしょうか。
なぜ患者や患者家族がそばで見ていて感じることを医師は同じところに立ってみてくれないのでしょうか。
人が亡くなることが日常になるとそうなってしまうのでしょうか。
薬が毒になってしまわないよう願います。
2008-03-27 木 23:32:00 /URL /桜子 /
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血糖値が高くなって、
『そろそろ、、薬を飲まないと。』
と言われ、薬を飲んでみても
病気自体は治りません。
コレステロール値なども同様です。
でも、薬で体に負担の高い症状を抑え
食事療法と運動療法を取り入れて
(あ=体が楽だな)と、思ったころ、
病気は治ってしまいました。
全く素人考えですが、
少量の抗がん剤でガンの増殖を
副作用も少なく抑え込むことができたら、
心と体をどんどん元気にしてゆけば、
元気な細胞がどんどん増えて、
ガン番長と元気細胞のにらみ合いで
元気細胞ががんをねじ伏せ続けることが
できるようになるのではないかと
思うのです。
キャンサーサバイバーのお友達から
聞いたことですが、
ばらんすの良い野菜たっぷりの食事と
適度な運動、禁煙は絶対に良い。
とのことです。
私の家族は大病院で『生活は今まで通り、
たばこもやめなくてよい。』
と、言われました。。。。
えびでんすによりあきらめる患者。
と、分類されたからです。
2008-03-27 木 21:42:40 /URL /mikan /
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