昨日の「エビデンスの無い治療」
に対して、
とても興味深いコメントをいただきました。
オモテのコメントですので、再掲します。
まだ、前半部分でとどめておくならば許せますが、
後半部分は如何なものでしょうか。
治験参加へのお誘いでの一場面のようですので、
まさに事実かも知れませんが、
言い方があるように思います。
しかし、その医者の物言いよりも、
私が、もっと驚かされたのは、
達観された患者さんの方です。
素晴らしお考えの(?)患者さんでしょうか。
「近々逝く」などとは考えないほうがよいように思います。
そう考えたくない患者さんが、
本日もたくさん来られました。
多くの患者さんの犠牲の上に成り立つ現在の標準的抗癌剤治療よりも、
今、私が診ている患者さんの方が、
ほとんどの場合、遥かに長生きされています。
そして、人生を楽しまれているようです。
もし後世のガン患者のために
ご自身の身体を投げ出したその治験を受けても、
現在の標準的抗癌剤治療より、
上手くいってもホンの僅かな延命数字が得られるに過ぎないように思います。
あるいは、その医者の言葉どおりに「賭け」であり、
「負け」となり短命で終わるかも知れません。
それよりも、
普通の人間のように、
ご自身の欲望に忠実に、
「もっと長く生きたい」
と考え、貪欲に治療方法を模索して、
長命を勝ち取り、
その患者さんのデータが集積されて、
そのデータが公表される方が、
遥かに、後世の患者さんのためになるように思います。
私には、そのデータを収集・解析する義務があると考えていますが、
ガンを患う患者さんは、
ご自身のことだけを考えればそれで十分だと思います。
もし、後世のためを思うならばなおさら、
先ず、ご自身が長生きすることを考えるべきです。
それが、結局後世のガン患者のためになります。
個性の違う個々の患者さんを診ない標準的抗癌剤治療が、
如何に愚かな治療であるかの証明になると思います。
現在、ご承知のとおり、
標準治療だけした体系化・一般化された治療はありません。
しかし、多くの患者さんが、
ご自身に最適の治療を求めたならば、
標準治療よりも長生きできることは、
簡単に証明されると思います。
そうなれば、誰も、その無駄な苦しい治療を受けることはなくなります。
しかし、どうしても経済的な問題は、
ついてまわり、
その格差による治療の差は免れないとは思います。
そう考えると、
治験は最低限度のガン治療を体系付けるためには、
重要なことかもしれません・・・・
以上 文責 梅澤 充
に対して、
とても興味深いコメントをいただきました。
オモテのコメントですので、再掲します。
「あなたがこれから望む治療は以前に賭けのつもりで受けた人のデーターから
可能になっている。
これからはあなたも後続の人のためにこれに参加することになる」
と医師から言われました。
いずれ近々逝く私に少しは世のためになるのかと素直に受け取りました。
まだ、前半部分でとどめておくならば許せますが、
後半部分は如何なものでしょうか。
治験参加へのお誘いでの一場面のようですので、
まさに事実かも知れませんが、
言い方があるように思います。
しかし、その医者の物言いよりも、
私が、もっと驚かされたのは、
達観された患者さんの方です。
素晴らしお考えの(?)患者さんでしょうか。
「近々逝く」などとは考えないほうがよいように思います。
そう考えたくない患者さんが、
本日もたくさん来られました。
多くの患者さんの犠牲の上に成り立つ現在の標準的抗癌剤治療よりも、
今、私が診ている患者さんの方が、
ほとんどの場合、遥かに長生きされています。
そして、人生を楽しまれているようです。
もし後世のガン患者のために
ご自身の身体を投げ出したその治験を受けても、
現在の標準的抗癌剤治療より、
上手くいってもホンの僅かな延命数字が得られるに過ぎないように思います。
あるいは、その医者の言葉どおりに「賭け」であり、
「負け」となり短命で終わるかも知れません。
それよりも、
普通の人間のように、
ご自身の欲望に忠実に、
「もっと長く生きたい」
と考え、貪欲に治療方法を模索して、
長命を勝ち取り、
その患者さんのデータが集積されて、
そのデータが公表される方が、
遥かに、後世の患者さんのためになるように思います。
私には、そのデータを収集・解析する義務があると考えていますが、
ガンを患う患者さんは、
ご自身のことだけを考えればそれで十分だと思います。
もし、後世のためを思うならばなおさら、
先ず、ご自身が長生きすることを考えるべきです。
それが、結局後世のガン患者のためになります。
個性の違う個々の患者さんを診ない標準的抗癌剤治療が、
如何に愚かな治療であるかの証明になると思います。
現在、ご承知のとおり、
標準治療だけした体系化・一般化された治療はありません。
しかし、多くの患者さんが、
ご自身に最適の治療を求めたならば、
標準治療よりも長生きできることは、
簡単に証明されると思います。
そうなれば、誰も、その無駄な苦しい治療を受けることはなくなります。
しかし、どうしても経済的な問題は、
ついてまわり、
その格差による治療の差は免れないとは思います。
そう考えると、
治験は最低限度のガン治療を体系付けるためには、
重要なことかもしれません・・・・
以上 文責 梅澤 充



