人の命とはナンでしょうか。
コメントもいくつかいただいています。
人間も動物である以上、
「生きていたい」と考えるのは当たり前の本能です。
もっとも、自分で命を絶つことができる唯一の動物でもあります。
年間約3万人もの人が自ら命を絶っています。
私は、イロイロな死を身近に見てきました。
勿論、ガンというけっしてありがたくない病気での最期もたくさん診てきました。
4つの別々の種類のガンを背負って、
私の父親は86歳で逝きました。
それと、私自信のとても身近な人間の突然の死も経験しました。
まだ犯人は捕まっておらず、
迷宮入りしそうな事件で、
家族ともども4人同時に他人の暴力で、
突然命を絶たれたその家の主人は、
3年間同じ高校で机を並べて勉強も喧嘩もした私の友人です。
同級生ということで、
警察が私の勤務する町田まで事情を聞きに来ました。
また、一時期、日本中のお茶の間のワイドショー番組の話題をさらった、
家族3人を殺して横浜の海に沈め、
現在、無期懲役で刑務所に入っている大バカ医者は、
その事件のとき、
同僚として私と同じ病院で働いていました。
日航機が墜落した事故直後に、
“救助隊”の名の下に御巣鷹山に行かされ、
無数のバラバラの死体とも対面しました。
死体というより、遺体の部品でした。
そして奇跡の生き残りのお1人は、
私の勤務していた母校の病院に入院してきました。
鹿児島県にある極めて優れた放射線治療施設を見学に行ったときに訪れた
知覧(チラン)の特攻基地では、
日本の国のために、
後世の我々のために、
命令のとおりに死んでいった、
無数の若者の遺書、遺品を目にしました。
そして最近では、
ガンの闘病中に、
ガンではない死因で逝かれた患者さんもいます。
その患者さんは、
死を異常に恐れていましたので、
ガン死ではない、
突然の死をいただいたことは、
とても幸せであったようにも思います。
また、まだ親の顔も覚えていないような小さなお子さんを残して、
無念の旅立ちをせざるを得なかった患者さんもいます。
逆に、
ホスピス行きの宣告から8年間生き抜いている患者さんもいます。
一昨日の「ガンが個性豊かな証拠」
でも書きましたが、
平均では1年、2年で逝ってしまうのに、
10年も超えて元気で通院している患者さんもいます。
緩和ケア宣告、
すなわち、死の宣告から立ち直り、
年単位で元気で楽しく生活されている患者さんの数は知れません。
命、そして死とはナンでしょうか。
いつも考えさせられます。
それを考えつつ、
私に科せられた仕事は、
とりあえずは、
「生きていたい」
というほとんどすべての患者さんの希望に
少しでも近づけるお手伝いをすることだけです。
しかし、いくら考えても答えの出ない、
生きること、死ぬこと、
という、極めて難しい命題について、
真剣に考えるチャンスは、
ガンという病気を患わなければ訪れることなく、
人生を終わっていると思います。
そのことを真剣に考えることができたことは、
ガンという病気の恩恵だと思います。
けっしてそれを希望する、
健常な人間はいないと思います。
しかし、神様により、
その境遇に置かれてしまったならば、
それを最大限にご自信に有利なように考え、
利用するべきだと思います。
ご自身の人生、生き様、などなど
健康であれば、ほとんど見つめることのない、
でも、極めて重要なことを考えることができます。
名前は忘れましたが、
ある有名な作家が、
「心筋梗塞や脳卒中では死にたくない、
自分はガンで死にたいのだ」
ということを書いていました。
もし治らないとしても、
ガンは、心筋梗塞や脳卒中のように、
まったく何も考える猶予を与えることなく、
人の命を突然奪うことはありません。
ほとんどのガンは、
人生を楽しむ時間を与えてくれます。
その時間を楽しむことが、
「ガンになって良かった」
という言葉につながるように思います。
私自信、
今の自分に科せられた仕事だけに振り回されて、
自分の人生を考えるゆとりなどまったくありません。
私も、心筋梗塞や脳卒中はゴメンです。
最期はガンという“穏やかな病気”をもって迎えたいと思っています。
そのためにタバコを吸っているのではありませんが・・・
世間のゴールデンウィークは、
明日でとりあえず終わりのようですが、
私にとっては、皺寄せの連続で、
苦痛以外の何者でもありません。
疲れもピークにきています。
明日だけは、
患者さんには会いません。
完全休養日にします。
生きること、死ぬことについて
また考えてみます。
以上 文責 梅澤 充
コメントもいくつかいただいています。
人間も動物である以上、
「生きていたい」と考えるのは当たり前の本能です。
もっとも、自分で命を絶つことができる唯一の動物でもあります。
年間約3万人もの人が自ら命を絶っています。
私は、イロイロな死を身近に見てきました。
勿論、ガンというけっしてありがたくない病気での最期もたくさん診てきました。
4つの別々の種類のガンを背負って、
私の父親は86歳で逝きました。
それと、私自信のとても身近な人間の突然の死も経験しました。
まだ犯人は捕まっておらず、
迷宮入りしそうな事件で、
家族ともども4人同時に他人の暴力で、
突然命を絶たれたその家の主人は、
3年間同じ高校で机を並べて勉強も喧嘩もした私の友人です。
同級生ということで、
警察が私の勤務する町田まで事情を聞きに来ました。
また、一時期、日本中のお茶の間のワイドショー番組の話題をさらった、
家族3人を殺して横浜の海に沈め、
現在、無期懲役で刑務所に入っている大バカ医者は、
その事件のとき、
同僚として私と同じ病院で働いていました。
日航機が墜落した事故直後に、
“救助隊”の名の下に御巣鷹山に行かされ、
無数のバラバラの死体とも対面しました。
死体というより、遺体の部品でした。
そして奇跡の生き残りのお1人は、
私の勤務していた母校の病院に入院してきました。
鹿児島県にある極めて優れた放射線治療施設を見学に行ったときに訪れた
知覧(チラン)の特攻基地では、
日本の国のために、
後世の我々のために、
命令のとおりに死んでいった、
無数の若者の遺書、遺品を目にしました。
そして最近では、
ガンの闘病中に、
ガンではない死因で逝かれた患者さんもいます。
その患者さんは、
死を異常に恐れていましたので、
ガン死ではない、
突然の死をいただいたことは、
とても幸せであったようにも思います。
また、まだ親の顔も覚えていないような小さなお子さんを残して、
無念の旅立ちをせざるを得なかった患者さんもいます。
逆に、
ホスピス行きの宣告から8年間生き抜いている患者さんもいます。
一昨日の「ガンが個性豊かな証拠」
でも書きましたが、
平均では1年、2年で逝ってしまうのに、
10年も超えて元気で通院している患者さんもいます。
緩和ケア宣告、
すなわち、死の宣告から立ち直り、
年単位で元気で楽しく生活されている患者さんの数は知れません。
命、そして死とはナンでしょうか。
いつも考えさせられます。
それを考えつつ、
私に科せられた仕事は、
とりあえずは、
「生きていたい」
というほとんどすべての患者さんの希望に
少しでも近づけるお手伝いをすることだけです。
しかし、いくら考えても答えの出ない、
生きること、死ぬこと、
という、極めて難しい命題について、
真剣に考えるチャンスは、
ガンという病気を患わなければ訪れることなく、
人生を終わっていると思います。
そのことを真剣に考えることができたことは、
ガンという病気の恩恵だと思います。
けっしてそれを希望する、
健常な人間はいないと思います。
しかし、神様により、
その境遇に置かれてしまったならば、
それを最大限にご自信に有利なように考え、
利用するべきだと思います。
ご自身の人生、生き様、などなど
健康であれば、ほとんど見つめることのない、
でも、極めて重要なことを考えることができます。
名前は忘れましたが、
ある有名な作家が、
「心筋梗塞や脳卒中では死にたくない、
自分はガンで死にたいのだ」
ということを書いていました。
もし治らないとしても、
ガンは、心筋梗塞や脳卒中のように、
まったく何も考える猶予を与えることなく、
人の命を突然奪うことはありません。
ほとんどのガンは、
人生を楽しむ時間を与えてくれます。
その時間を楽しむことが、
「ガンになって良かった」
という言葉につながるように思います。
私自信、
今の自分に科せられた仕事だけに振り回されて、
自分の人生を考えるゆとりなどまったくありません。
私も、心筋梗塞や脳卒中はゴメンです。
最期はガンという“穏やかな病気”をもって迎えたいと思っています。
そのためにタバコを吸っているのではありませんが・・・
世間のゴールデンウィークは、
明日でとりあえず終わりのようですが、
私にとっては、皺寄せの連続で、
苦痛以外の何者でもありません。
疲れもピークにきています。
明日だけは、
患者さんには会いません。
完全休養日にします。
生きること、死ぬことについて
また考えてみます。
以上 文責 梅澤 充



